(「大前研一の政策学校・一新塾」講演録 2002年2月1日)
司会:  本日の政策提言の授業は、自民党幹事長の山崎拓さんをお招きしました。
前半は安全保障に関しての講義。質疑応答の後、一新塾の塾生から提言をぶつけて、意見交換を進めたいと思います。
山崎拓:  ご紹介いただいた山崎拓です。
 きょうは安全保障問題について大前塾長からお話するようにとのことでしたので、これから40分ほどお話ししたいと思います。仕事後に参加されている皆さんの政策課題に対するご関心に対して心からの敬意を表します


海外派遣であって海外派兵ではない

山崎拓:  安全保障問題について、昨年の秋以来かなり関心が高まっています。昨年の9月11日に米国において同時多発テロが発生した関係だと思います。昨年秋の臨時国会で3つの大きな法整備を行いました。1つは国際テロ対策特別措置法の制定、2つは自衛隊法の改正、3つはPKO法の改正です。
 その第1番目のテロ対策新法、 これは画期的な法制定で、 戦時下における自衛隊の海外派遣はこの法律に基づくものが初めてで、 戦後50年間なかったことが起こったわけです。  
 今まで自衛隊の海外派遣はいくつかケースがあります。自衛隊は元来わが国の防衛政策である専守防衛政策が基本にありますので、わが国の領域への侵略に対して自衛隊がこれを守ることになります。個別的自衛権の発動です。自衛権は個別的自衛権と集団的自衛権に整理されていますが、個別的自衛権を発動して、自分の国は自分で守るという大前提で自衛隊は活動するのです。もちろん日米安保条約があって、米軍が日本の防衛力の足らざるところをカバーしてくれる取り決めになっており、1990年まで続いた冷戦時代には―つまり米国とソ連の超軍事大国の対立の時代のことですが―日本は旧ソ連と国境を接しており、旧ソ連軍、特に極東ソ連軍の潜在的脅威に常に対処せざるを得ませんでした。相手が旧ソ連ですので、日米安保体制がなければ日本は守りきれないとの想定があった。  
 一方において、自衛隊を海外に出して国際貢献せしめようとの考え方があって、最初のうちはそこまで能力がありませんし、また国内にも「それは行き過ぎだ」という世論が強かったものですから、あんまりやらなかった。最初に行われた自衛隊の海外派遣は南極観測船の提供です。これは自衛隊の艦船が南極観測に赴いたわけで、これが海外に出た最初のケースです。  
 その後は返還前の沖縄とか、リムパックで海外に出るようになりました。リムパックは太平洋において米軍と、わが国の海上自衛隊を中心にした自衛隊が行う共同演習です。ほかにもいくつも共同演習がありますし、あるいは練習艦隊が海外に派遣されて、日本の海上自衛隊、練習艦隊が世界の国などをまわるのも一種の海外派遣です。
 「海外派遣」と「海外派兵」と私どもは言葉を分けて使っていて、海外派兵はやらないことになっています。武力行使を伴う事態のことを海外派兵と言っているわけで、今日のアフガニスタン事態に対する自衛隊の派遣も海外派遣であって海外派兵ではないということです。  海外派遣の本格的なものはPKO活動です。10年前からPKO活動、PKO法案が通って、最初に行ったのがカンボジアの和平のときです。カンボジアPKO活動にわが国の自衛隊が参加しても武力行使はできませんから、道路の建設を行いました。現在はゴラン高原に46名ほど派遣していて、これはもっぱら輸送を担当しています。私は先月、1月の 11日にゴラン高原に与党3党の幹事長の一員として訪問し、自衛隊を激励するとともに、UNDOFの司令官―スウェーデンから来ているスウェーデン軍隊の少将の立場にある人ですが―からいろいろと状況について説明を受ける機会を得ました。これは戦時下ではありません。ゴラン高原はシリアとイスラエルの中間点にあり、そこに両国の兵力引き離しのために国連のPKOが部隊を置いている状況です。停戦監視、兵力引き離しという役割を持っているわけで、1973年にあった第4次中東戦争で戦った両軍を引き離して、二度と戦わないようにしておくのがその役割です。つまり戦争後、あるいは紛争後に国連が派遣するのがPKO―Peace-Keeping Operations―です。これは国際貢献として出ていっているわけで、すでに東ティモールにも派遣することが決定して、実行に移す段階に入りました。


