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「日朝国交正常化への道のり」講演録
メールマガジン 山崎拓の時々刻々 162号
2月28日(日)16時30分より、福岡の大博多ホールで、福岡県日朝友好協会主催の講演会に講師として招かれ、以下のような内容で講演を行いました。   
  
  
昨年8月の総選挙まで、超党派の日朝友好推進議員連盟の会長を務めていた山崎拓です。その後は国政の現場から一歩離れた立場ですが、この度、自民党総合政策研究所所長に就任しましたので、引き続き北東アジアの安全保障問題について積極的に発言して参りたいと考えています。   
さて、主催者(福岡県日朝友好協会 会長 北原守氏)側から本日の講演のテーマとして「日朝国交正常化への道のり」そしてサブタイトルとして―現状の打開と一日も早い国交の正常化を目指して―とのテーマを与えられました。   
このテーマに沿ってお話申し上げるならば、本日お手許にお配りしております通り、重要な歴史的文書が2つあります。   
1つは、2002年9月17日に平壌で発出された、有名な「日朝平壌宣言」であり、もう一つは、2005年9月19日に北京で発出された、「第4回六者会合に関する共同声明」であります。   
まず前者に目を通していただきたいのですが、書き出しが「小泉純一郎日本国総理大臣と金正日朝鮮民主主義人民共和国国防委員長は、2002年9月17日、平壌で出会い会談を行った」となっており、さらに「両首脳は、日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、実りある政治、経済、文化的関係を樹立することが、双方の基本利益に合致するとともに、地域の平和と安定に大きく寄与するものとなるとの共通の認識を確認した。」と書いてあります。   
この部分のポイントは「日朝間の不幸な過去の清算」と「懸案事項の解決」の2つです。   
「日朝間の不幸な過去の清算」については、2項に「日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明した。」という記述に始まるパラグラフに方向性が詳細に示されています。   
「懸案事項の解決」については、3項に「日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題」という件があり、いわゆる拉致問題について北朝鮮側が「このような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとる」ことを約束しています。   
また、4項に「核問題及びミサイル問題を含む安全保障上の諸問題に関し、関係諸国間の対話を促進し、問題解決を図ることの必要性を確認した。」とありますが、つまり、関係諸国間の対話の場として、米国、韓国、北朝鮮、中国、ロシア、日本の6カ国による、北朝鮮の核開発問題を協議する六者会合(six party talks)が構想されることになり、翌2003年8月27日〜29日にその第1回会合が開催されました。   
  
ここで、六者会合が構想されるに至った歴史的経緯についてお話申し上げたいと存じます。1985年7月ドイツのボンで七大国首脳会議(エコノミックサミットとも呼ばれましたが)が開催されました。日本国代表は当時の総理大臣、中曽根康弘氏であり、外務大臣、安倍晋太郎氏も同行されましたが、私は内閣官房副長官として随行させていただきました。サミット会議の合間を縫って参加国間でバイの二国会議が順列組合せで開かれ、エコノミック・サミットですから当然、世界1位・2位の経済大国である日米両国の首脳会議も開かれました。   
当時の米国大統領はロナルド・レーガン大統領でしたが、シュルツ国務長官、ワインバーガー国防長官を伴って会談に出席しました。こちらの中曽根総理は安倍外相と官房副長官たる私及び外務省高官を伴って会談に臨みました。1980年代当時の世界は米ソ二超大国が厳しく対立した冷戦構造下にあり、米ソ核の均衡はMAD(相互確証破壊)に基づいておりましたが、とりわけソ連がICBM(長距離弾道ミサイル)の開発を進める傍ら、IRBM(中距離弾道ミサイル)SS‐20の極東配備や東欧配備が進んだことに対し、米国がSDI構想(戦略防衛構想)通称スターウォーズ計画を1983年3月23日に発表したことで一層緊張が高まっておりました。   
中曽根総理は“圧力と対話”の両方を駆使して、冷戦構造の解消を図るべしとの考え方に立ち、米国に対し、中距離弾道ミサイル、パーシング供複唯韮諭升械院砲離▲薀好配備を要請する一方、対話による緊張緩和の必要性を主張されました。その後も米ソ直接対話による交渉の成果として、1987年12月には中距離核戦力全廃条約が成立しました。そのような国際軍事情勢の中で開かれた会談でありましたが、中曽根総理は思いがけない提案をされました。それは、「冷戦構造に東西フロントがある。西のフロントはベルリンの壁であり、東のフロントは朝鮮半島の38度線である。これを解消しなければ冷戦は終わらない。ベルリンの壁の方は米ソ間の対話により解決してもらいたいが、朝鮮半島の方は、未だ戦争状態が解決しておらず、休戦協定があるのみだ。南の韓国は中国・ソ連と国交がなく、北朝鮮の方は米国・日本と国交がない。双方の国交承認が実現するよう関係国に働きかけようではないか!」という提案です。   
いわゆる襷掛(たすきが)け承認案です。そして六カ国協議構想の原型でもあるのです。   
 その後、1989年11月ベルリンの壁が崩壊し、冷戦の西側フロントは解消しました。そして東側フロントはどうなったかと言うと、1990年に韓国とソ連が、1992年に韓国と中国がそれぞれ国交を樹立しました。しかし、ボンサミットから25年を経過した今日なお日米両国と北朝鮮の国交は樹立されていないのです。   
    
