【第二部】 自らの手で守る日本

一、新しい世紀にふさわしい防衛論議

【現行憲法・第二章 戦争放棄】
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。 成熟しつつある防衛論  私のホームページ「eー憲法」には、一日数十本の「書き込み」が行われ、実に多様な意見が寄せられた。「私は基本的に憲法改正に反対です」と宣言して論戦に加わる方もあれば、「国民の生命と財産を守る意志と能力を有するのは、国家として最低限のこと」と憲法改正を求める声もある。  私の立場を説明した上で自由な議論を求めているので、なかには個人攻撃に近い意見も登場する。  「日本国憲法第九条の理念に反し、軍備拡大を続けてきた責任は名だたる防衛族議員の山崎さんに多くあるでしょう。自ら軍拡を進め、あげくのはてに自衛隊の実態が憲法に即しないことを理由に改憲を主張するなどデタラメです」という指摘には、私に対する紋切り型(ステレオ・タイプ)の誤解があるようだ。  私はこれまでも繰り返し述べてきたように、平和主義を正直に貫き、軍事力を明確にシビリアン・コントロールの下に置け、と主張してきた。既成事実を積み上げて、なし崩し的に改憲を計る政治家、といったイメージが一般に流布されているとしたら、誠に心外である。  お寄せいただいた数ある意見のなかで、次の指摘に共感を覚えた。類型的で一面的な防衛論議を乗り越え、成熟した理知的な認識が語られる時代になったと実感した意見である。  「大切なのは、安全保障政策を実効性のあるものとすることであり、また、現実に存在する巨大な戦闘力である自衛隊の位置付けを、最高法規である憲法上でも明確にし、有効な規制を課すことです。仮に、現状のまま有事が起きたとすると、せっかく巨額の血税を注ぎ込んでいる自衛隊が全く機能しないか、あるいは、無制御状態の自衛隊が安全保障の名の下に、国民の諸権利を勝手次第に蹂躙するか、のいずれかになってしまう可能性を排除できない」。  私が新しい憲法の必要性を訴える理由の一つは、有事法制整備の問題も含めて、まさにこの点への懸念からである。 「一国平和主義」からの脱却を  憲法第九条を読んで、自衛権の存在を読みとれる人は少ない。憲法は義務教育を終えた人が読んで頭のなかにスーっと入ってくるような内容にしなければならない。また、日本の新しい「国のかたち」を世界にアピールするためには、日本人にわかるだけでなく、世界の人々が英語で読んで、日本人が理解するのと同じ理解を持つことができる内容にする必要があるだろう。  最近、ある米国の政府高官が、私に対して「日本の政治は大きな変革期に来ている。それは明治維新以来の変革期であり、二〇年くらい続くと思うが、日本と世界の将来を見据えて、変革に取り組んでもらいたい」とアドバイスしてくれた。  確かに、日本の政治は変革期にある。世紀が変わることで、国民は古い世紀になかったことを新しい世紀に求める意識が働くということだ。その高官は「新世紀には新しいやり方が必要だ」と力説した。まさに、私がかねがね主張してきたことに符合する言葉だった。  私たち日本人の時代認識に問題はないのだろうか。日本だけが一人いつまでも一国平和主義の「ぬるま湯」に浸かって、安逸に夢を追いかけているのではないか。  私は二年前、一〇年後の日本を想定し、政策提言「二〇一〇年・日本実現」を上梓した。まさにこれから一〇年、思い切って構造改革を断行し、さらに、憲法改正を実現することこそ、政治家としての責務と使命だ。これが実現できなければ、それこそ国際社会から単なる「エコノミック・アニマル国家」として、揶揄され続けるだろう。