どの国も自衛権を持っている

山崎拓:  ところが昨年の9月 11日にニューヨークあるいはワシントンで自爆テロが非常におぞましい形で発生して、米軍が自衛権を発動しました。これはアフガニスタンにおいて今回の事件の元凶とされているウサマ・ビンラディンならびにその組織アルカイダ、あるいはそのアルカイダが盤踞しているタリバンという組織ですが、そういうものを壊滅して、その一派によるテロの再発を防ごうという行動です。  
 これは制裁戦争として米軍が派遣したものではありません。様相としてはそういう様相に見えるんですが、米国の説明では自衛権の発動ということです。  
山崎拓:  日本の場合、「急迫不正の侵害があったとき」というのが自衛権の発動の第1要件です。第2要件として「他にかわるべき手段がない」こと、第3要件として「必要最小限度」という自衛権発動の3要件を持っています。  
 「急迫不正の侵害に対処する」という要件は国際基準、グローバルスタンダードで、アメリカも「急迫不正の侵害が行われた」という認定で米軍の出動を決めた。この急迫不正の国家に対する侵害は、ニューヨークの世界貿易センターに自爆テロが行われたという事態よりも、むしろペンタゴンに自爆テロが行われたことを指しています。ペンタゴンは軍事大国アメリカの軍事中枢です。その中枢に突入したわけで、これは明らかに国家の防衛力の頭脳のてっぺんに対して急迫不正の侵略が行われたという認定をしました。テロ行為が今後再発しないように徹底的に防止するために、先ほど「元凶」という言葉を使ったんですが、実質的にこの自爆テロの指揮をとったとされているウサマ・ビンラディンを捕捉しようということで、潜伏先と目されているアフガニスタンに対して攻撃を行うことになりました。
 この攻撃に対して、国際社会はこれを国連決議という形で認知しました。さらにまたNATOが決議して、集団的自衛権の行使を行うことにしたわけです。先ほど個別的自衛権と集団的自衛権と分けて話しましたが、集団的自衛権は自国と緊密な関係にある国、軍事的に運命共同体にある国といってもいいと思います。そういう国が攻撃を受けたときに一緒に対処するのが集団的自衛権の定義です。NATOは軍事同盟です。その主力である米国が攻撃を受けたので、NATOの加盟諸国は集団的自衛権の行使を行うことを決議し、実際に英国は現地に入って軍事的オペレーションを米軍と一緒に、規模は小さいんですがやっている状況です。その他の国もさまざまな形で米軍を支援しています。  
 わが国は、集団的自衛権の行使は憲法解釈上「しない」ことになっています。今私は「しない」という言葉を使いましたが、「しない」と「できない」では微妙に違います。政府は「できない」という答弁を国会でしたことはありません。「しない」と答弁しています。  
 それはなぜかと言いますと、国連憲章では、個別的自衛権ならびに集団的自衛権は主権国家、独立国家に共通に認められる自然権であり、したがってどの国も自衛権を持っていると書いてあります。その自衛権には個別的自衛権と集団的自衛権があり、その両方が認められているというのが前提です。


