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VOICE OF TAKU山崎拓の主張
「日本の進路と諸君の役割」(佐賀県弘学館 講演)
〜佐賀県弘学館(中学・高校)においての講演〜
衆議院議員 山崎 拓  
 
ご紹介をいただきました、衆議院議員を致しております山崎拓でございます。現在の主な任務は自由民主党の政策責任者です。皆さんの中に政治家になりたいと考えていらっしゃる方がいたら、ちょっと手を上げてみていただけませんか。−ありがとうございました。大変たくさんおられて心強く思います。将来政治家になりたいと思う人がいなければ、日本の国作り、或いは日本の将来の平和と安定と繁栄の政治責任を負う人がいないということになりますので、優秀な弘学館の生徒の皆さんの中に政治家志望の方がこんなにたくさんいらっしゃるということを確認しただけでも、来て良かったなと思っているところです。  
 
 私は父が福岡の出身で、母が佐賀の生まれです。私は昭和十一年の生まれですが、昭和十六年十二月八日から昭和二十年八月十五日まで、太平洋戦争(当時は大東亜戦争といいましたが)がありまして、私は福岡の小学校に入っていたんですけれども、だんだん形勢不利になり米軍の空襲が始まり、佐賀県の方が危なくないと、小城町の母の親戚の家に疎開していました。そして岩松小学校の三年生の夏休みであった昭和二十年八月十五日に日本国は敗戦の日を迎えました。この日無条件降伏の天皇陛下の詔勅がラジオで流されました。非常にぼろなラジオでよく聞こえず、ガーガー雑音が入るんです。今のようにテレビなんかももちろんない時代でありまして、周囲の人がみんな泣くんで、私も非常に悲しいことであると思ったことを覚えています。  
 
 そういう意味では皆様方は非常に幸運であると思います。なぜ幸運であるかというと、第一にこの平和な時代に生まれて、豊かな生活環境の中で育っているということ、それから、名門弘学館という学校に入っているということ、そしてなによりもあなた方がこの世の中に存在しているということ自体が幸運だと思うのです。あなた方がこの世に存在していることを当たり前だと思ってはいけませんね。神に感謝すべきです。  
 
 私は福岡県出身の父親と佐賀県出身の母親から生まれたといいましたが、私の両親が結婚しなければ私もこの世の中にいなかったわけで、もうそのこと自体が幸運でしょう?その父親には、父親と母親がいまして、母親にも父親と母親がいまして、結婚したから今日の私があるわけですね。祖父と祖母が合計四人、全部亡くなりましけど、そのうえには八人いて、そのうえには十六人、そのうえには、三十二人、そのうえには六十四人いるわけですね。昔に遡っていけば幾何級数的に増えていくわけです。あなた方の先祖のことも考えてみてください。ずーっと、何百代何千代に亘る先祖がいるわけですが、それぞれが偶然結ばれたおかげであなた方がこの世に存在しているわけです。不思議と思いませんか。あなたがただけでありませんが、この世に生を享けた人全て、偶然或いは必然のおかげでこの世に存在しているわけで、これを幸運というほかはありません。  
 
 デモクリトスというギリシャの自然哲学者が、「この世界にあるもの、全て偶然と必然が生んだ果実」であると言っております。それから、トルストイという有名なロシアの作家が「戦争と平和」の書き出しの中で、「この世の中の出来事は全て必然と言えば必然であり、全て偶然と言えば偶然である。」と言っています。あなた方がこの世の中に生まれてきたことは、偶然なのでしょうか。どっちとも言えますね。こうして、私とあなた方がこの世に生まれてきたことは、偶然でしょうか。必然でしょうか。どっちとも言えますね。こうして、私とあなた方が会っているのは偶然でしょうか。必然でしょうか。偶然と言えば偶然ですよね?しかし、必然と言えば必然ですよね?あなた方が、この弘学館に入った。私がこの弘学館の松尾理事長と友人だ。そしてあなた方に話をしてみたいという気持ちに駆られたこと、それは偶然かも知れませんが、また、そういう気持ちになること自体が、わたくしの運命と言えば運命、必然と言えば必然なのです。そういうことを考えてみるのが、哲学です。哲学をしない人間には深味がありません。そういう偶然であるにしろ、必然であるにしろ、皆様がこの世の中に存在した。存在することが出来たという幸運を常に考えなければなりません。その幸運を考えれば、わがままでなくなるはずです。エゴイストにならなくてすむと思います。しかもたった一回きりの人生です。やり直しはききません。この貴重な人生を大切に生きていくしかないと思います。  
 