そこで、2つ目の資料である「第4回六者会合に関する共同声明」という文書に目を通していただきたいと思います。   
その前に六者会合、もしくは六カ国協議とも呼ばれますが、これについて若干説明しておきます。   
六者会合とはフリー百科辞典ウィキペディアによると「主に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核開発問題に関して、解決のため、関係各国外交当局の局長級の担当者が直接協議を行う会議」となっており、前述の通り、六者とは米国・韓国・北朝鮮・中国・ロシア連邦・日本の6カ国です。   
第一回の六者会合は2003年8月27日〜29日に北京の釣魚台国賓館で開かれました。その後五年有余、2008年12月8日〜11日の第6回六者会合第4セッションまで開かれていますが、昨2009年は一度も開かれておりません。その間、最も大きな成果は、この第4回の共同声明であると思います。   
第4回の六者会合は2005年7月26日から8月7日までと、夏休みを挟んで9月13日から19日まで開催されました。そして最終日に発出されたのが、この共同声明です。   
それほど長い文書でないので目を通していただきたいのですが、参加6カ国の間で非常に大きな合意が行われています。   
まず第1項は「六者会合の目標は、平和的な方法による、朝鮮半島の検証可能な非核化であることを一致して再確認した。」という大前提が置かれ、以下読み上げますが、その実現へのプロセスが詳しく書かれています。   
第2項は米朝及び日朝関係についてそれぞれ明確な二国間の約束が合意されています。つまり「朝鮮民主主義人民共和国及びアメリカ合衆国は、相互の主権を尊重すること、平和的に共存すること、及び二国間関係に関するそれぞれの政策に従って国交を正常化するための措置をとることを約束した。」   
そして、「朝鮮民主主義人民共和国及び日本国は、平壌宣言に従って、不幸な過去を清算し懸案事項を解決することを基礎として、国交を正常化するための措置をとることを約束した。」   
 まさにここに書かれている米朝並びに日朝間の国交正常化に向けての努力の約束こそ、1985年7月のボンサミット時の中曽根・レーガン会談において確認されていた努力目標であり、また、冒頭で紹介した「平壌宣言」の究極の目標でもあり、本日の講演の主題にもなっています。   
そこで、せっかく2005年9月の六者会合でこのような実のある合意がなされたのに、その後の経過を辿ると、紆余曲折も甚だしく、一歩前進、二歩後退の感ありで、残念至極に思います。   
  