自衛隊を派遣できないので、資金を

山崎拓:  日本の憲法には、国際紛争を解決する手段としては武力によらない、武力の行使をしないと9条に書いてありますので、その解釈を援用して、わが国としては集団的自衛権の行使はしないことを一貫した政府の政策としてとってまいりました。攻撃を受けたときにはもちろん発動します。わが国に侵略があれば必ず発動します。  
 たとえば昔、想定されていた極東ソ連軍が―旧ソ連ということです―宗谷海峡を渡ってわが国の稚内に侵略してきたケースでは、当然北海道には当時自衛隊が重点配分されていたので、自衛隊が出動して、専守防衛ですから防戦に努めます。極東ソ連軍を排除する軍事行動を行うわけですが、2週間以上持ちこたえられないと、その場合は在日米軍が出動して共に排除する想定になっていて、それは米側の日本に対する集団的自衛権の行使です。  
 一方、日本は日本の領域内で行われている米軍の活動に対しては支援はできますが、個別的自衛権発動の事態に制限されているため、たとえば公海部分で米軍の艦船が襲われたときに、日本の自衛隊の艦船がそのそばにいてもそれを守ることができないのが今の憲法の解釈です。ですから、集団的自衛権の行使に関してきわめて片務的になっていると言わなければなりません。別途、日本は基地を提供しているという点があって、集団的自衛権の行使ができないから基地を提供しているわけではないという説明になっていますが、実態的にはそういうふうにとれるのです。  
 そんな日米間の関係がありますが、今回、同盟国たる米国が攻撃を受けた、侵略を受けた。これは非常に特殊な自爆テロという形で受けたわけですが、米国が個別的自衛権を発動したのに対して、NATOが集団的自衛権を行使したが、日本はできないということになった。しかし、同盟関係として何らかの協力をしなければならないということが1つ。それから、いかなる国際テロもこれを断固排除すべきであるという国連決議をしたので、国際協調としてわが国としても何らかの軍事的貢献を行うべきであるということ、他国がやるのですから日本だけやらないのはどうかと。湾岸危機のときにもそういう謗りを受けたことは事実で、あのときは90億ドル提供しました。1兆3000億円というすごいお金を多国籍軍に対して提供した。日本は自衛隊を派遣できないので、資金を提供したんです。
 イラクから侵略を受けた直後のクウェートに、私は行きました。ほとんど廃墟のような惨憺たる状況でした。油田という油田が燃やされて、もうもうたる黒煙が空を覆っていました。ほとんど雨の降らないところで、空が見えない、すぐ顔中煤だらけになるようなすさまじい状態です。UNIKOMというPKO部隊が派遣され、クウェートの原状回復、独立の回復が一応行われたのですが、油田の火事を消すのは大変なことですので、その作業にもずいぶんと時間がかかり、イラク軍を国境の外に追い出したものの、国の姿形としては原状回復が長くできなかったわけです。
 イラクは協力してくれた特別正規軍25カ国に対して感謝広告を世界的なマスコミ機関を通じて行いました。しかしその中に日本は入らなかった。日本はもうとにかく圧倒的に多額な資金を、他国に比較する国がないぐらい多額の戦費をまかないました。それでも一切感謝されなかった。石油資源を守るためにという表現はなかったんですが、事実上わが国のように非常に原油の供給をあの地域に仰いでいる国情としては、そこの安全保障は大変大事なことだと思います。それだからこそ1兆3000億も出した面もあるいはあるかもしれませんが、そういう政治判断で出したが感謝されなかった。それは、他国の青年は生命の危険を冒して世界平和のために貢献したが、日本は金で済ませたと受け取られたと言うことです。