 大切に生きていくとは、いったいどういう行き方なのかと問われるでしょう。ここには中学一年生から高校三年生まで千人ぐらいの方がいらっしゃるということを聞きましたが、それぞれの人生は全て違ったものになる筈です。まったく同じ人生を歩むということは不可能であります。  
 
それぞれの人生が意義あるように、この世に生まれてきて良かったなと思える人生を皆さんに過ごしてもらいたいと思います。しかし、自分一人の力で生きていくことは出来ません。現に、あなたが身にまとっている制服は誰が作ったのでしょう。今朝、食事をしましたね。これから昼食もするでしょう。それは誰が作ったのです?この講堂は誰が作ったのです?そういうことを考えてみると、何一つ自分でやったことはありません。現段階では、あなた方は社会的貢献はまだしていません。もししているとすれば、この優秀な弘学館に入って、ご両親が喜んで、あなた方の将来に期待しているということ、そのことがご両親の精神の支えになって、お父さん、お母さんがこの社会の中でそれぞれの大切な役割を果たしていらっしゃる。そういう意味では、あなた方は貢献しているかも知れません。ご両親の期待、それは社会全体の期待でもあります。社会は人材を欲していますから。あなた方は、人材の卵です。そのような社会の要望に応えていくということが、今あなた方の採るべき方針ではないかと、そんなふうに思います。はりきって勉強してもらいたいです。  
 
 さて、かつてアメリカにロナルド・レーガンという大統領がいました。一九八五年に、日本にきまして、国会で演説をしました。その当時は中曽根康弘という人が総理大臣でしたが、私は内閣官房副長官という仕事をしておりまして、総理大臣のそばに座っておりました。それでレーガン大統領が本会議上の壇上で演説なさるのを一緒に聞いておりましたところ、突然、それまでは全部英語でお話になっていたのですが、日本語が出てきました。「草のいろいろ、おのおの花の手柄かな」という俳句です。これは芭蕉の句でした。レーガン大統領がどういう意味でこの俳句を紹介したかといいますと、次のような意味です。すなわち日本は今民主主義の国である。自由主義の国である。アメリカもそうだ、従って両国は社会の価値観を共有している。自由主義、民主主義が一番大切だ、という社会的理念を共有しているので、日米両国は永遠に仲良くやろうではないかという話なのです。その日本には昔から民主主義というものは根付いているじゃないか、それはこの芭蕉の俳句の中に現れている。「草いろいろ、おのおの花の手柄かな」。つまり、ここに草がいっぱい生えていますね?しかも草はいろいろですね?花がいっぱい咲いていますね?それでいて、全部花は違いますね?「おのおの花の手柄かな」。いろいろな草花がそれぞれこの大自然を形成して、人々の心を慰めてくれている、という意味において、手柄を立てているということです。そこで私は中曽根総理に「総理、いまの俳句知っていましたか?」と聞きました。「知らなかった」「おまえは知っていたか?」「私も知りませんでした」という会話になりましたが、ちょっと恥ずかしい思いもした。アメリカの大統領が日本の芭蕉の句を知っている。こちらは知らないのだから、びっくりしました。恐らくレーガン大統領が日本の国会で自分が演説するので、前もって、自分の部下の文学の専門家か何かに図書館にでも行かせて徹底的に調べさせたのですよ。それでその部下が多分こんなにいい俳句があったと報告したんですよ。日本の国会議員はみんなすっかり感心しまして、レーガン大統領とは偉大な大統領であるということになったんです。  
 