 この共同声明が発表された直後の9月28日にマカオ政府がBDA(バンコ・デルタ・アジア)を管理下に置き、約2400万ドルの北朝鮮関連口座を凍結したことが明らかとなり、その後、第5回会合第一セッションが2005年11月9日から11日の間に北京で行われたものの、全体会合で議長声明が発表されるのに止まり、六者会合は1年以上空転状態に入りました。   
 翌2006年7月5日、北朝鮮が日本海に向けて7発の弾道ミサイルを発射しました。これを受けて7月15日、国連安全保障理事会が決議1695号を採択し、北朝鮮はこれを拒否しました。私はこの直後にワシントンを訪問し、共和党系のシンクタンクであるヘリテージ財団で講演をしました。このミサイル発射はBDAの北朝鮮資金凍結と関連しているものと分析し、「ミサイル発射は凍結解除のために米国と直接話し合いたいという北朝鮮側のラブコールだと受け止めるべきだ」と発言し、物議を醸したことを記憶しています。このせっかくの私の示唆も無視され、時のブッシュ政権は圧力のみに傾斜し、10月6日には対北朝鮮制裁強化の国連安保理議長声明を発出しました。遂に10月9日、北朝鮮が第1回の核実験を行うという挙に出たので、国際社会は六者会合参加国を中心に反発し、10月15日、国連安保理決議1718号が採択されました。北朝鮮側が直ちにこれを拒否した為に、北朝鮮を取り巻く国際情勢が最悪となりました。   
 これを打開すべく、北朝鮮側も2006年12月18日〜22日まで第5回六者会合第2セッション開催に応じましたが、出来るだけ早期に次回協議を開くことを確認した議長声明を発表したのみで休会となってしまいました。   
 実は私はこの直後、年明けの1月6日から1週間にわたり、今、自民党の総務会長している田野瀬良太郎代議士とともに平壌を訪れました。まさに電撃的訪朝であり、日本国内で大変に物議を醸しました。訪朝に至った経緯並びに平壌での日程や会談相手の要人の氏名等については、北朝鮮関係者との約束により詳らかにはできませんが、会談の際は本日お配りした2つの基本文書、つまり「日朝平壌宣言」並びに「第4回六者会合に関する共同声明」をベースにして、徹底した討論を行いました。   
 外交は政府の専権であり、私は政府の人間ではありませんので、日朝国交正常化のための協議を行ったわけではなく、日朝関係打開や北東アジアの安全保障問題について徹底した討論を行ったのみですが、私の主張点は・・・   
 第1に、「平壌宣言」並びに「共同声明」が今日もなお有効と認めるならば、2つの文書に示されている合意事項通り実行に移すべきである。   
 第2に、「平壌宣言」では、北朝鮮側の主張である不幸な過去の清算と、日本側が主張する懸案事項の解決の両方を双方納得できる形で処理できるよう正常化交渉を行うべきことが謳われており、これを交渉の基本姿勢とすべきこと。   
 第3に、日本側が懸案事項としている件は、核の放棄、ミサイル発射の凍結、拉致問題の解決の3点であること。   
 第4に、但し核の問題は六者会合の場で完全解決を行うべきこと。なぜならこの問題は日朝間の問題というよりはNPT条約(核不拡散条約)という枠組みの中での国際的な安全保障問題であること。かつ共同声明の中で、六者会合の目標は「平和的方法による朝鮮半島の検証可能な非核化であること」が明記されており、また、「朝鮮民主主義人民共和国は、すべての核兵器及び既存の核計画を放棄すること。並びに、核兵器不拡散条約及びIAEA(国際原子力機関)保障措置に早期に復帰すること」を約束していること。   
 第5に、拉致問題は、日本国民がその早期解決を強く要求する最大の関心事であり、人道上の問題としても国際社会も注目していること。従って、日朝両国政府間で再調査の早期実施を始めとする完全解決に向けての道筋を明らかにすること。   
 以上の通りですが、私は直接会談することが出来た北朝鮮の要人に対し、核問題に関しては何よりも早期に六者会合を再開するよう求めました。その際、貴重な情報を得ましたが、我々が帰国した直後には、(実際には1月16日、17日でしたが)「ベルリンで米朝首席代表(クリストファー・ヒル国務次官補と金桂冠外務次官)の会談が行われ、六者会合の再開と共同声明履行の方策についての話し合いが行われる、そして画期的な展開が始まる」という情報でした。   
 実際その通りとなり、2007年2月8日から13日まで、北京で第5回六者会合第3セッションが開かれ、次のような7項目の合意が行われ、合意文書が採択されました。   
1.北朝鮮は寧辺の核関連施設(再処理施設を含む)の停止及び封印を60日以内に行うとともに、IAEAによる監視を受け入れる。   
2.北朝鮮は放棄の対象となるすべての核計画(使用済燃料棒から抽出されたプルトニウムを含む。)の一覧表について、五者と協議する。   
3.他の五者は見返りの緊急エネルギー支援として重油五万トンを支援する。北朝鮮が施設を無力化することで、95万トンの重油に相当する規模を限度とする経済、エネルギー及び人道支援を行う。   
4.米国と北朝鮮は国交正常化のための協議を始めると共に、米国は北朝鮮のテロ支援国家指定の解除や対敵通商法の適用終了の作業を進める。   
5.日本と北朝鮮は平壌宣言に従って、不幸な過去を清算し懸案事項を解決することを基礎として、国交を正常化するための措置をとるため、二者間の協議を開始する。   
6.「朝鮮半島の非核化(議長国:中国)」「経済・エネルギー支援(議長国:韓国)」「日朝関係正常化(議長国:日本・北朝鮮)」「米朝関係正常化(議長国:米国・北朝鮮)」「北東アジアの安保協力(議長国:ロシア)」の五つの作業部会を設置する。   
7.初期段階の措置が実施された後、六者は、共同声明の実施を確認し、北東アジア地域における安全保障面での協力を促進するための方法及び手段を探究することを目的として、速やかに閣僚会議を開催する。   
  