安全保障政策は具体的に、かつてない進展を遂げた

山崎拓:  今回はアフガニスタンの復興会議において、日本は一定の負担をすることになったが、金額の規模としては全然小さい。当時の1兆3000億円に比べれば、今度は300億円程度ですので、当時に比べると小さい金額です。軍事費としては一切、一銭も出しておりません。そのかわりに自衛隊を初めて出したということです。  
 その自衛隊の活動は後方支援に限定しています。武力行使を伴わない活動、武力行使と一体化しない活動というふうに限定していて、輸送と補給と医療を中心に協力することにしていて、メインは補給です。輸送と補給とどう違うかというと、輸送はたとえば米軍に協力するとすれば米軍のものを運ぶのが輸送です。日本のものを提供するのが補給です。ですから、いま主として油の補給をやっています。これは日本のお金で―そういう意味ではそこは軍事費ということになると思いますが―湾岸で油を買って、インド洋ならびにペルシヤ湾で、活動している米軍ならびに英国軍に油の補給を、今まで22回やったという報告がきています。正面に出ていくことはない、武力行使と一体化することはないということで、後方においてそういう補給活動を主としてやっているということです。この特別措置法はそういう自衛隊の海外支援活動と避難民の支援と捜索救難活動と、その3つの分野で日本が活動すると、その仕事を主として自衛隊が担当する法律になっています。これは画期的な法律です。  
 自衛隊法の改正は主として国内テロ対策で、我々は国内における「政経中枢施設」という言い方をするんですが、たとえば国会議事堂、皇居、首相官邸、自衛隊の基地、米軍の基地、それから原子力発電所、そういったところ、まだたくさんあると思いますが、政経中枢施設を本来警察が守ることになっています。治安上の問題ではありますが、それを自衛隊に守らせる法律の道を開こうとしたわけです。これはさんざん議論した結果、やっぱり警察がやるということを警察が主張して、自衛隊が守れるのは基地だけというふうになった。それが1つと、その他に前の前の不審船のときに海上保安庁が船足が遅くて追いつかなかったのを、海上自衛隊の船が出て追いつこうとしたんですが、自衛隊は船体射撃をやっちゃいかんというふうになっていて、取り逃がしてしまいました。  
 今回は船体射撃をやりました。その前々回、日本海で不審船が発見されたときに、結局船体を撃てなくて取り逃がしてしまったことを踏まえ、船体射撃ができる法律改正を今度一緒に自衛隊法の改正でしたわけです。海上保安庁のほうの改正もした。それが早速、領海内で発見して停船を命じたのに、逃げたということで適用して船体射撃を行うことができた。これは秋の臨時国会における自衛隊法の改正があったから、今回の措置がとれたことです。  
 それから3つ目のPKO法の改正ですが、今までPKOを派遣した例をいくつか申し上げたんですが、本来のPKO活動の任務はPKFといっていて、これは本体業務といっていますが、PKFはPeace-Keeping Forcesの略です。さっき言った停戦監視とか、兵力引き離しとか、あるいは地雷の除去であるとか、そういうのが実は本体業務です。しかし日本の自衛隊はPKF活動を凍結されていて、できなかったんです。もっぱらUNDOF、さっきいったようにゴラン高原のUNDOFですね、あのときは輸送だけやっていたということですし、また東ティモールに今度派遣することになった自衛隊の部隊も施設部隊で、道路の建設です。カンボジアもそうでした。いわゆるPKF活動はやらないと、PKO活動だけだということにしておりました。本体業務の周りの活動だけだということになっておったんですが、今度は、何でも派遣できることになりました。  
 その際に武器の使用の問題がありました。今までは自己防御のためにだけ短銃などの武器を使える、自分が攻撃を受けたときだけ守ることになっていたのですが、周りにいる人を守れることにしないと、外国の部隊が非常に嫌がるわけです。一緒に行動していても日本の自衛隊は自分を守るだけで一緒にいる人を守ってくれない、外国の部隊は日本の部隊を守らなければいけないので、それではかえって邪魔になるという評価が外国の部隊からあった。世界中の国が部隊をPKO活動に送り出していて、特に開発途上国はPKO部隊に積極的に参加しています。国内に仕事が少ない国の人々にとっては貴重な職場だということもあって、開発途上国の参加は非常に多いのですが、そういった国が日本の部隊が来るのを必ずしも歓迎しなかった。自分たちを守らないからです。一緒に行動しているときは一緒に守ることができるように今回の法改正でして、少しグローバルスタンダードに近づけたわけです。  
 そういうような改正が3つ行われて、秋の臨時国会は、安全保障政策においては小泉政権下の構造改革の問題よりもはるかに大きな成果をあげたと思います。構造改革は設計図の段階で、これから基礎工事に入って、やがて上物を建てる段階に5年ぐらいかかると思いますが、それに対して安全保障政策は具体的に、かつてない進展を遂げたというふうに考えます。