 というわけで、ここにいらっしゃる約千人の諸君は皆、花と言えば花、草と言えば草にたとえることが出来ます。従って私も日本の草花に過ぎませんが、お互いそれぞれこの世の中で、手柄を立てましょうということです。何になるのかは別です。必ずしも政治家になる必要はありません。なろうと思っても選挙があるからそんなに簡単に当選しませんし。全員が政治家になれるわけではありません。又、政治家が偉いわけではないですし、政治家は一つの職業に過ぎません。この世の中にはたくさんの職業があります。昔、「職業に貴賎なし」と言いましたが、私もすべての職業は同格であると思います。何が偉く、何が偉くないということはない。すべて価値があります。ですから何らかの職業を選んで社会に貢献してもらいたい。俗っぽい社会的評価にこだわることはありません。  
 
 どの大学がいいとか悪いとか、私も若い頃は考えておりましたけれども、今はそういう考えもなくなりまして、どんな大学に行っても本人次第で一切同じだと思っております。しかし、そんなことを言うと皆さんのやる気がなくなると困るので、できるだけ入学が難しいと言われる難関を突破するのも意味のあることですから、弘学館に入った以上は、難関に挑戦するということで頑張ってもらいたい。チャレンジしてもらいたい。しかし、あまりこだわることはありませんよ。一つ頑張れるだけ頑張ってみて、その時点で自分が到達できた水準というものがありますから、こだわらずにとにかく合格出来た大学に入ったらいい。人間はそれぞれ伸びる時期が違いますから。最終的には社会に出てから伸びる人が、俗な意味では、人生の勝利者になります。私、いま還暦六十歳です。橋本龍太郎総理大臣も六十歳ですが、この還暦という年齢に達しまして、小学校の時にいちばん勉強のできた人が、いまどうなっているのかということを調べてみますと、とってもいい市井のおじさんになっているわけで、ノーベル賞とっているわけでもないのです。そこのところをあまり心配しないで、誰でもグーッと伸びる時が来ますから、その時に備えて力を蓄えていればいいのです。スポーツも同じです。小学校のときにすごく足が早くて、段々足が遅くなるということもあるのです。私なんかも中学までは駅伝の選手だったのですが、中学卒業して柔道を始めたらがに股になりまして、走れなくなりました。足がこうなると物理学でいうとエネルギーの無駄がありますから、どんどん鈍足になりました。そんなわけで、人生いろいろですから、あせらずに、しかし、今は難関を突破するという目標に向かってそれぞれ頑張るだけ頑張ってほしいと、そういうふうに考えています。  
 
 そこで、これからの人生のモットーというものを弘学館に行っている間に、ぜひ作ってもらいたいと思います。私は中学時代に校長先生が精神主義者で「一歩一歩万里を行く」とか「百尺竿頭今一歩」といった教訓を叩き込まれ、自分の人生のモットーを作りました。それは「可能性を信じる」という言葉です。世の中に、不可能なことはいっぱいあるようですが、逆を言えば、必ずしも不可能なことはないという考え方も捨てきれないと思います。自分が、将来何になろうとか、また社会のためにどういう貢献ができるか、といった可能性を信じるということが一番大切です。やればできる。英語でいえば、「CAN DO」精神です。この「CAN DO」精神を持つことが人生をたくましく生きる上で非常に大事なことなのです。皆さん、「やればできる」、「可能性を信じる」、私はそういうモットーを持って、やってくださる方がこの中から何人か出れば、来た甲斐があったなあと思います。  
 
