(2002年2月15日 山崎事務所にて)


いろんな分野の人が集まってディスカッションすると新しい芽が

山崎拓: 黒田さんの研究されている分子の世界は、すごく難しそうですね。
黒田玲子: 分子の世界の右と左の研究なんです。非常におもしろく重要なことです。私たちの体をつくっている遺伝子やタンパク質は右か左か、どちらか片一方の分子からできているんです。大腸菌でもナメクジでも、それこそチューリップでも人間でもみんな同じ方からできている。生物が同じ祖先から進化してきたっていう証拠のひとつなんですが、地球上で最初の生命が誕生した時に、どうして、今の型になったのかは、謎なんです。生命体は分子レベルで左右の一方に偏っているので、靴を左右履き間違えたときの様に、他の分子の左右と相互作用するときがでてきます。これらのメカニズムを調べています。
また、分子レベルばかりではなく、目で見える大きなもの、巻き貝にも、右巻きと左巻きがあるんですが、その巻き方がどうやって決まるか?遺伝子で決まっているらしくて、分子が原因である。そうすると分子の原因がどうして目で見える右と左につながるのか。どうやって、遺伝が関係してきているのか。その解明に、今少しずつ近づきつつあるんです。
山崎拓: 黒田さんの名刺の裏側には、巻き貝の絵がプリントされていますね。
黒田玲子: ええ、科学技術振興事業団のプロジェクトをやらせていただいてるんですが、そのロゴマークです。自分で作ったんですよ。右巻きと左巻きの貝があって、その中に右型と左型の鏡に映した形で分子が書いてあります。本当は生物には、一方の型の分子しかないので、これはデザインですが。どうやって分子から目で見える細胞の集合体としての生物ができてくるのか、左右の切り口で調べるわれわれの研究テーマを表しています。この研究は薬や農薬の開発にも重要です。
山崎拓: 興味深い研究ですね。黒田さんの話を聞くと、分子の神秘性に引き込まれますね。
黒田玲子: ありがとうございます。私の専門分野ですが、物理化学が出身なんですが、生物化学、生物物理とどんどん広げて、今、発生生物学もやっておりまして、「専門はいったい何ですか?」って訊かれたら、「生物物理化学」と3つをまとめて言うんです。私みたいなケースは、どうも日本では珍しいらしい。なぜ、それができたかというと、海外に長くいたからだと思います。海外にいて、いろんな研究室に自分で積極的に入っていって、分子生物学などを学ぶことが可能だったからなのかなと思っています。
山崎拓: 黒田さんは、総合科学技術会議の委員としても活躍されていますね。
黒田玲子: はい、総合科学技術会議にこき使われています(笑)。自画自賛じゃありませんけれど、ここのところ、縦割り行政の弊害が少し減ってきました。農林水産省、経済産業省、あるいは文部科学省が同じような研究にお金を出しているとういうことが一目瞭然になりました。そこで最近は、共同でプロジェクトを出していただいたり、整理が少しできて、たぶん、前よりはいくらか良くなったんじゃないかなと思っています。
山崎拓: 学問や研究の世界にも、縦割りは……。
黒田玲子: あります。だから、困るんです。違う分野の人が集まってひとつのことを研究すると、新しい分野が発展するんですね。たとえば、コンピュータや測定装置に詳しい人とDNAの化学がわかる人とが一緒になって、ヒトの30億塩基配列の解読が可能になったのです。
山崎拓: 総合的な研究が重要だということですね。
黒田玲子: 山崎さんは、DNAのチップの話って、たぶん、お聞きになったことあります?そのためにDNAを並べる時に、なんと、あのプリンタのインクジェットとか、お聞きになったことあります?
山崎拓: いや……(笑)。コンピュータを触っている時間がないものですから……。
黒田玲子: それは優雅な生活を……(笑)。
山崎拓: いやいや、からかわないでください(笑)。
黒田玲子: インクジェットとかバブルジェットといって、色を吹きつけてカラーの印刷をするプリンタがあるんです。そういうインクジェットの吹きつけのテクニックが、DNAのチップをつくるときに応用できる。ちょっと普通考えつかないところに、新しい技術を使うことができるんです。だから何か研究する場合、いろんな分野の人が集まってディスカッションすると新しい芽が出てくるんです。
山崎拓: 横断的な研究をやれば、夢が生まれる……。
黒田玲子: そうなんです。たとえば、ヒトのDNAの塩基配列(これはAGCTの4つの文字がどういう順番で並ぶのかということなんですが)が決まったからといって、それだけではやっぱり何もわからない。それがどんな情報でどんな働きをするのか、どういう時間のタイミングで、どういう量でたんぱく質として合成され、どんな作用をするのかは配列だけではわかりません。それを明らかにするには、やはり、いろんな分野の人が入って来なきゃいけない。
どうも、日本ではプロテオミックスといっても、個々のたんぱく質の構造解析ばっかりやっているようです。それはたぶん、幹じゃなくて枝です。個々のたんぱくの構造を決めて、どんな働きがあるかを決めて、それを薬の開発に使うということはとても重要ですが、どうしても、枝の先に進んで行くことになります。でも、新しいシステム・バイオロジーをつくることは、木の幹です。何とかして、日本に幹をつくって欲しい。枝ばっかりに目がいって、すぐお金が儲かるような安易な方向に行かないで欲しい。大きな枝が何本もできるような木の幹を育てないと、アメリカには負けてしまいます。



