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新しい憲法をつくる研究会で講演
11月1日(火)、新しい憲法をつくる国民会議(会長・清原淳平氏)のお招きにより、衆議院第一議員会館第6会議室において行われた月例の研究会にて、1時間程度「憲法改正を巡る政治情勢」と題して講演いたしました。以下は当日の講演内容を私なりにまとめ、加筆訂正したものです。  
  
  
「憲法改正を巡る政治情勢」  
  
  
臨時国会がはじまったが、突然憲法審査会が始動した。過去、憲法調査会なるものが2000年の通常国会で設置され、その調査会まとめられた憲法改正国民投票法(日本国憲法の改正手続きに関する法律)が平成19年5月18日に公布され、その3年後の平成22年の5月18日に施行された。その3年間の準備期間に衆参の憲法審査会において憲法改正に向けた論点整理を行うことになっていた。ところが、この憲法審査会なるものが、設置されないままに今日に至った。  
民主党が委員のメンバー表のリストを提出しなかったがために、この審査会が衆参共に正式に設置をみなかったのだが、本国会になって、民主党が突然メンバー表を提出して審査会が始動することになった。  
3年の準備期間中に憲法の論点整理が行われるはずだったのが、4年間行われていないので、これから憲法改正に向けた論点整理が行われるということになり、最終的には憲法改正原案なるものが、ここでとりまとめられ、国会で三分の二多数の支持を得れば、国民投票に付される。しかし、このゴールに達するまでには相当長い期間を要するのではないかと懸念される状況である。  
  
私の地元の西日本新聞の社説では「憲法審査会にまず求められるのは、改憲論議より国民投票法の欠陥や疑問点を見直すための議論だろう」と述べられている。国民投票法改正案なるものが成立したときの附則に3点記述があり、  
18歳選挙権実現のための法整備  
公務員の政治的行為に関する法整備  
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が挙げられており、その他に、国民投票を行った場合の、最低投票率の線引きを行うべきか否かという議論もあった。現在民主党が第一党なので、いきなり憲法改正原案の策定に入っていくような雰囲気ではないので、まずそのあたりから議論に入っていくのではないかと想定される。  
私が憲法改正をライフワークにしたのは、自民党の創設者のひとりである、緒方竹虎先生が高校・大学の先輩だったことが始まりである。私は昭和30年に修猷館高校を卒業したが、その年の5月に創立70周年記念式典があり、緒方竹虎先生が講演を行うべく母校に赴かれた。私は卒業直後で早稲田に進学していたので、後日その速記録を拝見してみると、憲法改正の必要性について当時の学生たちに向かって力説され、『今日われわれは憲法改正ということを申しております。憲法改正の理由のひとつは、その憲法が占領軍によって強制されたという事実があまりに露骨になっている。その強制されたものを日本の国会におきまして、一応正規の手続きを踏んで制定したものでありますが、強制された道筋があまりにはっきりしている。これでは、国民の独立の気迫というものが浮かんでまいらないと。そういうわけで同じ憲法を起草するにいたしましても、これを自主的に検討いたし、もういっぺん憲法を書き直す必要があるというのが我々の趣意であります』と述べておられた。この講話が私にとって憲法改正というものの必要性を心に深く刻んだ最初である。当時自由党総裁の緒方先生はその後、民主党総裁の鳩山一郎先生と共に保守合同を果たされ、昭和30年11月15日自由民主党が出発した。いわゆる独立の気迫というくだりがあるが、その3年前の昭和27年4月28日に我が国は独立を回復(主権の回復)していたが、その3年後においても、『まだ日本の国民に独立の気迫がない、それは自主憲法を持たないからだ』ということが御説の要点であった。  
自由民主党が、党として出発した際に綱領並びに政綱を設けたが、その中にわが党の立党の精神である「自主的に憲法を作ろう」という文言がきちんと謳われており、自民党の今日までの基本政策となっている。  
  