 そこで、人生はたった一回きりですから、自分ができる経験は限られています。自分の経験だけではどうしても物足らないような感じがします。人様の経験も、一緒に積みたいなあという欲が出るでしょう。そのことについて若干話したいと思います。  
 
 まず、経験というものは、ものすごく大事なのです。「経験なき知識は、知識なき経験に劣る。」。知識よりも経験が上だというのです。とにかく体験を積む、経験を積むということは、ものすごく大事なことですから、経験主義、体験主義をぜひ身につけてもらいたい。ある哲学者が私に教えたことがあるのです。それは自らの生涯を通じて人類の歴史を繰り返すということです。人類は太古の昔、海の中にいまして、アメーバだったのですが、やがて上陸して段々高等化して猿になり、やがて今の私やあなた方のような人間の姿に、何億年の歴史を掛けてなったんです。あなたがたも、お母さんの中から生まれてきたとき以来、その人類の歴史を繰り返しているのです。まずお父さんの精子とお母さんの卵子が結びついたときはアメーバ状態だったのです。胎水の中にいたのです。そして、段々魚みたいな恰好になり、その胎水が破れて、つまり破水して出産するわけです。出産したときは猿以下の状態です。あなた方はいまや立派に育ったけれど、猿以下の状態で生まれてきたわけです。それから段々猿のような状態になります。そして最初立って歩く頃にやっと人間らしくなるのです。そういう人類の歴史を全部経験するのです。あなた方は、最初から人間だったと思っているけれども、実はこの世に生を享けた最初はアメーバだったのです。アメーバのような状態から、こんなまともな人間が出てきたとは、私も含めて、不思議じゃありませんか?そういう人類の歴史を一人の人間は全て繰り返さなければならない。だから、逆にいえば、人類がいままで体験してきたことを短い人生の間に出来るだけ体験することは大事なことなのです。  
 
 あなたがたは今は受験勉強が中心だから、いろんなことを教科書から学ぼうと、先生の授業を一生懸命聴こうとしているわけです。だいたい、勉強の出来る子っていうのは、一生懸命先生の話を聴く子です。ただ、それだけの事です。学力の差は、先生の授業を真剣に聴いているか、聴いていないかによって決まると言われています。それは集中力の差ですから、大事な能力の一つです。出来るだけ集中力を持って、授業に遅れずについて行くことが今は一番大事なことです。  
 
 一方あなたがたの人生の中で、出来るだけの体験をすることが大切だとすれば、この進学校の中にいても、決してスポーツ、文化、そういうものを軽んじてはいけません。やっぱり、体育のサークル、文化サークルの文化活動もできるだけ参加して下さい。それが一つ。  
 
 それから、たった一回きりの自らの人生をどう過ごすのか。法律家になる人もいるでしょうし、科学者になる人もいるでしょうし、或いは商売する人もいるでしょうし、音楽家になる人もいると思います。いずれにいたしましても、人の人生で経験出来る範囲は限られている、ですから一番肝心なことは本を読むということです。出来るだけたくさん本を読んで下さい。これが人生を豊にするこつだと思います。  
 
 今はあまり本を読まない時代で、テレビやコンピュータの時代であり、活字文化の時代ではないということをいわれますが、わたしの経験からいうと、それではあまりにも味気ない人生になってしまうと思います。本を書く人は自分が経験しないことを書くことは出来ません。頭の中で想像して書いたものは、読んでも少しも面白くないのです。経験談だけが面白いのです。ですから、著者が売れるためには、読んでもらうようにするためには、他人のしてない経験を書くしかないです。ですからたくさんの本を読めば、すなわちたくさんの人生経験をすることになります。  
 