科学技術の発展で逆に「グレーゾーン」が大きくなる

山崎拓: 私は、幹事長になる前、自民党の科学技術創造立国調査会の会長を長く務めていたんですが、今のようなお話をみんなに聞かせてあげたいなと思ったんですけど。
黒田玲子: いやいや。そんな恐ろしい所では……。
山崎拓: その調査会が、科学技術予算獲得の応援団になってるわけです。
黒田玲子: そうですね、ありがとうございます、本当に。
山崎拓: 24兆円の新しい5ヵ年計画の金額もね、われわれのところで決めたんです。
黒田玲子: はい。本当にもう、ありがたく感謝しています。大切なのは、これをいかにうまく使うかだと思います。今、実験の現場にいて悔しいことがあります。一番悔しいのは、予算のかなりの部分が、結局はアメリカに行っているということです。アメリカで開発された装置を使わないと、実験が進まないんですよ。最先端の研究に予算がつくのですが、試薬を買うと、その試薬にはアメリカの特許がからんでいるんです。装置を買わなきゃいけないっていうと、その装置はアメリカの会社の製品なんです。だからフロンティアの研究をしていると、自然にアメリカを潤しているような気がするんですよね。ちょっと歯を食いしばって、日本製の基盤特許、日本で研究・開発されたものを使わないと、予算が24兆円あっても、アメリカが喜ぶことになっちゃう。その悪循環を、絶対どっかで立ち切らないといけないんです。
山崎拓: 回り回って結局、アメリカのための研究では、悲しいですね。
黒田玲子: 私がいつも基礎研究、基礎研究って言う理由のひとつには、そういう事もあるのです。応用でちょっとだけ出口が見えて、少し手を入れたら製品となるということばかりでは、将来、日本が先端を走れなくなってしまうと思ってるんです。
山崎拓: 先日、調査会が開かれたのですが、私は、理科教育の重要性に触れたんです。世論調査でも、理科の学力が落ちているという結果が出ていますよね。
黒田玲子: そうなんです。
山崎拓: そうしますと、ノーベル賞、どちらかと言えば基礎研究でしょうから、なかなか取れなくなると。21世紀の前半で30名のノーベル賞の受賞者、しかも自然分野の受賞者を出すという、これは、ちょっと価値がある目標かどうかわからないんですが。ただ、そういうことを言ってるくせに、理科教育がダメでは、どうにもいけないんじゃないかと。
黒田玲子: まったくおっしゃる通りです。アメリカのクリントン前大統領が、在任中、「今の経済的繁栄があるのは、60年代か70年代のアメリカの政府の投資の結果である」と演説しました。つまり30年か40年くらいかかったんですね。1年や5年、投資したから、すぐ結果は出るものでもない。でも今、本当に基盤的な研究をしておくと、後にすごく良い結果をもたらすと思うんですね。国のお金で研究しているのだから、これは将来何かに使えないか、社会の役に立てないか、特許をとれるかなっていう視点も持ちながら、基礎的な学術研究をしていくことが重要だと思いますね。あともうひとつ、私は、「科学的なものの考え方」と、いつも言ってるんです。これから社会が複雑になっていきますよね。科学技術が進歩すると、科学技術が白黒つけてくれるものと、皆さん思ってるんですけど、違うんですね。「グレーゾーン」を広げるのです。
山崎拓: 「グレーゾーン」ですか?
黒田玲子: 科学技術の発展で逆に「グレーゾーン」が大きくなると思います。たとえば”生と死“の定義ですね。昔は、脈が止まって「ご臨終です」で終わりだったんです。今は脳波だとか、脳波も一体どのくらいの感度で調べたら良いんだろうかとか、脳幹なのか大脳皮質なのか、すごく複雑ですよね。だから技術が進歩してくると、「グレーゾーン」が広がっていきます。それから、クローニングや生殖技術などいろんな技術が進んでいくと、一体「親」って何なのか、遺伝子の「親」なのか、それともその子宮を提供した「親」なのか、複雑になっていきます。  それから病気も、遺伝子診断が発達していきますね、そうすると「あなたは成人になったらこういう病気にかかりやすい体質ですよ」って言われてしまうかもしれない。そして、保険に入る時「私は病気じゃないよ」って言ったとしても、保険会社は「でも、あなたはその病気になり易い遺伝子を持ってるんだから、保険料を高く払ってください」ってことになるかもしれません。診断方法が発達していくと、病気と健康状態の間の「グレーゾーン」はどんどん増えていく。
山崎拓: 科学技術の進歩が、社会を一層複雑化させていくということですね。