国民がどんどん殺されているなかで、自衛隊は赤信号で一時停止

山崎拓:  人事のことなど様々あって小泉内閣も人気が落ちたので、果たして安全保障政策の面においても成果をあげるかどうかちょっと心配なところもありますが、今度の国会では有事法制の整備をやろうというふうに考えています。  
 有事法制とは何ぞやということですが、非常に誤解があって、有事は戦争をやるという感じを皆さん持っておられるが、有事という言葉はほとんど法律用語と同じように使われていて、今までは日本有事と極東有事に分けて使われていました。それは安保条約に由来していて、日米安保条約の第5条事態は日本有事で、第6条事態が極東有事であるとされてきました。  
 つまり日本有事は日本が侵略を受けたということですから、これは日米が完全に協力体制で日本の領域において―領域は領土、領空、領海のことですが―侵犯を受けたときに専守防衛の原則のもとに日本の独立、主権、国民生活、生命を守るのが日本有事の第5条事態です。そのときは米軍が日米安保条約で一緒にやる。  
 ところが、極東有事は何かというと、日本以外のところで、今はあまり極東という言葉を使わないんですが、フィリピン以北のことです。日米安保条約で想定している極東、たとえば具体的に言いますと朝鮮半島とか台湾海峡などでドンパチが始まるのが極東有事です。この極東有事のときに日本は集団的自衛権が行使できませんから、アメリカが出ていっても日本は集団的自衛権の行使ができないのが第6条事態です。しかし、基地を提供しているので、日本の基地から、事前協議をやって発進する仕組みになっているということです。  
 その極東有事が発生したとき、朝鮮半島でドンパチが起こったときは、米軍は必ず出動します。台湾海峡では中国大陸と台湾がドンパチすると仮になったとき、米軍が出ていくかどうかはわかりません。これは保証の限りではないわけで、是非論はあるわけです。これはアメリカが主体的に決めることで、アドバイスはできますがわれわれが決められることではありません。朝鮮半島バトルは北と南のバトルですから、したがって南と同盟関係にある米軍は日本の基地から出ていく公算が大きいわけで、そのときに日本がどういう協力をするかを定めたのが2年前にできた周辺事態法です。さっき言ったような輸送とか補給とか医療とかをやることになっていて、後方支援という言葉を使わないで、後方地域支援という言葉を使って法律に書いています。後方支援は、集団的自衛権の行使に入るんじゃないかという議論が当時はあったので、後方地域支援という言葉を使って法律を作った。それは極東有事の場合です。ところが日本有事の場合は自衛隊が行動するときに主権と抵触します。主権の中には民有地があって、陣地を構築するような問題があるし、自衛隊が私有地の中を通るようなことが緊急事態にはあり得るわけですね。  
 そういう場合に今の国内法で行動ができないと国民の生活が守れませんから、有事のときには主権を越えた行動をすることがあります。そのための法整備をやっておかないと超法規的に行動することになる。そうなるとおそろしいことになります。先進国でそういう有事法制がない国はありません。日本にはありませんから、仮に非常にわかりやすく言うと敵が攻めてきて、日本国民がどんどん殺されているなかで、自衛隊は赤信号で一時停止せざるをえません。敵は当然、信号を無視して攻めてくる。  
 そういう有事の際には、今度の神戸大震災のときもそうですが、あの数千人の方が亡くなられたという緊急事態の下で、救助に赴くときにいちいち信号で止まっておられないでしょう。有事のときにどう行動できるかという法律の整備をやるのが有事法制です。極東有事のときの法整備はできているのに、日本は肝心かなめのわが国の有事のときの法整備がない。これは一体どういうことなのか。


日本にはテロ対策法はありません

山崎拓:  われわれは25年間、それを問題視して、何度も国会に出そうとしたんですができなかった。理由は国民世論です。
 さっき小泉内閣の支持率が落ちたので心配だといったのはそこのところです。小泉内閣は2日前まで非常に支持率が高かった。7割も支持がある状態なら、有事法制の法案を国会に出せると考えました。幹事長として「これは出せる」と思ったのです。
 ところが、ちょっと世論の動向が変わって、もうやめておけ、そんなこと許さんと国民の皆さんがおっしゃればできないことになります。政治情勢はなかなか微妙に動くものですから、懸念材料ですが、私はこれがないこと自体が異常なのでやらせてほしいなと考えています。
 そのほかに不審船の問題があります。不審船にはいろいろ目的があって、わが国の中にテロを持ち込もうという行動もあれば、わが国侵略の事前の行動もあるかもしれないし、あるいは麻薬の類を持ち込もうとする者もおるかもわからないし、あるいは密航もあるかもしれない。海洋国家日本は四方を海に取り囲まれていて、あらゆる不審船が日本の周りに存在していることは事実です。これをどうやって守るかと、第一義的には海上保安庁、言い換えれば海上警察の警察活動で守るわけですが、警察活動で守りきれないときに自衛隊の活用があってしかるべきじゃないかということです。  
山崎拓:  今回も不審船が発見されて、自衛隊が発見して、海上保安庁に通告しました、8時間後ですからね、非常に遅れて、経済水域の向こう側、中間線の向こう側の中国側まで逃げていくという事態が発生した。警察活動と防衛行動のチームワーク、連携プレーが非常に大事で、そのコンビネーションでマニュアルを作るだけではなくて、やはり法的にも役割分担を明確にしておくことも必要です。領域警備法を作るとすれば、それは有事法制とは別の法律になります。  
 それからテロ新法、テロ対策法が各国にはあります。ドイツにも、イギリスにも、フランスにもあります。しかし、日本にはテロ対策法はありません。今回のテロは国際的な広がりを持っていることがだんだんわかってきたわけで、いつ日本で起こるかもわかりません。われわれはいろいろなテロを経験していて、代表的なのはオウム真理教によるサリン事件ですね。それからペルーの大使館が襲われ、だいぶ長く閉じ込められた事件があったが、あれもテロですね。これは国際テロに日本が巻き込まれた例です。そういうふうにテロはいついかなる態様で起こってくるかわからないので、テロ対策をどうするかは別な法律として考えなくてはなりません。本来は治安問題としてとらえられてきました。サリン事件も治安対策としてやった。これはわが国に対する侵略とは考えておりません。しかし背後に外国があって、外国が何らかの意図を持ってわが国にテロ部隊を差し向けたときは、これは侵略の前段階というふうに考えられることもあろうと思います。その場合は自衛隊が治安出動という形で出動する。そして本格的な防衛出動をやるようなことも必要でしょう。その法体系も作らなくちゃならんということです。それはテロ対策の法律ということになる。  