 さて、皆さんは大学に入った瞬間から、有り余るほどの時間持て余すようになります。日本の教育制度はちょっと問題なんですけれども、アメリカの大学に入るのは簡単ですけれども、出るのは難しい。日本の大学は入るのは難しいが出るのは簡単です。大学時代の四年間は遊ぶためにあるんだとひどいことを言う人もいるが、老後とは違って、夢多き時代でもあり、もっとも時間の余裕とチャンスに恵まれた時期であることも間違いないと思います。そのような時期を有意義に過ごすために大学生になったら本当にたくさんの本を読んでもらいたい。読書のすすめをしておきたいと思います。  
 
 私は早稲田大学に行ったのですけれども、その四年間専ら体育会の柔道部に属し、合宿生活のためにあまり勉強しなかったのですが、それでも入学と同時に卒業するまでに毎年本を百冊読むという目標を立てました。  
 
 三日に一冊ぐらい読まないと、百冊にはなりません。もう私は必死になって読みました。けれどもさすがに四年間四百冊は読めませんでした。大体毎年八十冊ぐらいでした。アルバイトもしていましたし、朝昼晩、柔道の稽古もしていましたから。そのころは柔道の試合に重量制というか体重別というものはなく、オール無差別でした。私は一番小さい方だったのに、大きな人と互角にやらないといけなかったし、また人一倍柔道の稽古をしましたので非常にくたびれていましたから、睡魔にとりつかれて所構わず寝ることが多かったのです。  
 
 そんなふうでしたが、とにかく一生懸命本を乱読し、かつ大学にもさぼらずに行って、ちゃんと講義を聴きました。先ほどの大隈奨学生という紹介を頂きましたが、威張るわけではないですが、かつこれこそ偶然か必然か分かりませんが、一年生から四年生まで殆ど全優で、授業料免除になりました。そういう大学の講義よりも、はるかに今の政治に役に立っているのは、その当時乱読した種々雑多な書物の内容です。歴史、哲学、経済学、社会学、文学等でもありでしたが、それを全部私は読後感想を記録しましたので、多少身についた筈です。今、国会で議論したり、大臣になって答弁したり、いろんな所で講演したりしていますが、むしろ大学の講義で習った事よりも自分で手当たり次第読んだ本の方が基礎的な知識や教養になっており、大体そういうファンダメンタルズで勝負しています。柔道で言えば技みたいなもので、あの本にはこう書いてあったということを思い出しながら、それをとっさに出して勝負するという手を使っています。  
 
 そんなことで、繰り返しになりますが、人生は一回きりであり、かけがえない、やり直しのきかない人生を与えられた以上、充実して生きて欲しいと思います。  
 
 教育というのはEDUCATIONといいますが、この語源はエデュカシオというラテン語から来ているそうです。ではエデュカシオとは、何であるかというとそれは引き出すということです。詰め込むことではないです。日本の教育の弊害は詰め込み主義教育だとよくいいます。今詰め込み主義教育を受けている皆さんにこういうことをいうのは酷ですが、弘学館で授業を受けていれば、皆さんの才能がそれなりに引き出されると思うのです。  
 
 しかし、有名な進学校ですから、同じ事を皆さんに教えて、その中に皆さんの才能に合うこともありますし、まったく合わないこともあります。たとえば皆さんの中に音楽の天才もいるかもしれませんが、音楽教育をやってるわけではないのですから、皆さんの中の音楽の才能が完全に引き出されることはないと思います。或いは絵画の天才、或いはスポーツの天才がこの中にいると思います。しかし、その才能を引き出すためにこの弘学館があるわけではなく、弘学館というものは優秀な進学校として存在していますから、そこに入った以上その運命に従ってやってもらいたい。けれども生涯に亘って皆さんの中に眠っている才能を引き出しながら、この世の中に貢献することを心掛けてもらいたいということをこの際申し上げておきたいと思います。  
 
 もう一つ申し上げておきたいことは、フランスの十八世紀の作家にメルシェという人がいます。私はよく若い人に紹介するのですが、メルシェの言葉にこういうのがあります。それは「才子は馬車に乗り。天才は歩く」という言葉です。その頃は十八世紀ですから、自動車や自転車はなかった。今の言葉に変えれば、「才子は車に乗り、天才は歩く」。つまり、天才は努力家なりということです。  
 
