Fight!TAKU -YAMASAKI TAKU OFFICIAL WEBSITE トップページへご意見・ご感想リンク集
お知らせプロフィール政策と出版物活動レポート山崎拓の主張「拓」関連記事憲法改正ビデオメッセージ
VOICE OF TAKU山崎拓の主張
日本の国際貢献と集団的自衛権
早稲田大学大隈塾での講義記録
<本記録は 早稲田大学大隈塾の講義記録 を編集したもので、 蠑学館から発行された「日本よ!日本人よ!」(田原総一朗編) の抜粋である。>  
 
 
このまま自衛隊に「超法規的行動」をさせるのか  
山崎拓  
自民党幹事長・衆議院議員  
 
 戦前に首相・外相を務めた広田弘毅、東条英機元首相に反旗を翻した中野正剛、保守合同の立役者で自民党の生みの親である緒方竹虎など、一本筋の通った有力政治家を輩出した福岡県立修猷館高校の出身。高校では、柔道部の主将を務めた。今でも柔道六段の実力者。早稲田大学を卒業後、ブリヂストンに入社。62年、在職のまま皇太子ご成婚記念の海外青年派遣団に参加。船で香港、ベトナム、シンガポールなど東南アジアを経由し、スエズ運河を通ってフランスのマルセイユに上陸。ヨーロッパ8か国を2か月かけて歴訪した。この長い旅を通じて、東南アジアの圧倒的な貧困とヨーロッパの先進性を目の当たりにした。「当時、日本はまだまだ中進国、といったところで、ヨーロッパに比べてかなり貧しかった。特に、社会資本の差が大きかったわけです。この落差は、ひとえに政治のあり方の差によるものだ。国造りをするならやっぱり、政治家になって取り組むべし」という決意をする。  
 帰国後、退社。独自でシュウマイ屋を開業。事業は順調だったが、67年、福岡県議会議員に当選し、政治家としての第一歩を踏み出す。72年、衆議院議員選挙で初当選。  
 山崎氏は海部俊樹内閣の時、同期の小泉純一郎現首相と加藤紘一元自民党幹事長とで「YKK」(それぞれの頭文字をとった)トリオを組む。海部内閣は経世会(=竹下派)の傀儡であると、海部下ろしを展開、注目を集める。また、2000年には加藤紘一氏が森喜朗内閣に反旗を翻した「加藤の乱」があり、加藤氏形勢不利との状況が判明するにつれて仲間が減っていく中で、山崎氏だけは最後まで加藤氏支持にまわった。『2010年日本実現』(1999年刊)で、 YKKについてこう語っている。  
・生き馬の目を抜くような政界で友情など存在し得ない、といわれているなかで、私たちくらいは利害打算を超えた友情を示すことができたら、それはひとつの理想であると、常に三人が三人とも心掛けていると思います。立場が変わることがあるかもしれませんが、喧嘩別れをしたり、友情が壊れるようなことはないという気がします」  
 加藤の乱のあと、加藤氏が完全に首相候補から脱落。秘書の政治資金流用問題で議員辞職を余儀なくされたが親交は変わらず、また小泉氏が自民党総裁になると、幹事長として小泉氏を支える。  
 安全保障については、ーらの国は自らの手で守る。同盟国としての責任を果たす。9餾殃刃造里燭瓩棒儷謀な物的貢献や人的貢献ができる体制を作ること。い修里燭瓩坊法九条を変える、というのが理念。集団的自衛権についても、「国家の自然権として認めるが行使しない、という憲法解釈は詭弁」と公の場所でも強く主張している。  
 
 
 
吉田茂首相は国家の「自衛権」まで否定した  
 
 日本国憲法第九条には、こう書いてあります。  
 
・日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。  
・第二項)  
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない・  
 