平和と安全を空気や水と同じように無料(ただ)だと思っている

山崎拓:  この前、NHKの日曜討論で野党の方が「そんなこと起こらないのにそんな法律を作る必要はない」と、つまり日本は侵略されるなんて起こるはずがないと主張した。じゃあ自衛隊はいらない。侵略が起こるはずがなければいらないわけで、もちろん日米安保条約もいらないはずです。日本がもう完全に安全であれば、何もしなくてもいい。そうでしょう。自衛隊の予算は5兆円です。ほとんど動かしませんので、もうこの10年ぐらい5兆円できたと思いますが。そういう防衛予算をわれわれは使っていて、もし侵略がないとすればそんなものは無駄じゃありませんか。だからたちどころに廃止するべきであるということになる。それは共産党の方がおっしゃったんですが、「共産主義国家は重武装国家ばかりじゃないか」ということを私はそのとき言ったんです。共産主義国家は口には出さないが、侵略を警戒しているから重武装しているんだろうと思うんです。共産主義国家は侵略を受ける可能性があるが、自由主義国家は侵略を受けないと、そんなことはあり得ないわけです。アメリカは大自由主義国家ですが、今度ああいう形で侵略を受けた。  
 要するに体制の問題ではなく、「備えあれば憂いなし」で、自衛隊があるから、日米安保体制があるから日本は侵略を受けないというふうに私は考えている。侵略の態様は冷戦時代と今のような地域紛争多発の時代とはちょっと違う。しかもテロが頻発する時代になってきています。  
 いずれにしても日本の平和と安全と独立を守るのは政治の最大の任務です。アダム・スミスが「夜警国家」という言葉を使ったことがあります。ちょっと乱暴な解釈かもしれませんがアダム・スミスは完全な自由主義、市場主義者で、政府がやることは国を守るという夜警の役割だけだというのが「夜警国家」の考え方です。  
 今度イスラエルに行ってイスラエルの人から言われたんですが、「日本の国民は平和と安全を空気や水と同じように無料(ただ)だと思っている」と。前もイザヤ・ベンダサンという人がそういう本を書いたことがありますが、決して平和と安全はただではありません。われわれが政治の責任においてそれを担保するということです。ただ、国民はそのことに気づかないでいる、それでいいと思います。そんなこといちいち意識しなくても良いくらい平和で安全な国を、政治の責任においてつくっていくことが、われわれの安全保障政策の根底の思想であるということを申し上げて、時間オーバーしたと思いますがお話を終わります。 ―(拍手)―
司会:  安全保障政策について政治の中枢にいらっしゃる立場からのご意見をいただきました。この後、今のお話に関して1つ、2つ質問を受けたいと思います。
質問:  私、昨年まで陸上自衛隊に勤務しておりました。現在は大学院で危機管理を研究しています。
 2つお願いと、1つ質問があります。1つは有事法制の件ですが、有事法制を語るときに「有事法制をすれば軍国主義になるのではないか」という懸念が出ると思いますが、そうではなくて「有事法制を作ることによって文民統制や民主主義が守れるんだ」と、「法治国家体制が守れるんだ」という理念の部分をテレビなど、幹事長よくお出になりますので、そのところを語っていただきたいということです。そして自衛官が誇りを持って、後顧の憂いなく働ける環境をつくっていただきたいと思います。また2点目としては、今度PKOの本体業務が解除になりますが、私、施設科小隊長などをしておりましたが、地雷の処理は本当に危険な業務で、もしあれに自衛隊が参加するのであれば、いつ死人が出てもおかしくないものですから、どうか国家の中枢にいる責任ある立場として、海外に送るときはそれだけのご覚悟をもって自衛隊を使っていただきたいと思います。最後に質問ですが、先生はずっと安全保障ということをテーマにしておられますが、基本的なことで恐縮ですが、先生の目指す世界観といいますか、将来の東アジアあるいは太平洋地域のあるべき姿、このまま日米同盟あるいは個別の国の同盟関係を中心にしていくのか、ヨーロッパのNATOのような形を目指しておられるのか、そういった基本的な部分の世界観をお聞かせ願いたいと思います。
山崎拓:  最初の2つについてはよくわかりました。そのように心がけます。それから今の世界観の話ですが、1996年、平成8年に日米首脳会談があって、アジア太平洋地域の平和と安全に関して共同連帯してこれを守ろうという共同声明を出した。日本の役割は自らの国を守ることももちろん大事なことですが、同時にアジア太平洋地域の平和と安全にどういう形で貢献できるかということだと思います。アジアの一国として日本の役割は大きいと考えています。これはG8を見ても、アジアの代表、有色人種の代表は日本だけです。もちろん国連の安保常任理事会もあり、日本もいずれは常任理事国入りを果たしたいと思いますが、今のところはアジアの代表として世界の重役会議というか役員会とも言うべきG8に参加しています。G8は始まったときはエコノミックサミットで経済問題だったんですが、今は安全保障問題もすべてやるようになってまして、その一角に日本がいるということは、アジアの代表としているということですので、アジア太平洋地域の平和と安全に関して日本の役割があるのではないかと思います。