次に、各党の憲法へのスタンスを見ていきたい。我が自由民主党は自主憲法を党是とし、昨年1月24日の党大会において、新綱領を発表した。その新綱領の中に「新しい時代にふさわしい国づくりのための自主憲法の制定をめざす」ということを謳っている。自主憲法の制定ということは変わっていない。  
次に民主党と公明党について述べるが、これは憲法改正に必要な三分の二はこの3党によって構成されるので、この3党が足並みをそろえることが必要条件だからである。  
民主党は「創憲」という表現を使っており、「未来志向の憲法を構想する」として当時の仙谷由人民主党憲法調査会長によって2005年10月31日にまとめられた「憲法提言」の冒頭にその表現が出ている。その後、2009年7月27日、前回の総選挙のマニフェスト中に「現行憲法に足らざる点があれば補い、改めるべき点があれば改めることを国民の皆さんに責任をもって提案していきます」という表現がある。また、「憲法とは公権力の行使を制限するために、主権者が定める根本規範であるというのが、近代立憲主義における憲法の定義である」ということが強調して書かれている。さらに「決して一時の内閣が、その目指すべき社会像や自らの重視する伝統・価値をうたったり、国民に道徳や義務を課すための規範ではありません」と自民党批判の文言を入れながら、今後未来にわたってあくまでも“国民の権利憲法”である、ということを民主党は主張している。  
公明党は「加憲」という表現を使い、2010年6月17日、これは1年前の参議院選挙のマニフェストであるが、この中で『現行憲法を高く評価し、々駝閏膰⊆腟銑基本的人権の保障9欝彿刃村腟舛3原則を堅持します。その上で時代の進展とともに提起されている「環境権」や「プライバシー権」などを新たに憲法に加える「加憲」の立場をとっています。憲法9条についても、第1項、第2項を堅持した上で、自衛隊の存在や国際貢献等について「加憲」の議論の対象として慎重に検討していきます』としている。  
憲法改正を発議するには三分の二多数を要するので、各政党間の論議を深めて、この憲法改正が正しい方向に向くように、自民党の努力はたいへんに大きなエネルギーを必要とすることを覚悟しなければならない。  
  
現行憲法に関して、いろいろな改正論議があるが、私は憲法9条の改正がこの憲法改正の眼目であるという考え方を採っている。一方、例えば公明党は第3章の国民の権利と義務の30条にわたる条文の中に、特に加憲という言葉の中で、新しい「環境権」であるとか「プライバシー権」であるとか、そういう新しい価値観を取り入れるべきと主張している。これは一例であるがさまざまな現行憲法に対する指摘がある。そういった中でも私は憲法9条について特に強い改正意欲を持っている。そこで、各党の憲法9条に対するスタンスについて点検してみたい。  
最近起こった安全保障上の問題のひとつは、尖閣諸島の海域において、我が国の巡視船と中国の漁船衝突事故というものがあったが、この衝突事故に際して、一旦船長を拘束しながら結果的に起訴猶予処分にして解放してしまった。その後、中国の出方が報復的・恫喝的に日本の企業人を拘束したり、レアメタルの輸出について制限を加えたりなど、様々な恫喝的な態度があった。これは明らかに鳩山政権の普天間問題の迷走による日米同盟の揺らぎを見ながら、日米の離反がありうべしという観測の下にやや偵察的な行動を含めた事件であったと考える。一方において、今回の東日本大震災にあたって、米軍がいち早く救出に赴いてくれ、特に仙台空港の修復に関する米海兵隊の働きが顕著だった。いわゆる米軍による「トモダチ作戦」の展開で、日米同盟関係の重要性が改めて示された。我が自衛隊も約11万人の陸海空軍が東日本大震災の救援・救出・復旧活動に貢献した。我が国の陸海空軍というのは23万人しかいない。その4割強の自衛隊がこの東日本大震災対策に投入された。いわゆる自衛隊法に規定された自衛隊の本来任務は、実は国土防衛であって、震災復旧活動の間、我が国の領土・領海・領空の安全を期すための自衛隊の本来任務が希薄になったことは間違いない。周辺国の中で我が国に対してなんらかの悪意ある行動をとろうとすれば、絶好の機会を提供していたことになるが、その気配もなかったことは、抑止力として日米安保体制があるからであり、日米同盟関係の重要性を如何なく示している。  
  