 これを読みまして、果たして日本の国に自衛権はあるのかどうか。また、自衛隊は憲法違反ではないのかどうか、みなさんは当然疑問に思われるでしょう。私も憲法九条で自衛隊を合憲だとすること、自衛権が認められることは、解釈上難しいと長い間思ってきた一人です。  
 しかし、現行憲法の解釈では、自衛権は自然権であって、これを否定しない、ということになっております。どうしてかと申しますと、戦争を三つに分類いたします。ひとつは侵略戦争、そして制裁戦争、最後に自衛戦争です。第一項の「国権の発動たる戦争」とは侵略戦争のことです。侵略戦争に関しては、武力の行使を「永久にこれを放棄する」と。これに対して、自衛戦争は国の自然権でありますから、これは放棄していないのだ、というのがその解釈になっております。  
 第二項に「前項の目的を達するため」とあります。前項は侵略戦争のことを規定しておりますから、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」のは侵略のための戦力である。したがって、自衛のための戦力を保持することは、憲法に違反しない、ということです。  
 ですから、この第二項が非常に重要な意味を持っております。これを「芦田修正」と呼んでおります。芦田とは、芦田均元総理大臣(在任1948・3・10〜10・15)のことでございます。  
 この憲法が出来ましたのは、1947年、昭和22年です。米国中心の当時の占領軍によって、この憲法が制定されたわけでございます。そのとき、草案審議の過程で、衆議院憲法改正特別委員会の委員長だった芦田さんが第二項の「前項の目的を達するため」という11文字を書き加えた、ということですが、現在の学説の主流は、芦田さんが加えたのではない、ということになっております。しかしながら、「芦田修正」という呼び方は定着しておりますし、この修正が、非常に大きな意味を持っているわけであります。  
 第六十六条の第二項には、  
 
・内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない〉  
 
 と書いてあります。「文民」という言葉がある以上、この国には「軍人」もいることになります。軍人がいなければ、わざわざ「文民」という規定を挿入することはいらないわけです。  
 実は、連合国の極東委員会がこの条文を加えなさいといってきて、その指示に従ったわけです。「前項の目的を達するため」という以上、自衛戦争は認めてそのための戦力は持つのだな、ということがわかって、極東委員会のなかで慌ててソ連などが主張した。シビリアンコントロールをしっかりやれ、ということで文民条項が憲法に取り入れられたわけです。  
 次に、「国防の基本方針」というものがあります。これは1957年5月、岸信介内閣によって閣議決定されたものです。  
 
・国防の目的は、直接及び間接の侵略を未然に防止し、万一侵略が行われるときはこれを排除し、もって民主主義を基調とするわが国の独立と平和を守ることにある。この目的を達成するための基本方針を次の通り定める。  
一、国際連合の活動を支援し、国際協調をはかり、世界平和の実現を期する。  
二、民生を安定し、愛国心を高揚し、国家の安全を保障するに必要な基盤を確立する。  
三、国力国情に応じ自衛のために必要な限度において、効率的な防衛力を漸進的に整備する。  
四、外部からの侵略に対しては、将来国際連合が有効にこれを阻止する機能を果たし得るに至るまでは、米国との安全保障体制を基調としてこれに対処する・  
 
 この「国防の基本方針」が閣議決定されるときには、すでに自衛隊はできていました。つまり、自衛隊の存在を肯定した上で、基本方針が定められている。こうして、自衛のための防衛力というのは、一貫して否定されていない、ということが歴史的にもわかるわけでございます。  
 こういうことを念頭に置いていただいて、ではなぜ憲法九条が作られたのか、ということを申し上げます。  
 1952年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効しました。それまで1945年8月15日から7年弱にわたりまして、わが国は独立を失っていたわけであります。失った時私は、小学校の3年生でありました。そして、日本国憲法は1947年11月3日に公布されております。  
 連合国による占領中にできた憲法でありますから、日本国憲法は、押しつけ憲法、占領憲法といわれます。憲法ができたからといっても占領中です。独立を失っている国に軍隊などあるはずもないし、必要もないのですから、最初のうちは国家としての自然権である自衛権ですら、政府自らが認めなかったのです。例えば、当時の吉田茂首相は国会答弁でも、自衛権はない、と答弁しております。その後、冒頭に述べましたように、憲法解釈として自衛権が確立されたわけでございます。  
 以上、わが国の自衛権と憲法の関係について申し上げてきました。  
 
 
自衛隊は国連軍に加わって反撃できる  
   
 さて、集団的自衛権のお話をいたします。  
 集団的自衛権なる考え方が生まれたのは、1928年のパリ不戦条約の締結に際してのことでした。この条約会議において、自衛権は不戦条約に抵触しない、国家固有の権利であることを確認した上で、英米両国が集団的自衛権を主張したのが始まりです。したがってこのときまで、集団的自衛権というものは、国際法上、主権国家に自然権的には認められていたものではなかったのです。  
 では、集団的自衛権が国際法において明文化されたのはいつかと申しますと、国連憲章なのであります。国連憲章第51条に、  
 
