黒田玲子: |
教育問題もそうで、私はよく”防火と消火“と言うのですが、火がちょろちょろ燃えている時に、防火ばかり語っていられないわけで、やはり、そこは消火をしなくてはいけない。ただ、消火ばかりに力をいれていては、新しい火事が起こるのを防げない。防火と消火を併行してやる、そういう政治であり、科学技術政策でなければ、いけないかなと思っているんです。 |
山崎拓: |
その通りですね。 |
黒田玲子: |
本来やるべきなのは、キチンとした防火対策です。たとえば、燃えない材質の建物や家を建てるとなると、結構金も時間もかかる。それは科学技術で言うと、幹となるような研究・基礎をやることです。山崎幹事長とお話させていただく、またとない機会ですので、お願いを言わせていただきたいのですが、研究費については単年度決算をやめていただきたいんです。「複数年にわたるプロジェクトでも、予算は1年間で申請した通り、使い切らなくてはいけない」というのではすごく困るわけです。単年度決算は、私たちみたいな長いスパンで研究する者にとっては使いづらい。1円まで使わないといけないですからね。最後には、クリップや消しゴムを買って、収支を合わせるのですね、消費税も入れて(笑)。翌年度使用予定の試薬をあらかじめ買うこともあるんですが、大学の研究室は狭いから危ないこともあるし、試薬は古くなる。必要な時に買って、一番新鮮な試薬で実験したら、どんなに効率が良いか。
科学技術には、橋や道路をつくるのとは、また違ったファクターがあるんです。研究がうまく進むと、よけい薬品を使って研究をするわけです。論文投稿の費用とか別刷り代とかもよけい必要になるわけで、お金を節約したから、その研究は良い研究で、成功したということではないのですね。成功と失敗の判断も単純ではありません。学問とか学術の世界は、違うものさしで考えていただかないと。普通のものさしを与えられたら、伸びるものも伸びなくなるでしょう。
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山崎拓: |
今は、5ヶ年計画の中で、目先の1年のことだけではなくて、2年先、3年先、4年先、5年先のスケジュールを作ってあるんじゃないでしょうか? |
黒田玲子: |
ええ、それは作ってあります。思った通り進まないのが最先端の研究で、どんどん軌道修正し、新しい展開をしていくのですけれど。問題は、決算が単年度ということですね。 |
山崎拓: |
ああ、決算はね……。 |
黒田玲子: |
はい、それはものすごく難しい。もうひとつ、日本で絶対にやって欲しいと思うのは、装置を開発するということです。アメリカから完成した製品をポーンと買って持ってくることが多い。でもフロンティアでは、研究と装置作りを一緒にしないとオリジナルは生まれません。ところが、かつては日本の大学にいた、優れた技量を持ったテクニシャンは定員削減でいなくなり、全部アウトソーシングになったわけです。装置の開発からやろうなんていうことは、日本の大学ではなかなかできない。海外に行くと「こういうものが欲しいの」とか言うと、研究室にやってきて相談に乗ってくれ、すぐ作ってくれる。日本では、きちんと図面を書いて、どこか外に出さないといけないんです。 |
山崎拓: |
周辺の人材が少ないのですか? |
黒田玲子: |
そうですね。 |
山崎拓: |
研究用の装置は大量生産ができないものなんでしょうね。 |
黒田玲子: |
そうです。メーカーもいままでつくってきたものを少し安くして、たくさんの研究者に買ってもらえるようにすれば収益は上がるわけですね。人員を研究者ひとりにつけて新しい装置を苦労して開発するなんて余裕はなかなかないわけです。メーカーの中には「あなたが国からお金を貰ってきたら、作ってあげても良いですよ」みたいなところがあって、その辺が悪循環なのかなぁ。 |
山崎拓: |
難しい問題ですね。でも解決しなければ、日本に明るい将来はない。 |
黒田玲子: |
やっぱり、日本発の技術が出てこないのは、なぜなのかと考えてみる必要がありますね。先端分野の世界で、世界中が日本の方法、日本の特許、日本の装置を使わなきゃ、研究できないというのがひとつでもあれば良いのになと、すごく残念に思っています。 |
山崎拓: |
予算がなくても、会社がそれを損金に落とせるというなら、作ろうというかもしれませんね。最近、研究開発分野で会社が50%出せば、国も50%出すという振興調整費をつくってあるのですよ。 |
黒田玲子: |
あと、研究や教育での一律はやめて欲しいですね。イギリスですと、教官と学生数の比は、カテゴリーによって違うわけです。1対4とか1対5とかはエリートクラスですね。それから、科目によっても違うし。たとえば、たくさんの人に教えることができる科目もあります。だけど、トップの研究指導はフェイス・トゥー・フェイスじゃないと絶対にダメなんです。 |
山崎拓: |
そういうエリート教育は、不可欠だと思います。 |
黒田玲子: |
日本ではあまり人を誉めないですね。アメリカは誉める文化ですから、いろいろディベートしてなんだかんだ言い合いますけれど、決まったらみんなサポートする。そして誉めるのです。大人なんです。 |
山崎拓: |
確かに、日本は”恥の文化“で、同時に”悪口の文化“でもありますね。 |
黒田玲子: |
他人の悪口は止めて、良いところを誉める文化にしないと。 |
山崎拓: |
ほとんど、話題は悪口ですよね(笑)。 |
黒田玲子: |
1日、ひとつでも人のことを誉めたら……(笑)。 |
山崎拓: |
損するような気分になって(笑)。小泉総理の偉いところは、人の悪口を決して言わないところです。僕は30年来の付き合いですが、彼が悪口を言うのを聞いたことがない。最近まで気がつかなかったんだけど、総理になったから彼を誉めようと思いまして(笑)、何か良いところないかなと考えてみたら、ふと気がついたんです。彼は悪口を決して言わない。 |
黒田玲子: |
素晴らしいですね。日本の政治家としては、ちょっと異質なんですね。 |
山崎拓: |
田中真紀子さんに外務大臣を辞めさせる時も、悪口は言わなかったですね。 |