これからは、個人の判断が求められる時代

黒田玲子: ええ。これからは、個人の判断が求められる時代です。「この病気で手術をする時は、うまくいく確率は何%で、失敗する確率は何%です。じゃあ、手術をしますか」と聞かれて、個人が決めることになります。
山崎拓: そうすると、国民はもっと科学的な知識を持たなくちゃいけなくなりますね。
黒田玲子: いつも「平均と確率を理解してください」と言っているんです。たとえば、平均が50であっても、55と45の平均の50と考えるか、95と5の平均の50と考えるかで、全然違いますよね。でも、皆さん平均しか頼らない。平均がここだから「良い」とか「悪い」とか言っている。それは、おかしいと思うんですね。どのように分布しているのかという考え方が大切。また、確率も大事なんです。たとえば、原子力関係の事故でも何でも、100%安全なんてことは、世の中にないわけですよ。だから「99・99%安全だから、しましょう」なのか、「50%しか安全性がないから、やめましょうね」なのか、どうしたら、そのパーセンテージを高くすることができるのかという考え方を、私たちみんな持っていなくちゃいけないと。
山崎拓: 黒田さんが指摘される考え方を持つためには、やはり教育が大事になりますね。
黒田玲子: そうなんです。教育がすごく重要です。自分で判断できるような賢い国民が増えないと、科学技術創造立国はうまくいかないのかなと、思います。
山崎拓: 政治は、そこまで科学化してませんね。政治に確率論はないんですよ。右にするか左にするかっていうのは、今でもあるんです。たとえば、「構造改革」か「景気改革」かという問題。構造改革をすれば、日本の景気は悪くなるのか良くなるのか、その確率はほとんど論ぜられません。パワーポリティクスで決まってるんですね。
確率論というのは、かなり大きな問題で、心臓の検査の時、カテーテルを勧めた先生がいましてね。「99%しか成功しません。1%失敗例があります。それでもやりますか?」と非常に良心的というか、進んだ先生がおりまして、「それじゃあ、1%死ぬ可能性があるんなら止める」と言ってやめたんですが、だいぶ、前のことです。最近、やりまして無事だったんですけど(笑)。
黒田玲子: だから、これはその人の人生観であり、そのときの身体の状態とか、いろいろな判断の要素もあります。それに、たぶんその何%っていう数字は、お医者さんによって違うはず。
山崎拓: お医者さんでこんなこと言う人はなかなかいないんですよ。新鋭のお医者さんでね、高校の後輩なんですが、そんなことを詳しく言うもんだからね、かえって恐怖心が大きくなって(笑)。
黒田玲子: でも、私だったら言われないと、もっと心配ですね。
山崎拓: ああ、そうですか。
黒田玲子: はい、きっと過去に失敗例があるのに、この人、隠してるわって(笑)。
山崎拓: 僕は、イチかバチかの政治の世界にいるからですかね……。
黒田玲子: なるほど、そうなのですね。そこが違いますね。
山崎拓: 確率で迫られると、すごくしびれますねぇ(笑)。