・この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的または集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない・  
 
 つまり、個別的自衛権と集団的自衛権は、国連加盟国の固有の権利である、ということが書いてあります。国連が「必要な措置をとるまでの間」というのは、国連軍が組成されて、侵略を受けた国を助けに行く、ということを前提にしているわけです。だから、助けに行くまでの間において、固有の権利として集団的自衛権は行使できる、ということであります。  
 その国連に、わが国も加盟している、ということでございます。  
 次に、わが国が署名した国際条約における明文規定、というと、まず1951年の対日平和条約、つまりサンフランシスコ講和条約がございます。この第5条に、  
 
・連合国としては、日本国が主権国として国際連合憲章第五十一条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有する・  
 
 と書いてあります。  
 それから、1956年の日ソ共同宣言です。この第3項に、こうあります。  
 
・日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、それぞれ他方の国が国際連合憲章第五十一条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有することを確認する・  
 
 そして、サンフランシスコ講和条約と同日署名、締結いたしました日米安全保障条約の改定時にも、集団的自衛権を明記してあります。1960年です。前文に、  
 
・両国が国際連合憲章に定める個別的又は集団的自衛の固有の権利を有していることを確認し(後略)・  
 
 つまり、わが国が署名いたしました国際的な文書の中に、こういう明文規定がいくつもあるということでございます。集団的自衛権というのは、わが国も他国も認めていることであります。  
 ところが、日本では、憲法の制約によって集団的自衛権は行使しない、ということになっているわけです。憲法でも国際法上でもその権利は持っているけれども、行使しない。それは、憲法の解釈の中での必要最低限度の自衛力の行使を超えるからだということなのです。こういう面倒くさい解釈をしておりまして、そこが今日の大きな論争の的になっている。同盟国が仮に攻撃を受けたとしても、日本の国は黙ってそれを見過ごすしかない、というのが今の憲法解釈でございます。  
 しかし、いま一つ解釈があります。まったくの少数説ですが、実は私はそちらの方をとっているのです。  
 どういう解釈かというと、自国が何ら脅威を受けていなくとも、国際社会の秩序の維持という一般的な利益を守るため、あるいは侵略者の不法な武力攻撃を許さないという国際社会の一員としての義務と責任として、他国に対する攻撃に反撃を加える権利がある、という解釈です。  
 例えば、国連の多国籍軍やPKO部隊がこれにあたります。  
 しかしこれを、集団的自衛権の行使ではない、とするのが圧倒的多数であります。自由党党首の小沢一郎さんなどがそうですが、これは国際安全保障、集団安全保障であって、集団的自衛権の行使ではない、と。  
 私の考えでは、同盟国たるアメリカだけではなく、国連加盟国のいずれかが不当な侵略を受けたとき、国連決議に基づいて立ち上がって侵略国に反撃を加える。これに日本の自衛隊が参加して攻撃を加えるというのは、国連の一員として当然であり、集団的自衛権の行使の範疇にはいる、というのが私の考えでございます。  
 加盟しているということは、要するにお互いに世界の平和のために力を合わせようではないか、貢献しようではないか、ということです。そのために各国が集まってきているわけです。ですから、私の年来の考え方では、国連に加盟していることですでに、集団的自衛権そのものの行使である、ということにもなるのではないか、となります。  
 ただし、今の憲法解釈では、集団的自衛権は国家固有の自然権ではあるが、日本国に限ってはこれを行使しない。ですから、国連の多国籍軍にも日本は参加したことがございません。ビンラディン一派が起こした、2001年9月の同時多発テロに対するアフガニスタンでの戦闘では、アメリカ軍は個別的自衛権の発動ですし、英国やフランスなどはNATOという集団安全保障機構によって、その関係で出動している。日本は、そのアメリカ中心のオペレーションで出動している艦船に対する給油ということで、戦後初めて国際戦時下におきまして、自衛隊を派遣しております。2年間の時限立法でテロ対策特別措置法を制定して派遣し、自衛隊が活躍しております。しかし、正面におけるアメリカ、イギリスの武力行使と一体化することはせず、後方で補給や輸送の支援をするだけ、というのが今日の状況なのであります。  
 つまり、それは集団的自衛権の行使ではない、という解釈でございます。しかしながらこの解釈はもはやぎりぎりのところまで来てしまった。これからどうするのか。今後どういう対応措置をとるかというのが、非常に重要な問題になります。  
 