二、なぜ自衛隊が生まれたか

占領下では無用だった軍備規定  
戦後、日本の安全保障政策の議論は、憲法第九条の解釈論から出発した。  議論は「日本の安全のために必要なことは何か」ではなく、「憲法上、日本ができることは何か」であった。国会でも、「何をすべきか」という政策論は、「何ができるか」という解釈論に取って代わられ、不毛の議論が繰り返されてきた。  私は、議論の順序として、まず、日本の安全保障のあるべき姿を示したい。そのうえで、現行憲法のどこに問題があるか、さらにどのように規定すべきか、を論じようと思う。  最初に、現行憲法が制定された当時の国際情勢と、今日の日本が置かれている国際的地位や役割を比べるところから説き起こしてみたい。  現行憲法が検討された一九四六年(昭和二一年)当時、戦争に敗れた日本は、ポツダム宣言の降伏条件に従い、一切の軍備を放棄した状態にあった。帝国陸軍、海軍は、完全に武装解除され、物理的に消滅していた。  新しい憲法に安全保障規定をどのように盛り込むかを考えた人々は、現実に軍隊がどこにも存在しない状況を前にして、当面の安全保障を、米軍ないし連合国に依存しようとしたのではないか。自前の武力を失い、占領下にあるなかで、他国の庇護や世界平和の理想にすがって生きるという方針にたどり着くのは、当時としては夢物語でも何でもなく、きわめて現実的な選択肢であったに違いない。  ここでいう連合国とは、第二次世界大戦の戦勝国「United Nations」である。この「United Nations」は、そのまま「国際連合」となった。まだ原爆投下前の一九四五年(昭和二〇年)六月に調印された国連憲章では、戦争を原則禁止とするとともに、平和の破壊者に対する国連の軍事力の行使を正当化し、制度化した。つまり、現行憲法を作成した人々の念頭にあったのは、現実に存在する圧倒的な戦勝国の軍事力を背景とした国際連合による新国際秩序だった。  日本がまだ、国際的に独立国としての法的地位を獲得していない状態では、日本軍を復活させるという選択肢はあり得なかった。つまり、自らの手で独立を保持する決意を示したいと思ったとしても、それが許される状況にはなかった。  日本国憲法は、その点で国連憲章と見事に足並みがそろっている。  前文にあるように、「日本国民は、…平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」、そして、「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」ことにしたのであって、その意味するところは明瞭である。自らの実力で国家主権と独立を保持する、ということを放棄すると宣言したようなものであり、当時の現実そのままだった。  ケーディス大佐に示されたマッカーサー・ノートのうち、戦争放棄の部分は、「国家の主権的権利としての戦争を廃棄する。日本は、紛争解決のための手段としての戦争、及び自己の安全を保持するための手段としてのそれをも放棄する。日本はその防衛と保護を、いまや世界を動かしつつある崇高な理想にゆだねる。いかなる日本陸海空軍も決して許されないし、いかなる交戦者の権利も日本軍には決して与えられない」となっている。  これが憲法第九条の起源であり、マッカーサー連合国最高司令官が日本の軍事力の完全無力化を図ろうとしたことは疑う余地がない。  当時の吉田茂首相が一九四六年六月の憲法議会で、「(自衛権は否定されていないが)第九条第二項において一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争もまた交戦権も放棄したものであります」と答弁したのも、占領下の当時としては、特に違和感のないものだったに違いない。

国際情勢の変化 ・・・・・・・・・ 東西冷戦
文字通りの解釈が揺らぎ始めたきっかけは、朝鮮戦争(一九五〇年)だった。ここで、憲法制定当時の国際情勢が大きく変化したのである。  米ソ対立は、既に第二次大戦直後から深刻なものとなっており、米国の対ソ封じ込め政策、一九四八年のベルリン封鎖を経て、四九年には東西ドイツとNATO(北大西洋条約機構)が成立している。  この時代、国連憲章が本来想定した平和の破壊者に対する軍事措置は、機能すべくもなかった。なぜなら、正規の国連軍が成立するためには、五大国の参謀総長からなる軍事参謀委員会、各国から兵力を提供させる特別協定、兵力使用計画の策定などが必要であり、厳しい東西対立のなかで、その実現は、到底不可能であったからである。  そのようななかで起こった朝鮮戦争によって、日本の安全保障政策は正面から再検討を余儀なくされた。一九五〇年六月、朝鮮戦争勃発直前の訪日時に、米国のダレス特使は日本に再軍備を要求した。  日本と同様、敗戦国であった西ドイツは、自国の平和を脅かすソ連という敵を目前にして、一九五二年に国防軍の創設を表明し、五四年、主権の回復とともに、憲法を改正して、NATOに加盟した。  日本は、一九五〇年七月のマッカーサー書簡を契機として、八月にポツダム政令により警察予備隊を設置した。そして、独立後の一九五二年一〇月、警察予備隊は、保安庁所轄の保安隊及び警備隊となる。ただ、ドイツと違って、日本の主権回復を果たしたサンフランシスコ平和条約の調印、つまり一九五一年九月までに、日本の再軍備問題の決着を見ることはできなかった。占領状態を脱し、国家として独立することになったこのときが、国防の在り方について国民的議論を巻き起こす絶好の機会であったはずだ。  しかし、当時声高に聞こえてきたのは、親ソ勢力の単独講和反対であり、日米安保反対であった。当時の吉田首相にも講和条約前に再軍備を果たす意図はなく、まして憲法改正を政治日程に乗せるつもりもなかった。  この時、課題を先送りしたことが、今日まで憲法改正議論を深めるきっかけがつかめない、大きな要因になっているように思われる。