 中国に私はしばしば行きますが、中国の政治指導者と話したときに、日米安保体制についていろいろと批判があることがあります。「それじゃ日中安保条約を結びますか」と、「日本と中国と同盟関係になりますか」ということを言ってみますと、それには返事がありません。中国には日本と同盟関係を結ぶ意思はないと思います。お互いに力を合わせて日本が攻撃を受けたときは中国が守ると、中国が受けたときには日本が守ることですが、そんなことを中国は望んでいないことは明確です。中国は経済的にも今日本の経済を脅かしていますが、それは別に悪いことではなくて、中国が経済発展していくその過程において、非常にコストが安いのでどんどん日本の産業が中国に生産基地を求めて出て行くという現象があり、経済的には日本は中国の台頭におびえているところがあるんですが、それはそれとして、安全保障政策の面において今おっしゃったようにNATOのような組織がアジアにできるかというと、それはエピソードで申し上げたとおり、そう簡単にいくことではありません。非常に理想的ではあるが、現実的には難しい話で、われわれはASEANの諸国と緊密な関係を保ち、できうれば朝鮮半島の安定を得て、統一国家ができるのはいつの日かわかりませんが、朝鮮半島が一番われわれにとって危険な地域ですので、そことの関係をうまく保っていくにはどうしたらいいか。これはアジア太平洋地域の平和と安定に関して日本が責任ある対応、積極的な対応をする基本的な意思を持って、現状に即した、時代に即した手を打っていくことだと思います。当面はとにかくASEAN諸国と緊密な関係をとること。特に経済的な関係において緊密な関係をとることが必要ですし、PKO活動なんかは東ティモールの独立支援に積極的に参加して、国際貢献を軍事的にも果たしていくことが必要じゃないかと。必要なところは憲法を改正して、集団的自衛権の行使ができるようにすることが望ましいと思います。
質問:  政策についてではないんですが、一新塾には政治に志のある人も多いと思いますので、山崎さんが政治家を目指したきっかけといいますか、志とか思いがおありになったと思うんですね。そこでわれわれを勇気づける意味も含めて、その青雲の志といったところをちょっとお話聞かせていただきたいのと、それとそういう志が今こうやって先生のように自民党の中枢にまで重責を担われるようになったが、現在その志が遂げておられるかどうかということをお聞かせいただけたらと思います。よろしくお願いします。
山崎拓:  私が政治を直接的に志した動機ですが、私は福岡の修猷館という高等学校を出たんですが、その高等学校の先輩に政治家が非常に多いということもあったのではないかと思います。今回、外務大臣候補になった元UNHCR代表の緒方貞子さん、ご本人は犬養健のお孫さんですが、ご主人のお父上、つまり義理のお父さんは緒方竹虎という高名な政治家でした。この方は修猷館の大先輩で、私の最も尊敬する政治家のひとりです。政治家志望の非常に多い学校に育ったことが下地としてはあったように思います。
 しかし、私の家は炭鉱をやっておりまして、私はずっと実業家になろうと考えていました。ところが学生時代に実家の炭鉱がつぶれたので、私はやむなくブリヂストンタイヤでサラリーマンになった。その頃に、総理府がやった青年海外派遣事業にたまたま私の姉が応募したんです。姉は実は年齢制限で参加資格がない。そこでどういうわけか、私の名前に変えて提出したら行けることになった。私はサラリーマンですからそう簡単に休めないんですが、無理やり会社の了解を得て3カ月間海外に行くチャンスを得ました。昭和37年のことですが、その当時、海外に行ける人はほとんどおりません。特に若い人は、よほど幸運の持ち主でなければ留学なんてできなかったのです。しかも、2万円以上海外に持ち出せない為替制限があった。私は15人の青年派遣団の一員として船に乗って、ヨーロッパに行きました。途中、寄ったところが香港、仏領インドシナ、今のベトナム、それからシンガポール、インドのボンベイ、セイロン、今のスリランカですね。それからスエズ運河を通ってカイロに行って、マルセイユに上陸しました。マルセイユから2カ月ずっとヨーロッパ8カ国、15人の青年でまわった。
 その旅を通じて、当時のアジアの国々、ヨーロッパの国をつぶさに視察することができて、なぜアジアの国々が貧困にあえいでいるのか、ヨーロッパ諸国がはるかに日本より進んでいるのはなぜか、を考えました。ヨーロッパは社会保障と社会福祉の両面ではるかに当時進んでいたんですが、同じ世界大戦の経験をしながらその差はどこからくるかということをいろいろ考えた末に、これはやっぱり政治だと、政治の差によって国々の運命が左右されていると考えたのです。
 しょっちゅう戦争をやっている国はものすごく貧乏であるし、安全ではない。常に生命、財産が脅かされていますから豊かになれない。まず戦争をやらないことが大事です。それは政治の決断ですね。そういうことを考えた末に、日本がこれから発展するためには、政治が安定し、いい政策を展開することにかかっているというふうに考えた。それが政治家になろうと決心した理由の1つです。