 
10年以内に憲法は改正できる  
   
 私はやはり、日本も集団的自衛権を行使できるようにしないといけないと思います。そこで今後、集団的自衛権をどうやれば行使できるようになるか。方法は四つある。  
 ひとつは、憲法を改正する。ふたつ目は、集団的自衛権を前提とした法律を制定する。三つ目は、集団的自衛権を認める国会決議を行なう。四つ目は、内閣による解釈改憲の意思表明をする。  
 この四つの方法の中で、私は憲法改正論者ですから、もちろん憲法を改正して集団的自衛権を行使できるようにしたい。  
 もう一度、憲法九条を思い出してください。非常にわかりにくい文章ですね。これを、義務教育を終えた人なら、どんな人でも読んですぐわかるような憲法にしなければダメだ、これが私の基本的な考え方です。  
 いくら真面目に読んでも、「前項の目的を達するため」という文言によって、ああそうか、これがあるから陸海空軍を持てるのだな、ということは、普通の人にはわからない。ですから、もっとわかりやすい憲法にする。自衛権はありますよ、ということをきちんと書いて、その上で、「ただし、その自衛権は自らの国と同盟国の自衛のためにしか使えません、侵略戦争はいたしません」と書く。その上で、国際貢献のために自衛権を行使できる、実力組織による実力行使ができる、と。しかしそれは、シビリアンコントロールのもとで行なう。これらを憲法に明記する、というのが私の憲法改正案であります。  
 三つの戦争形態のうち、つまり侵略戦争と制裁戦争と自衛戦争ですが、侵略戦争はできないし、しない。自衛戦争はできる。グレーゾーンにあたるのが、制裁戦争なのです。コソボにおいて国連がとっている行動は、制裁です。これは作戦を展開しているアメリカが侵略されたわけでもなく、NATO諸国にしても侵略を受けているわけではありません。ですから、これは自衛のためではない、制裁戦争です。  
 日本国憲法では、侵略戦争は放棄し、自衛のためだけ、武力行使が認められています。ところが、制裁戦争はその解釈上において否定されてはいるものの、はっきりと憲法に書かれているわけではない。したがって、制裁戦争も含めて自衛以外の戦争をしてはいけないのだ、ということを憲法に明記するのが、私の憲法改正の趣旨でございます。侵略も制裁もダメ、ただ自衛のためだけ。そして、集団的自衛権の行使を認める、ということです。  
 今、自民党内には、4番目の手法、つまり憲法解釈を変えて集団的自衛権の行使を認めろ、という人もまだいます。民主党の中にも、もちろんおります。しかし、四つの手法のうち、一番いい加減といいますか、無責任なのがこの解釈を変える、という手法です。これをやりますと、国民のみなさんからの自民党への支持は、おそらくなくなるでしょう。3番目の国会決議というのも、憲法があって政府がそれを解釈して認めていないものを、つまり三権分立のうちの司法と行政がダメといっているものを、国会という立法府だけが「それでもやるんだ」といって集団的自衛権を行使してしまうと、わが国はいったいどういう政体なのか、成熟した民主主義国家としての資質を疑われてしまいます。  
 では、2番目の新しい法律を作ってやるのはどうか、と申しますと、これはぎりぎりで成立可能だと思います。確かにそれはひとつの方便だとは思いますが、そのために国会が紛糾して政治が混乱したり、結果として憲法改正が遅れるのなら、立法措置というのは政治的選択として正しくない。私は、憲法改正は非常に大事なことだと思っておりますし、10年以内には憲法改正ができると信じております。もっとも、10年後にまで私が国会議員を務めさせていただけるかどうかは、わかりませんけれども。  
 そもそも私がなぜ、このように安全保障の問題をライフワークにし、集団的自衛権の行使にこだわりを持つようになったのかというと、ひとつには在日米軍の基地問題があります。アメリカ軍への基地の提供は、実は集団的自衛権の行使に関わるものだからです。  
 日本とアメリカとは同盟関係にあります。そして、日本にとって、アメリカは唯一の同盟国です。アメリカは、日本が侵略されたときには日本を守らなくてはいけない。それは日米安保条約の第5条に書いてあります。  
 