黒田玲子: NHKが、天気予報で「降水確率何%」と言い始めたら、当初「どっちか決めてくれ、傘持っていくかどうか。決められないじゃないか」と怒った人がいたそうですね(笑)。イチかバチか決めてもらいたいと思う国民がいるわけです。今は、やっと降水確率が感覚的にわかってきて、自分で判断するということが定着したと思うのです。
同じ手術でもお医者さんによって全然成功率が違うらしいんですね。このお医者さんは50%、こっちは80%成功すると。国民が賢くなると「そういう情報を公開せよ」ということになり、できるだけ成功率が高いお医者さんを選ぶ。その人の方が栄えるようになると、他のお医者さんも、一生懸命になって、事故が起きないようにするには、どうしたら良いかと勉強するようになる。
山崎拓: 公正競争につながるわけですね。大事なことですよ。
黒田玲子: そうですね。今だと医療は点数制になっていて、どの病院に行ったって同じだということになります。そうすると、私たちは、情報がわからないので、口コミで、「あの先生だったら、大丈夫じゃないですか」ということになりますね(笑)。たぶん、そういう世の中に少しずつ変わっていくのかなという気はします。
山崎拓: 政治は、本当は長い目で見ないといけないのですが、総理大臣が1年、2年の使い捨てでしょう。ですから短いスパンでしか、ものを考えようとしないのですよ。総理大臣の地位を目指している人たちで話し合ってやるわけですから、目先の効果を考えてしまうわけです。”科学技術創造立国“の政策も、ちょっとそういうところがありまして、今景気が悪いのは、いくつも理由があると思うのですが、ひとつは物が売れない。個人消費がGDPの60%を占めていますが、そこが伸びない。他にいろんな要素があるが、そのひとつとして買いたくなるようなものがない、新製品がない、ということなのです。
黒田玲子: 私自身も、今買いたいものは特にないですね。
山崎拓: 日本の経済は発展したけど、最初、3C(カー、クーラー、カラーTV)に代表された家電製品が爆発的に売れるとか、いろんな新製品が出てきてそれが消費を増やした。経済成長をもたらしたわけです。今は、それが全部乏しい時だと思うんですね。ですから目先に新しい製品がでてこないかなと、渇望しているわけです。国民が欲しがるような製品がでてこないかなと。
黒田玲子: 日本人はお金は持っているのですものね。
山崎拓: ええ、1400兆円も個人金融資産があるから、欲しいものがあれば、必ず買うわけです。先行きに不安があっても、年金が貰えるだろうかという問題などがあっても、隣の人が買った、その向こうの人も買った、という様になれば買うんですよ。たとえば、携帯電話がそれです。自分だけ持たないわけにはいかない。そういう新製品がどんどん出てこないかと、私たち政治家も期待しているし、たぶん、国民も期待している。それと、黒田さんがお話されたように、長いスパンでものを考えて、総合科学を充実させることも大事だと思います。両方ちゃんとやるという政治が必要ですね。



