永住外国人参政権に反対する あとがきにかえて

永住外国人の参政権問題は、依然として国会で決着がついていない。私は反対の立場を貫き、地方選挙権付与の法案を廃案に追い込みたいと考えている。  理由は憲法問題だ。この法案は、主権の侵害につながりかねない。  「永住外国人選挙権付与法案」は一九九九年、自民、自由、公明の三党連立政権がスタートした時点で、国会に共同提出することで三党が合意した。当時、自民党内ではほとんど議論されず、公明党の強い要望を自民、自由両党がのんだという経緯があった。  その後、自民党内に反対論や慎重論が台頭し、公明、自由両党の共同提案になった。現在は、与党の公明、保守両党が提出した法案のほかに、野党の民主、共産両党がそれぞれ独自に提出した法案も加わり、国会には三本の永住外国人選挙権付与法案が出ている。

これらの法案をめぐる迷走は、与野党を問わず、憲法や国家という枠組みに対する基本的な視点を欠いているのが原因だ。  民主主義の理念は、国民による統治を求めている。君主による統治を排し、外国人による統治も排している。国家の領土と国民の範囲は、明確でなければならない。  憲法はもともと国家と国民の関係を律するものであり、国民主権に基づき、憲法第十五条には「選挙権は国民固有の権利」と規定されている。  一九九五年二月の最高裁判決などが示すように、この「国民」が日本国籍を有する者であることも議論の余地がない。確かに憲法第九十三条第二項には、「住民」の選挙権も記してあるが、この場合の住民が「国民たる住民」を指すことは疑いを入れない。  国家とは、政治上の運命共同体である。選挙権は「領土」や「国民」とともに、その国家の三要件を構成する「統治」に参加する権利である。自国の存立や運命に責任を持たない外国人に選挙権を与えることには、しょせん無理がある。たとえ地方に限定しても、外国人に選挙権を認めるべきではない。  むしろ、選挙権を行使したい外国人の方には、ぜひ日本国籍を取得していただき、日本国民として政治参加してほしいと思う。

今の国籍法は、国籍取得の要件が厳しく、手続きも煩雑だと言われる。要件を緩和し、国籍取得を容易にすれば、解決するのではないか。  都道府県の地方議会などで永住外国人への選挙権付与を求める決議が相次いでいる。これは逆に言えば、永住外国人の政治的影響力が強いことを意味している。仮に、日本に敵対する国の国籍を持つ永住外国人に選挙権を付与すれば、その人々の自治体への影響力によっては、結果的に国家統治の問題に発展するおそれがある。  地方自治体は日本の統治構造のなかで重要な役割を果たしている。地方分権が進み、地方の意志が国家の方向を左右するケースも増えてくる。

安全保障など国の基本政策と絡む問題も少なくない。  私は、衆議院の日米防衛協力の指針(ガイドライン)に関する特別委員長を務めたが、この委員会審議を経て成立した周辺事態法には、日本の平和と安全に重大な影響を及ぼす周辺事態が生じた場合の地方自治体の協力規定が含まれている。  万が一、朝鮮半島で軍事衝突が発生したら、米軍が出動することになる。日本はこの米軍に対し、後方地域支援を行う。その際、米軍機や米軍艦が日本の空港や港湾を使用するに当たっては、その空港や港湾の管理権を持っている地方自治体の同意を取り付けることが前提となっている。  もし、その同意に地方議会が反対したらどうなるか。  結果、緊急事態に対処できず、日本の平和と安全に重大な支障をきたしかねない。  こうした国家の存立にかかわる事態で、日本国籍を持たない外国人が影響力を発揮するとなると、日本とその外国人の母国と利害関係が一致すればいいが、そうでない場合は混乱を招く。朝鮮半島出身者には、韓国系の人も北朝鮮系の人もいる。仮に朝鮮半島でその両国が衝突するようなことがあれば、少なくともその一方は日本と利害が一致しないはずだ。

アイデンティティ(帰属意識)の問題もある。  韓国側からこの地方選挙権の付与に期待感が示されると、日本国内の運動が盛り上がるという現実にも、この問題の本質が現れている。在日韓国人の方々が、選挙権を求めている日本にアイデンティティを持っているとしても、もっと強く母国にアイデンティティを覚えている証左ではないか。  自民党内の一部には、朝鮮半島出身者とその子孫など特別永住者に限定して選挙権を与えてはどうかという意見もある。しかし、それでは選挙権の付与自体が戦後補償の性格を帯びることになり、本質から離れた極めて情緒的で安易な解決法としか思えない。  国際社会もボーダーレスの時代に入っているとして、国際化からの付与論も少なくない。しかし、その旗手ともいうべき米国では、すべての政治上のシステムが常に国益を基軸に構築されている。米国では、たとえ永住権を持っていたり、兵役の義務を果たしたりしても、米国籍のない人には決して選挙権を認めてはいない。  今後、日本も多民族国家への変貌は避けられない。それはいつまでも血統主義ではいられないことを意味する。国家とその構成メンバーである国民との関係で、国籍が重きをなすようになるのは当然の流れだ。これからは国民自らが、国家の輪郭を描き、国家意識、国民意識を明確に持たないと、社会そのものが成り立たない時代がくる。  永住外国人参政権問題は、まさに憲法観を問い、国家の根幹を問うている。もっと国家という存在や国益を重視し、国民主権の意味を真剣に考えようではないか。

最後に、何年にもわたって議論に参加してくれている近未来政治研究会の同志たちに心からの感謝を述べておきたい。関谷勝嗣、保岡興治、亀井善之、自見庄三郎、甘利 明、大野功統、武部 勤、木村義雄、遠藤武彦、渡海紀三朗、佐藤剛男、岸本光造、田野瀬良太郎、稲葉大和、原田義昭、林 幹雄、森田健作、渡部具能、田中和徳、奥谷 通、金子恭之、国井正幸、畑 恵、山内俊夫、深谷隆司、船田 元、小杉 隆、井奥貞雄、倉成正和、木村 勉の各位である。また、粟屋敏信、平沢勝栄、加納時男、宇田川芳雄氏をはじめ多くの方々から貴重なアドバイスをいただいた。  多忙をきわめる政務のすき間を縫い、互いの意見の隔たりを埋めようと、何回も何回も、幾日も幾日も、早朝から深夜まで、まさに寝食を忘れて議論を尽くしてきた。一部の議論はそれでもついに収斂せず、私は独断で結論を出し、世に問うことにした。。  ここにある憲法論は、各位との議論が私のなかで結晶したものだ。多分ダイヤの原石であろうと私は信じている。カットし、磨き上げる仕事が私を待っている。  

二〇〇一年、新世紀初めの憲法記念日に 山 崎  拓