 第1項目で北朝鮮は核廃棄に関する初期段階措置の実施に合意しました。また、日朝関係の観点から考察すると、5項目の日朝国交正常化のための協議開催と、6項目で「日朝国交正常化作業部会」の設置が合意されたことは意味のある合意でしたが、日本側が拉致問題のみるべき進展を作業部会開催の条件としたので、殆ど機能しなかったことは残念至極です。   
    
 その後の経過は複雑ですが、主として米国が凍結中のBDA(バンコ・デルタ・アジア)の北朝鮮関連口座の解除問題をめぐる米朝の駆け引きが中心でした。   
 従って、2007年3月19日から22日まで、再開された第6回六者会合第1セッションもこの問題が中心テーマとなりましたが、核廃棄に関する初期段階措置の早期実施が叫ばれましたが、結局すぐに休会となってしまいました。中国の武大偉議長はBDAで凍結されている北朝鮮の資金を技術的な問題で移管できなかったことが休会の原因と説明せざるをえませんでした。   
 そして初期段階措置は一旦概成しましたが、第2段階措置については遅々として進まず、ようやく2007年9月27日から30日の第6回六者会合第2セッションで次のような合意がなされました。   
『1.朝鮮半島の非核化   
(1)北朝鮮は、すべての既存の核施設を無能力化する。本年末までに、寧辺にある5メガワット実験炉、再処理工場、核燃料棒製造施設の無能力化は完了される。米国は、無能力化の活動を主導し、そのための当初の費用を提供する。米国は、今後2週間以内に訪朝する専門家グループを主導する。   
(2)本年末までに、北朝鮮は、すべての核計画の完全かつ正確な申告を行う。   
(3)北朝鮮は、核物質、技術及びノウハウを移転しない。   
2.米朝国交正常化   
北朝鮮と米国は、二者間の関係を改善し、完全な外交関係を目指すことを引き続き約束。双方は、二者間の交流を増加し、相互の信頼を強化する。米国は、北朝鮮のテロ支援国家指定を解除する作業を開始し、北朝鮮に対する対敵通商法の適用を終了する作業を進めることについてのコミットメントを想起しつつ、米朝国交正常化のための作業部会の会合におけるコンセンサスを基礎として北朝鮮がとる行動と並行してコミットメントを履行する。』   
この時点で私は非常に大きな期待を有していましたが、またしても事態は空転し、この通り進みませんでした。   
ようやく、2008年7月10日から12日の第6回六者会合第3セッションでは、朝鮮半島の非核化を検証するため、検証メカニズムを設置することなどを合意しましたが、これまた実施に移されず2008年12月8日から11日の第4セクションに至っても検証の具体的な枠組みの合意は得られませんでした。   
  
 ところが、2009年4月5日、北朝鮮は「人工衛星」だとするロケットを発射したと発表し、国際社会はこれをテポドンクラスのミサイルの発射と判定し、国連安保理は直ちにこれを非難し、制裁を講じる議長声明を4月13日に発出しました。これに対し、北朝鮮は4月14日、核開発の再開と六者会合からの離脱を表明する声明を発表しました。さらに北朝鮮は2009年5月25日、2度目の核実験を実施したと発表しました。   
 私はあまりのことに憤慨を覚えましたが、当時自民党の外交調査会長でありましたので、中谷安全保障調査会長、公明党の佐藤外交安保部会長の3人で訪米し、ニューヨークで日・露・中・韓の国連代表等と会談し善後策を話し合いました。結果として、2009年6月12日、安保理決議1874号が発出され、金融制裁を根幹とした経済制裁に加えて、新たに船舶検査を含む対北朝鮮制裁措置が講じられることになりました。これに基づき、当時の与党、自民・公明両党は貨物検査特措法案なるものを国会に提出しましたが、同時に衆議院が解散されましたので、廃案となり、昨年11月に召集された臨時国会に現与党が改めて法案名を一部変更して提出しましたが審議に至らず継続審議となっています。民主党は、我が党の石川知裕議員の辞職勧告決議案や小沢一郎幹事長の証人喚問要求については完全無視をして、政府予算案は多数の横暴で成立させようとしておりますが、北朝鮮の核開発の進行を阻止するための船舶検査法案については放置する姿勢です。しかし、鳩山政権の拉致問題担当大臣は圧力一辺倒の姿勢を堅持しています。しかし、拉致問題解決のためには対話も必要であり、その面での努力がまったくみられません。現民主党政権は、連立相手の社民党の主張に振り回され、普天間基地の移設問題で迷走しているのと同じように、日朝国交正常化問題についても方針が定まらず、真剣に取り組む気配がありません。   
    