トップの研究指導は フェイス・トゥー・フェイス じゃないと絶対にダメ

黒田玲子: 教育問題もそうで、私はよく”防火と消火“と言うのですが、火がちょろちょろ燃えている時に、防火ばかり語っていられないわけで、やはり、そこは消火をしなくてはいけない。ただ、消火ばかりに力をいれていては、新しい火事が起こるのを防げない。防火と消火を併行してやる、そういう政治であり、科学技術政策でなければ、いけないかなと思っているんです。
山崎拓: その通りですね。
黒田玲子: 本来やるべきなのは、キチンとした防火対策です。たとえば、燃えない材質の建物や家を建てるとなると、結構金も時間もかかる。それは科学技術で言うと、幹となるような研究・基礎をやることです。山崎幹事長とお話させていただく、またとない機会ですので、お願いを言わせていただきたいのですが、研究費については単年度決算をやめていただきたいんです。「複数年にわたるプロジェクトでも、予算は1年間で申請した通り、使い切らなくてはいけない」というのではすごく困るわけです。単年度決算は、私たちみたいな長いスパンで研究する者にとっては使いづらい。1円まで使わないといけないですからね。最後には、クリップや消しゴムを買って、収支を合わせるのですね、消費税も入れて(笑)。翌年度使用予定の試薬をあらかじめ買うこともあるんですが、大学の研究室は狭いから危ないこともあるし、試薬は古くなる。必要な時に買って、一番新鮮な試薬で実験したら、どんなに効率が良いか。
科学技術には、橋や道路をつくるのとは、また違ったファクターがあるんです。研究がうまく進むと、よけい薬品を使って研究をするわけです。論文投稿の費用とか別刷り代とかもよけい必要になるわけで、お金を節約したから、その研究は良い研究で、成功したということではないのですね。成功と失敗の判断も単純ではありません。学問とか学術の世界は、違うものさしで考えていただかないと。普通のものさしを与えられたら、伸びるものも伸びなくなるでしょう。
山崎拓: 今は、5ヶ年計画の中で、目先の1年のことだけではなくて、2年先、3年先、4年先、5年先のスケジュールを作ってあるんじゃないでしょうか?
黒田玲子: ええ、それは作ってあります。思った通り進まないのが最先端の研究で、どんどん軌道修正し、新しい展開をしていくのですけれど。問題は、決算が単年度ということですね。
山崎拓: ああ、決算はね……。
黒田玲子: はい、それはものすごく難しい。もうひとつ、日本で絶対にやって欲しいと思うのは、装置を開発するということです。アメリカから完成した製品をポーンと買って持ってくることが多い。でもフロンティアでは、研究と装置作りを一緒にしないとオリジナルは生まれません。ところが、かつては日本の大学にいた、優れた技量を持ったテクニシャンは定員削減でいなくなり、全部アウトソーシングになったわけです。装置の開発からやろうなんていうことは、日本の大学ではなかなかできない。海外に行くと「こういうものが欲しいの」とか言うと、研究室にやってきて相談に乗ってくれ、すぐ作ってくれる。日本では、きちんと図面を書いて、どこか外に出さないといけないんです。
山崎拓: 周辺の人材が少ないのですか?
黒田玲子: そうですね。
山崎拓: 研究用の装置は大量生産ができないものなんでしょうね。
黒田玲子: そうです。メーカーもいままでつくってきたものを少し安くして、たくさんの研究者に買ってもらえるようにすれば収益は上がるわけですね。人員を研究者ひとりにつけて新しい装置を苦労して開発するなんて余裕はなかなかないわけです。メーカーの中には「あなたが国からお金を貰ってきたら、作ってあげても良いですよ」みたいなところがあって、その辺が悪循環なのかなぁ。
山崎拓: 難しい問題ですね。でも解決しなければ、日本に明るい将来はない。
黒田玲子: やっぱり、日本発の技術が出てこないのは、なぜなのかと考えてみる必要がありますね。先端分野の世界で、世界中が日本の方法、日本の特許、日本の装置を使わなきゃ、研究できないというのがひとつでもあれば良いのになと、すごく残念に思っています。
山崎拓: 予算がなくても、会社がそれを損金に落とせるというなら、作ろうというかもしれませんね。最近、研究開発分野で会社が50%出せば、国も50%出すという振興調整費をつくってあるのですよ。
黒田玲子: あと、研究や教育での一律はやめて欲しいですね。イギリスですと、教官と学生数の比は、カテゴリーによって違うわけです。1対4とか1対5とかはエリートクラスですね。それから、科目によっても違うし。たとえば、たくさんの人に教えることができる科目もあります。だけど、トップの研究指導はフェイス・トゥー・フェイスじゃないと絶対にダメなんです。
山崎拓: そういうエリート教育は、不可欠だと思います。
黒田玲子: 日本ではあまり人を誉めないですね。アメリカは誉める文化ですから、いろいろディベートしてなんだかんだ言い合いますけれど、決まったらみんなサポートする。そして誉めるのです。大人なんです。
山崎拓: 確かに、日本は”恥の文化“で、同時に”悪口の文化“でもありますね。
黒田玲子: 他人の悪口は止めて、良いところを誉める文化にしないと。
山崎拓: ほとんど、話題は悪口ですよね(笑)。
黒田玲子: 1日、ひとつでも人のことを誉めたら……(笑)。
山崎拓: 損するような気分になって(笑)。小泉総理の偉いところは、人の悪口を決して言わないところです。僕は30年来の付き合いですが、彼が悪口を言うのを聞いたことがない。最近まで気がつかなかったんだけど、総理になったから彼を誉めようと思いまして(笑)、何か良いところないかなと考えてみたら、ふと気がついたんです。彼は悪口を決して言わない。
黒田玲子: 素晴らしいですね。日本の政治家としては、ちょっと異質なんですね。
山崎拓: 田中真紀子さんに外務大臣を辞めさせる時も、悪口は言わなかったですね。