ちょうど昭和35年に安保条約改正が行われて、もはや50年の歳月が流れ、ちょうど鳩山政権下で50周年を迎えた。もう一度日米安保体制についてその重要性について再確認を行うという機会に、例の普天間問題の取り扱いを大きく間違い、日米関係が一時期危殆に瀕した。日米安保条約の中にも国連憲章51条を引用して、自衛権というものは日米両国にあり、その自衛権の中には個別的自衛権も集団的自衛権もあるということが記述されている。されどこの自衛権の行使に関して、憲法9条の解釈から集団的自衛権の行使に一定の制約があることから、極東の平和と安全のために我が国が基地を提供することを代償とするというのが条約の内容だと私は理解している。つまり、集団的自衛権の行使が憲法上の解釈でできないということで、片務性の問題が生じている。やはり双務性を回復するためにも国際法上の常識である集団的自衛権の行使を認められるように9条の改正を行うべきじゃないかというのが私の持論である。  
「集団的自衛権の行使は内閣法制局の解釈によってできないことになっているが、解釈を改めればいいじゃないか」と、つまり政府の一機関である内閣法制局に対して、総理大臣が今までの解釈を変えろと命じれば済む話じゃないか、という議論が多いが、私は我が国が法治国家である以上は、その国家基本法である憲法の解釈が時の内閣によって揺らぐということはよくない。歴代内閣において、この解釈が確立して、いままで変わったことがないのに、新しい総理に対して、その解釈を変えろ、それがおまえの器量だといわんばかりの議論が党内に沸騰するのはどうかと思うので、それよりもまず憲法改正をして、自衛隊が軍隊としてその地位が保全されるということが大前提だと考える。  
  
民主党は国連集団安全保障活動への参加を容認するという立場をとっている。公明党は集団的自衛権の行使を容認しないという立場をとっている。この部分の改正は一番肝心なところであり、したがって9条の改正は難航を極めるであろう。公明党の憲法調査会による論点整理という文章があるが、「個別的自衛権の行使は現行憲法で認められているという解釈が主流であり、集団的自衛権の行使は認められないという意見が大勢である」とし、特に9条については現行規定を堅持すべきだとしている。第1項、第2項は堅持し、第3項に個別的自衛権の行使について入れるかどうかについてはまだ議論中であると、こういう立場をとっておられる。それから、民主党は憲法提言中間報告の中で「現行憲法の平和主義を維持し、国連の集団安全保障活動への関与を行っていく。国連憲章上の制約された自衛権、武力行使の最大限抑制」としている。各党間の相違はなかなか埋めがたい。  
  
実は、南スーダンにPKOを派遣することが発表された。かなり大きな部隊、300名程度になる施設部隊だが、「スーダンというのは大変危険な場所であって、武器の使用に関して、これを緩和してもらえないか。万一隊員に死傷者がでるようなことがあれば、いままでPKO活動に派遣して1人の死傷者も出していないという実績があるので、非常につらい」という話が自衛隊関係者からあった。私は武器使用の制限を緩める方向で議論すべきだと思う。しかし、憲法上の制約があるので、PKOといえども国際基準に沿った武器使用が認められていない。外国の要員と一緒にPKOの部隊に参加していて、我が国の要員が襲われた時は、一緒に活動している外国のPKOの部隊が守ってくれるが、こちらは外国の要員が襲われたときは、これを放置して逃げざるを得ないというような今の我が国のPKO部隊の対応ぶりでは、国際社会からはせっかくPKOを派遣しても評価されないのではないかと思う。そういう意味で武器の使用基準についてとりあえずPKOに関しては改めるべきではないかと強く思っている。要員を派遣するのは防衛大臣であるが、一川防衛大臣は安全保障問題には疎い方で、シビリアンコントロールを全然理解しておられない。シビリアンというと素人だという、いわば素人のコントロールという意味にとっておられたようだが、シビリアンというのは「文民」という意味である。憲法上で文民規定は第66条中には「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」と書いてある。彼自体が防衛大臣になれたのは、軍人でなく文民であるからである。別な言い方をすれば、シビリアンコントロールとは政治の軍事に対する優先という意味である。そういうわきまえもない人が防衛大臣であり、安全保障問題に関しては現在内閣はまことに頼りないものがあると思う次第だ。  
かくの如く憲法改正についてはなかなか前途多難であって、憲法改正原案をまとめるまではかなりの多くの困難が待ち受けているようだ。しかし粘り強い努力により、いずれできるだけ早い時期に憲法改正原案が、国会議員三分の二の発議で国会に提出され、そして国民投票にかけるという日が実現するよう心から願っていることを申し上げ、本日の話を終わります。  
 
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