私の小学生時代の恩師も「努力に勝る天才無し」とか「天才は努力家なり」という言葉をモットーとしておられました。要するに努力したものが勝ちということです。馬車に乗って楽に行こうとする才子は、それだけ要領のいい人間で終わります。やはり、可能性を信じて努力したものは必ず勝ちます。ということを改めて申し上げておきたいと思います。  
 
 しかし、人生に勝ち負けがあるということになるとそれはまた問題があるわけです。それはこの世の中、自分一人で生きてゆけるわけではないから、共存、共栄、共済、お互いを助け合って、自分の出来ないことを他の人にやってもらう。自分の出来ることは、この世の中のごく一部ですから、お互いそれぞれの立場で社会に貢献しなければいけません。自分はこの分野で貢献しているのだという充実感を持ちながら生きていけるという人が人生の勝利者になってもらいたいと思います。  
 
 そこで日本の将来のことをお話してみたいと思います。昭和二十年八月十五日に戦争が終わって、日本はほとんど廃墟になった訳です。佐賀にはほとんど爆弾は落ちなかったんですが、福岡市は戦災に遭いました。空襲があって何万人もの人がなくなったんです。しかし、今や福岡市は日本で一番元気な町だと言われています。“天神する”という言葉があります。福岡に天神という中心街がありますが、佐賀や長崎や熊本の人が、土曜、日曜日に天神町に遊びに来ることを“天神する”というぐらい、福岡市は元気のいい町です。しかし、あの町も一旦廃墟になったのです。私の家にも爆弾が落ちました。幸いにして不発弾でしたので、家は燃えませんでしたが、天井に穴が空きました。たまたま寝ているところに落ちなかったから良かったのですが、あわてて逃げ出して山の中の防空壕に入って恐る恐る外を眺めましたら、福岡の市街地は火の海になっていました。東京も大阪ももちろんです。広島、長崎には原爆も落ちました。  
 
 それから立ち上がって、今五十二年、半世紀になります。日本は世界一の長寿国になり、一人あたりの国民所得は事実上世界一です。統計上はスイスやサウジアラビアの高所得の国もありますが、日本には一千二百兆円ともいわれる民間の金融資産があるといわれるくらい非常に金持ちの国になりました。どうしてそのような金持ちの国になったのでしょうか?現在、資源はゼロです。昔は石炭がありました。私の祖父も炭坑をやっていました。佐賀県にもかつて小城炭坑、唐津炭坑、杵島炭坑などがありましたが、それはわたしの祖父が全部開発したものです。そういう石炭資源が以前は唯一の資源として存在しましたが、今は三井三池も閉山になり殆どありません。ところが、今や日本は六億トンの資源を世界中から買っています。三億トンが石油、一億トンが石炭、一億トンが鉄鉱石です。その他のウラン、ニッケル、タングステン等の鉱物資源や食糧を含む様々な資源が一億トンです。そのお金を払うのはドルです。円も国際化してきましたけれども、まだまだ世界中に通用するのはドルです。だからドルを稼がないといけないから、アメリカにどんどん輸出した訳です。輸出するためにはそれを買って貰わなければならない。買ってもらえる製品を作るためには技術が必要です。  
 