お金をつぎ込んでも、 良い装置を買っても、 最後の決めては やっぱり「人材」

山崎拓: 研究の時間はありますか?
黒田玲子: 毎日、午前1時、2時まで大学にいますからね。
山崎拓: 大変ですね。
黒田玲子: 自宅には、自転車で帰ります。終電なんて心配する必要がないですからね。
山崎拓: どれくらい離れたとこに、住んでいらっしゃるのですか?
黒田玲子: お陰様で、すごく近くに住んでいます。今にも潰れそうなボロ屋なんですけど。自転車で10分くらいです。歩いても良いんですけど、夜中の2時、3時に帰る時は怖いので自転車で帰宅します。
山崎拓: 日本の頭脳をそういった環境に置いといても、よろしいんでしょうか?(笑)
黒田玲子: 自分の家ではないのですから、大変ですよ。海外が長かったから定年後に恩給が付くか付かないかの瀬戸際だし、家なんて通勤の楽な所にはとても買えないし、たぶん、定年になったら、路頭に迷うんじゃないかと(笑)。今は総合科学技術会議議員も科学技術振興事業団の創造科学技術プロジェクト(ERATO)もやっていますので、忙しくて自分のことを考えられないんです。しかし、このERATOは良いプロジェクトで、人も雇うことができるようになったし、場所も借りられるのでやりたい研究がやっとできるようになったけど、あと2年ちょっとで終わるので、死活問題なんです。
山崎拓: 昔に比べると、今は、研究者も女性がすごく多いんじゃないんですか?
黒田玲子: 嬉しいことに、ずいぶん多くなってきましたね。私が、東大の自然科学系で初めての女性教授だと言われて「うそでしょ」と言い張っていたんですけど、でも、今は何人か出てきました。助教授にも女性がかなりいますし、海外にもどんどん出て行って活躍しています。そして、日本に戻ってきてくれるんで、その意味では、ちょっと明るいですね。
山崎拓: 「戻って来たい」と言われるような日本にしていかないといけないですね。政治の責任ですね。
黒田玲子: そうですね。私なんか「間違って帰ってきた」(笑)。向こうにパーマネント・ポジションがありましたし……。何で帰ってきちゃったんだろうと思わないこともないですが……。おめでたい人間なのであまり後悔しない。どっちがよかったか、くよくよ考えないですね。
山崎拓: どんどん前に進んでいただきたいですね。
黒田玲子: つんのめって、倒れちゃうかも知れませんけど(笑)。
山崎拓: 僕は科学技術創造立国の実現に向けた活動をずっとやってきましたので、ほんとに日本のためになることであればお金の面とか制度の面とかで、応援させていただきますよ。
黒田玲子: せっかくの国民のお金を使わせていただくのですから、良く使われるように、良い成果を生むように、制度とか運営の仕方とか、そういう面をぜひご支援ください。そして、結局は「人材」なんですよ。お金をつぎ込んでも、良い装置を買っても、最後の決め手はやっぱり「人材」です。
山崎拓: それは、そうですね。どこの世界でも共通ですね。
黒田玲子: 「人材」を育てるにはすごく時間がかかります。それと、トップの研究は、心のゆとりや時間のゆとりが持てない厳しい競争の世界ですが、やはり、ゆとりの時間をつくって、心を活性化する状況にもっていかなければと思っています。
山崎拓: ますます高いレベルの研究を進めてください。有意義なお話をありがとうございました。
黒田玲子: こちらこそ、ありがとうございました。

(2002年2月15日 山崎事務所にて)