 重ねて申し上げますが、私は、日本国民の最大の関心事である拉致問題の解決のためには対話が必要であり、圧力のみでは進展がないことは証明済みだと考えています。小泉総理の二度にわたる訪朝により、5人の拉致被害者の方が帰国され、かつその家族の皆様もその後帰国されました。私は二度目の小泉訪朝直前に、中国の大連で平沢勝栄代議士とともに鄭泰和(チョン・テファ)日本担当大使と宋日昊 (ソン・イルホ)アジア局長と会談し、小泉訪朝の段取りをいたしました。このような私の経験から、直接対話なくして具体的な成果が上がらないことは経験則で明確です。   
 昨年11月に放映されたNHKスペシャルの特ダネによって、平壌会談で小泉総理が金正日国防委員長に対し、強く核廃棄を求めた新事実が紹介されましたが、北東アジアの安全保障に不可欠の朝鮮半島の非核化を本当に実現させるためには北朝鮮の六者会合への復帰が絶対条件であり、本件に関する米国や中国のもっと積極的な取り組みを、日本からも働きかける必要があります。特に六者会合復帰を促すための米朝の直接対話が必要です。ところが、今の鳩山政権は根本的に米国との信頼関係が欠如しており、相手にされておりません。普天間基地移設問題で鳩山総理はオバマ大統領に「トラストミー」と言いましたが、オバマ大統領側からすると、その後の鳩山総理の対応ぶりから空手形を切られた感が強く、完全にアントラストになっています。昨年5月13日に日本の国会も批准した「在沖縄米海兵隊グアム基地移転協定」で、在沖縄海兵隊8千人とその家族9千人のグアム移転、嘉手納基地以南の普天間基地を含む六基地の返還と、普天間基地機能の名護市辺野古沖移転の一体的処理が合意されているのですから、この約束を反故にしては米国も怒る筈です。また、せっかくの沖縄県民の負担軽減も実現しないのです。   
  
また、拉致問題の進展のためには、そして、北朝鮮との国交正常化実現のためには、核・ミサイル・拉致問題の包括的解決が前提であることは、平壌宣言で合意されていることでありますから、北朝鮮との交渉を避けるようでは一歩も進みません。民主党も同様ですが、我が党の中にも圧力一辺倒派が大勢を占めていることは事実ですが、圧力のみで対話が行われないことで、すべての懸案事項の解決を遅らせていることは、2004年5月の7人のご家族の帰国後、一人の拉致被害者の帰国も実現していないことが論より証拠でしょう。   
    
最後に、本日御出席の北朝鮮関係者の皆様にも、北朝鮮側にも、伝えていただきたいことがあります。   
2012年に強盛大国の実現を掲げておられる以上、デノミ政策の失敗も伝えられている現在の北朝鮮の経済危機が本当であれば、国際社会の大型経済支援が必要でしょう。そのためには六者会合への早期復帰と究極の目標である、米朝、日朝の国交正常化は、強盛大国実現の大前提となるはずです。一日も早く、核・ミサイル・拉致問題の全面的解決に踏み切っていただきたいと思います。北朝鮮が六者会合に復帰すれば、民主党をはじめ超党派のメンバーで構成した訪朝団の一員として、いつでも訪朝し、直接北朝鮮政府要人に改めて「平壌宣言」の早期実行を訴える心の用意があることをここに宣明して、本日の講演の結びと致します。   
  
  
  
「日朝平壌宣言」↓http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_koi/n_korea_02/sengen.html    
(外務省)   
  
  
「第4回六者会合に関する共同声明」↓http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/n_korea/6kaigo/ks_050919.html    
(外務省)
 
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