 分かりやすくいうと、鉄の石ころが鉄鉱石です。それを輸入する。溶鉱炉で溶かすと、鉄板ができる。薄い板もあれば厚い板もあります。薄い板で自転車のフレームを作る。私は大学を卒業後、ブリヂストンタイヤに入社し、久留米の工場で研修を受けまして、五年間タイヤ販売部にいたことがあるのですが、そのタイヤもその当時は生ゴムで作っていましたので、原料を輸入しておりました。今は合成ゴムですが、それも原料は石油です。そのタイヤを装着してエンジンをつけて、自動車にして海外に売るのです。これを付加価値をつけるといいます。只の石ころの塊が自動車になるのは、技術、テクノロジーのおかげにほかなりません。だから高く売れます。六億トンの資源のうち八千万トン分を商品化して、海外に売るのです。その他のものも商品になりますが、それは国内で使います。八千万トンでいったいどういうことになるかというと、輸出は大体五十兆円、ドルに換算すると四千億ドル。一方六億トンの資源の輸入代金は四十兆円です。差引十兆円が黒字です。毎年十兆円も日本にたまるわけで、今や二千三百億ドル、約四十兆円の外貨準備高になっています。米国は軍事力も世界一であり、世界の決算通貨であるドルを作ることができるので有利なわけですが、ドルは国際経済の血液です。血液は循環しなければならないが、放置すれば日本にたまるわけです。すると、他の国が貧血になるのです。アメリカも含めて。さらに、日本が国内で消費している五億二千万トンの資源は“ただ”という事でしょう。資源がなくても豊かになった訳です。それは技術、それを生み出すのも使うのも人材であります。つまり日本の発展の秘密です。資源が何もない三十七万平方キロの国土の中で余っているのは、米だけである、それ以外なにもない日本国において、世界一豊かになれたということは、技術であり、人材であり、教育である。人材を作るのは教育である。弘学館が今あなた方を日本の貴重な人材として育んでいるのである。あなた方に今基礎的な知識を与えるところであります。まだ人材として使いものにならないのが、将来使えるようになるかが問題です。そのための準備段階として今があるのです。そのことをしっかり考えて先生の目を見つめて、授業をしっかり聴く。予習復習も大事だが、まず授業中に熱心に聴くことが重要である。弘学館に入れるぐらいだから素材としては十分であります。じっと聴いていれば大体分かるから、頑張ってほしいと思います。  
 
 戦後五十年たって、人生八十年と言われるようになりました。我々の少年のころは人生五十年と言われていました。この頃私も還暦になったので、人間ドックに入って、お医者さんに「どっか悪いところはなかったか」と診断の結果をお尋ねしましたところ、「頭が悪いのと、心臓が弱いところを除けば、六十歳にしては健康」といわれました。しかし、慢心してはいけません。人間の耐用年数は今も五十年だそうです。後三十年は付録で生きている。つまり、補修次第です。悪いところが出来たら、たとえば癌が出来たら、取り除く。或いは一生懸命スポーツやって、私も万歩計を付けて歩いていますが、歩くとか走るとか、いろんなことをやって健康を保持し、寿命を伸ばしているだけです。ほっとけば耐用年数が五十年しかないので寿命がつきてしまいます。それは社会も同じです。それは廃墟の中から立ち上がって五十年たっていますが、奇跡の高度発展を成し遂げ、教育が人材を生み、人材が、技術を生んで、日本を作ったのであります。その今までのやり方に五十年たって寿命がきたのです。新しいシステムを作らなければなりません。その新しいシステムには三つの原則があり、つまり、FREE、FAIR、GROBAL。FREEは自由な競争を入れるということです。今までは要するに政治と行政と民間が一体となって、お互いに守り合って護送船団方式でやってきました。自由競争を必ずしも認めないで、多くの規制というものをやって、お互いにかばいあってこれだけ発展をしました。FAIRとは公平公正な競争ということです。自由にして且つ公正。そしてさらにGROBAL。国際社会はボーダーレス(国境がない)の社会になっています。国境のない時代ですから、日本は日本だけで独自の規制を持っていたのでは駄目で国際基準に合わせて行かなければなりません。現に、海外で、日本の会社が、五十兆円以上の生産しています。マレーシア、タイ、インドネシア、アメリカ、ドイツ、フランスというあらゆる国に日本の企業は進出してそこで生産しています。企業の名を言っていいか悪いのか分かりませんが、ブリヂストン、日立、東芝、NEC等数多くの企業も海外で現地の人を雇って、生産しています。その方が安く、競争力があります。日本の国内で生産して海外に売るよりも、海外での生産の方が多くなったのはまったく国際化の時代になったということです。  
 