裸一貫叩き上げの政治家です

山崎拓:  もう1つ、ひとりの人間の人生として、自分の適性を考えて、お医者さんになれる人、エンジニアになれる人、芸術家になる人、いろいろあると思うんですが、それぞれ才能が違いますからね。私は凡人で、とりたてて才能があるとは思えない。ただ、威張って言ってるんじゃありませんが、私はだいたいグループでキャプテンだったんですね。柔道部のキャプテンでしたし、クラスでも級長でしたし、勉強ができるわけじゃないのに、選挙で選ばれて級長になっていましたから、まとめ役に向いているのが適性ではないか。何の才能もないが、まとめる力があるというふうに自分なりに判断していました。
 私は裸一貫叩き上げの政治家です。今ほとんど二世、三世です。小泉純一郎も三世ですし、その他有名な政治家は全部二世、三世ですね。例外的に私は初代、身内にひとりの政治家もおりません。いまのところ後にも先にも私だけです。サラリーマンをやめて政治家になろうと思って最初の選挙を無所属非公認で挑戦し、落選しました。2回目の選挙で、やっぱり無所属非公認でしたが奇跡的に当選して、それから連続10回当選しています。
 たった一回の人生で、自分の才能を生かすにはどうしたらいいか、まとめる才能だと思ったのでその志を貫こうとやってきた。小泉さんのようなタイプとはちょっと違うんです。
 小泉さんは非常に個性的で「変人」といわれていますが、同時に彼は非常に孤独です。孤高の存在といいますか、友達をつくらないタイプですが、私はやたら友達をつくるタイプです。持ち味は違いますが、私はそれが政治に向いていると思ったのです。きょう皆さんと質疑応答をやって、こいつは凡人だと思われたと思うんですが、それでもここまで営々とやってきて、今、政権与党の幹事長を務めています。そろそろ限界だなと思っていますが、あと10年ぐらいがんばってもいいかな(笑)。10年後はたぶん日本の医学をもってしても私の生命を持ちこたえることはできないんじゃないかと思いますが、がんばってみようと思っています。
 私もサラリーマン時代、一新塾なんてこんな上等なもんじゃないですけど、勉強会をずっとやっていました。あらゆる分野の人を集めて、若い仲間ばっかりで、こんなにスケールの大きいものではなくて小さなかたまりでした。サラリーマン時代、私はタイヤを売っていたんですが、自分のやっている仕事じゃなくて、他のことに視野を広くして、あらゆる分野のことについて学ぼうという気持ちを持ってました。きょうはそういうことを思い出して、皆さんの志といいますか向学心というか研究心というか、それに感服しました。敬意を表します。
―(拍手)― ―(終了)―

(2002年2月1日 「大前研一の政策学校・一新塾」 講演録)