・各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する・  
 
 つまり、日本の領域で侵略国からの武力攻撃が起こったときには、アメリカは反撃するための義務を負っています。  
 みなさんも沖縄に行かれるとわかりますが、沖縄には広大なアメリカ軍基地がある。沖縄県民のみなさんは、基地の土地を返してくれと、いついつまでに返すということをはっきりさせてくれ、というようなことを主張しておられます。  
 ではなぜ、沖縄に米軍基地があるのかというと、今度は日米安保条約の第6条です。  
 
・日本国の安全に寄与し、並びに極東における平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することが許される・  
 
 沖縄は、先の大戦において日本の本国内で唯一地上戦があったところです。アメリカ軍が武力によって沖縄を奪い、そのまま1972年まで占領し続けました。だから、日本にあるアメリカ軍基地の70%が沖縄に偏っているのです。  
 さて、アメリカは日本を守る義務がある。しかし、日本はアメリカを守る義務はない。その代わりに基地を提供している。これは間違った考え方なのです。一時はそうした考えが非常に有力でした。しかし、今はその学説はほとんど無効になりました。日本にアメリカ軍の基地があるのは、わが国がアメリカに対する防衛の義務がないことへの代償措置、代替措置ではないのであります。  
 むしろ今は、アメリカが日本を守るかわりに日本もアメリカを守る、時と場合によってはアメリカを守る、ということを明確にしないといけない。そのためには、集団的自衛権の行使を認めなくてはならないわけです。  
 もうひとつの理由は、アーミテージ・レポートです。これは、現国務副長官のリチャード・アーミテージさんが中心となったグループが出したレポートで、その中に、「日本が集団的自衛権の行使を禁じていることは、同盟関係に基づく協力を行なう上での制約となっている。かかる禁止を解くことにより、安全保障上の協力はより一層緊密かつ効率的なものとなるだろう。このことは、日本国民のみが下し得る決定である」とありました。  
 私は彼とは20年来の友人であるわけですが、彼が私に会うたびに口を酸っぱくしていうことには、日本がアメリカとの対等のパートナーになるためには、アメリカが一方的に日本を守るのではなく、日本もアメリカを守ってくれるようにする。これが真の友人ではないか、と。そういうお互いの信頼関係があって初めて本当の同盟であり、同盟関係が上手く機能していくのだ、と。アメリカの青年が日本の国民の生命と財産を守るために、血と汗を流す。しかし、日本は知らんぷりだ。これでは対等のパートナーシップとはいえないのではないか、ということを、しばしばアメリカの安全保障専門家の友人たちが私にいいます。このことが、私の考え方に大きな影響を与えているのは事実です。  
 