 私はろくに英語が出来ません。ヒアリングが苦手で聞き漏らしたところは推測するしかないのですが、私のような者は過去の人として、あなた方は英会話ができないといけません。受験勉強には英会話が少ないでしょうが、会話ができることはものすごく大事である。これからは英会話が出来なければ一人前ではない、国際人として基礎的な能力です。そういうことを明確に申し上げておきたいと思います。今や橋本政権は全ての面で新しいシステムを作るために、行政も経済も社会保障も金融も全て大胆な改革をしようとしておりますが、教育も六大改革の一つです。教育の改革の柱は、中高一貫教育、それを十年前から先取りしているのがこの学校です。もっとも先進的な学校です。そういう意味で敬意を表しますとともに、そういう学校に入っている皆様は幸運だと思うのです。重ねて申し上げますが今全部の社会システムを変えています。何で変えるのかというと、二十一世紀における日本の活力を維持するためです。私は二〇一七年に七十八才で死ぬ予定なのですが、あなた方は二十一世紀の半ば頃かそれ以上まで生きるはずです。あなた方が生きて支える二十一世紀の行き詰まりが一番問題なのです。あなたたちは野球を楽しむでしょう。私はソフトボールをします。毎週日曜日にやっています。おなじグランドでゲートボールをやってます。その三つのスポーツをやっているグランドでそれぞれ活気が全部違います。私もゲートボールの世代になったのですが、私があなた達のころのは柔道やっていて、ものすごく元気で、自分だけは死なないのではないかと思っていたくらいです。この頃はまちがいなく死ぬと悟りました。あなた方も例外無く死にますし、それだからこそ一回切りの人生なのです。不老長寿というものは望むべくもない。かけがいのない人生を充実感をもって生きて欲しいのですが、二十一世紀を活気のない雰囲気の社会に日本をしてはいけない。 少子高齢化が進んで、どんどん老人が増えていく。あなた達は若くて日本の社会を支えてくれる金の卵です。一人一人がせめてソフトボールのグランドのような生き生きとした社会を作るために、二十一世紀も二十世紀の後半のように、みんなが過去を一旦整理して新たな方式で立ち上がることが必要です。終戦直後たった一人あたり百ドルの所得しかなかったのが、今は四万ドルです。国民所得水準を維持或いはもっと上げることができるのか、そのためには活力がいるのです。  
 
 最後に、二十世紀初頭に、英国のハートランドラッセルという偉大な政治思想家が、現代人と、現代人によって作られる国家にとって何が一番大切か、それは次の四つであるといってます。一つはVITALTY、活力。もうひとつは、INTELLIGENCE、知性。あなたがたが今見つけようとしているのが知性。もう一つはCOURAGE、勇気です。一人一人が物事に挑戦する勇気を持って下さい。絶対に恐れてはならない。最後にSENSIBILITY、感受性です。それは草花に触れて感動する素朴なものもあるし、いちばん新しい情報をインターネットで集めるというのも一つの情報化社会における感受性でもあるでしょう。活力、知性、勇気、そして感受性、この四つの資質を持っている人間こそ二十一世紀においても現代人として必要とされている全ての資質を身につけている人間です。その中で何がいちばん大事か?それは活力であると、ラッセルは喝破しています。活力無き国家は滅びます。又、活力無き人間はその人生において決して満足できるものではないと信じます。二十一世紀の活力に満ちた国であるように、我々は今大手術をやっています。手術に成功したら一つ皆様方が二十一世紀の支え手として日本国の再活性化のために頑張って下さることを心から期待して私の話を終わります。ご静聴有り難うございました。
 
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