 
有事法制は日米安保条約の応用問題だ  
   
 私は憲法改正論者で、集団的自衛権の行使を認めるには憲法を改正しなければならないと思っています。すると、世の中には、憲法改正が先で有事法制はその後だ、とおっしゃる方もいます。土台は憲法で、法律は土台の上に乗っているものだ、と。  
 しかしそれは、有事法制をまったく誤解されておられる論理です。有事法制というのは、日米安全保障条約の第5条を受けて作ろうとしているものなのです。  
 つまり、日本の領土、領空、領海内で攻撃を受けたとき、アメリカが一緒になって日本を守る、という条項です。日本の領土内ですから、これは日本有事のときです。だから有事法制というのです。  
 ちなみに、第6条は極東有事といいます。フィリピン以北が極東、ということになっています。つまり日本の周辺である極東において、日本の平和と安全に重大な影響を与える事態が発生したとき、アメリカ軍が出動する、これに協力するから、第6条を受けてできた法律を周辺事態法、といいます。  
 それはともかく、第5条によって、日本だけが侵略を受けたときに、アメリカが協力してくれる、と。それはそれで結構なことですが、肝心の日本を守るための日本の自衛隊がちゃんと動けないのです。有事の際に国内法の制約を受けずに効率的に自衛隊を動かすことができる法律がないからです。  
 非常にわかりやすい例を一つ挙げれば、道路交通法という法律がありまして、信号が赤の場合、道路を通行する車両は止まらなければなりません。これは、自衛隊の車両も例外ではありません。しかし、敵国の兵隊は上陸して侵略してくる。日本国民の生命が危険に犯され、財産が荒らされている。こうした状況の下で、いちいち自衛隊のクルマが赤信号で止まっていられるか、ということです。そんなところで止まっている暇はないです、止まっている間に国民が殺されているわけですから、行動しなければならないでしょう。  
 ですから、いわゆる有事における例外規定を法律によって定めなければならないのです。それが有事法制なのでありまして、日本が外国から侵略を受けたときに、自衛隊はどう行動できる、こういうことができる、という法律です。国民の権利を保護しながら、陣地を構築できるとか、食料を調達できるとか、赤信号でも突っ走っていけ、とかです。一番肝心の権利というのは、生きる権利ではないですか。この、日本国民が生きる権利を侵されないために、有事法制を作っておかなくてはならないのです。  
 ところが、これも最近の議論なのですが、有事法制などなくても、有事のときには交通信号など守らなくていいのだ、自衛隊法88条(注7)の解釈によるとそうなる、という議論があります。  
 確かに、自衛隊法によってできることはいくらでもあります。しかし、できないこともありますから、そのできない部分をできるようにする、というのが今回の有事法制であります。自衛隊法で自衛隊が動けない部分はそのまま残しておいて、いざというときには超法規的に自衛隊の行動を許すのですか? 武力を行使する部隊が行動するときには、きちんと法律を守らなければならない、ということで、全世界の主要な国々が有事法制を制定している。日本だけが、有事法制を持っていないのであります。  
 しかも、これは小泉純一郎内閣になって急に思いついたことではなく、福田赳夫内閣から25年間、準備してきたものが、放置されてきた。有事法制を持ち出すと、内閣がつぶれるという政治状況が長く続いてきた。有事法制はタブーだったわけです。小泉総理は信念固持の人で、勇気を持ってタブーに挑戦していく人ですから、この問題にも挑戦している、というのが現状なのです。  
 
・注1・極東委員会  
連合国15か国(後に17か国に増加)で構成された対日占領政策の最高決定機関。1945年12月、米英ソの外相会談で、GHQの占領政策をチェックする目的で設置された。  
 
・注2・シビリアンコントロール  
軍隊に対する民主的な統制。文民統制。軍事力は民主主義的な権威に従属していなければならないとする概念。  
 
・注3・サンフランシスコ講和条約  
連合国48か国と日本との間に結ばれた講和条約。1951年9月8日サンフランシスコで調印式が行なわれた。  
 
・注4・吉田元首相の国会答弁  
1946年6月26日、吉田茂首相が衆議院国会答弁で「改正憲法九条は自衛戦争も抛棄した」と言明。  
 
・注5・国連憲章  
1945年6月26日、50か国による国連創設会議で採択された。国際連合の組織と活動、目的と原則の基本を定めた条約。  
 
・注6・テロ対策特別措置法  
2001年9月11日の同時多発テロに対するアメリカの軍事行動を自衛隊が後方で支援するため、2年間のみ有効とした特別立法。自衛隊の主な支援は補給、輸送、修理、整備、医療、遭難救助や避難民の救援など。  
 
・注7・自衛隊法88条(防衛出動時の武力行使)  
第76条第1項の規定により出動を命ぜられた自衛隊は、わが国を防衛するため、必要な武力を行使することができる。  
 
――――――――――――――――――――――――――  
 
山崎拓  
自民党幹事長・衆議院議員  
 
【略歴】  
 1936年、中国・大連で生まれる。4歳のときに帰国、福岡に住む。1959年、早稲田大学商学部を卒業後、ブリヂストンに入社。67年、福岡県議会議員に当選。72年、衆議院議員選挙で初当選。78年、厚生政務次官。84年、内閣官房副長官などを経て、89年防衛庁長官として初入閣。90年、衆議院国連平和協力特別委員会自民党筆頭理事、91年、建設大臣。93年、自民党筆頭副幹事長。95年、自民党国会対策委員長、政務調査会長。99年、衆議院日米防衛協力のための指針(ガイドライン)に関する特別委員長。2001年、自民党幹事長。  
 中曽根康弘元首相の率いる中曽根派(その後、渡辺派)に属していたが、98年、中曽根氏の同意を得て同派閥から独立。「近未来政治研究会」(=山崎派)を結成し、派閥の会長になる。  
 
 
このページの先頭へ