憲法解釈の変遷
自衛権まで否定するのは行き過ぎだという認識が、憲法起草のときから既にGHQ内部にもあったことは、今日ではよく知られている。  マッカーサー・ノートを条文化した民生局次長のケーディス大佐は、「自己の安全を保持するための手段としてのそれ(戦争)をも放棄する」とあった部分を削除し、その理由について、「現実はとてもついてこない」と、後日説明している。  また、朝鮮半島の雲行きが怪しくなった一九五〇年初頭に、マッカーサー連合国最高司令官は「相手方からしかけた攻撃に対する自己防衛の犯しがたい権利を全然否定したものとは、絶対解釈できない」と述べている。  警察予備隊は治安維持を目的としていたが、保安隊および警備隊は「わが国の平和と秩序を維持し、人命および財産を保護するため、特別の必要がある場合に行動する部隊」であった。政府は、保安隊などの任務の変化が憲法に違反していないことを説明するため「憲法が禁止している戦力は近代戦争の遂行に役立つ程度の装備と編成を備えるものをいい、保安隊はその目的、装備、編成からみて、これに当たらない」という見解を明らかにした。  一九五四年、防衛庁が設置され、「わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、わが国を防衛することを主たる任務と」する自衛隊が発足した。ここにいたって、「戦力なき軍隊」という強弁は限界に達した。  結局、鳩山内閣の見解以来、政府は「第九条第一項は自衛権を否定しておらず、憲法は必要最小限度の自衛力を持つことを禁じていない」との解釈をとっている。政府は見解を変更したとは明言していないが、事実上、変更したと考えていいだろう。  第九条に関する憲法解釈の第一の論点は、自衛隊が合憲かどうかである。  既に述べたように、憲法制定当時、日本は占領下にあり現実には戦力を保持していなかった。  今日、自衛隊は「近代戦争遂行能力」を備えていないとは言えず、その意味では立派な戦力である。現在の政府見解では、自衛のための必要最小限度の実力を超えるものが、第二項で禁止された「戦力」であるという解釈である。政府は核兵器の保有も必ずしも違憲ではないとの見解であり、「必要最小限度」の実力と言っても、その限界は明確ではない。  さらに、吉田首相は一九五二年の国会で、「たとえ自衛のためでも戦力を持つことはいわゆる再軍備でありまして、この場合には憲法の改正を要するということを私はここに改めて断言します」と答弁している。  結局、自衛隊を第九条第二項に違反しないとする読み方は、制定当時のストレートな読み方と比較すると、かなり無理があるように見える。

「芦田修正」の再評価  
ここで、いわゆる「芦田修正」に目を向けてみたい。  「芦田修正」とは、憲法制定議会における当時の芦田均憲法問題特別委員長(後の首相)が、第二項の冒頭に「前項の目的を達するため」という語句を挿入したことを指す。これにより、自衛のための戦力の保持は禁止されていないという解釈が成り立つ。京都大学の佐々木惣一名誉教授も同様の主張を展開している。  芦田元首相は後日、内閣の憲法調査会で「原案では無条件に戦力を保有しないとあったものが、一定の条件のもとに武力を持たないということになります」と述べている。しかし、当時はそれほど整理されたものではなかったようだ。  内閣法制局長官であった入江俊郎氏の論集「憲法成立の経緯と憲法上の諸問題」によれば、「もしこのときの芦田委員長の提案通りにしたならば、次のような条文になる。『日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、陸海空軍その他の戦力はこれを保持せず、国の交戦権はこれを否認することを宣言する』、『前項の目的を達するため、国権の発動たる戦争と武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する』。これならむしろ二月一三日の交付案とほとんど同じことになり、後日生じた、自衛戦争のためなら戦力をもてるという議論は生ずる余地がなく、…」とされている。  このように、審議の過程を調べてみると、この「芦田修正」は、必ずしも当時の芦田委員長が深謀遠慮で挿入したとは言えないようだ。今となっては当初の意図がどうだったかは知る由もないが、政府は戦後一貫して、芦田修正に解釈上の特別の意味を与えてこなかった。  しかし、この「芦田修正」を機に、ソ連などの強い意向で、極東委員会とGHQがいわゆる文民条項の挿入を強く求めてきたことは事実である。  一九四六年(昭和二一年)八月二四日に衆議院で芦田修正を含む修正案が可決されたのを受け、九月二〇日の極東委員会第三委員会は、自衛の目的で軍隊を保持できると解釈できるようになったと考え、文民条項の挿入を要請してきた。九月二二日のマッカーサー連合国最高司令官宛て電報に基づき、二四日、ホイットニー民生局長が吉田首相に伝達した。日本側は困惑するも、挿入やむなしと判断し、二六日の貴族院質疑において応諾、貴族院で要請のとおり修正された。その結果、現行憲法第六十六条第二項は「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」となった。  戦争を放棄し、陸海空軍を保持しない、といいながら、大臣はシビリアン(文民)に限るというのは、論理的に意味のない規定だ、と日本側は考えていた。そもそも「文民」という新たな訳語を発案せざるを得なかったこと自体、この条文挿入のいきさつを物語っている。  私は「芦田修正」を、もっと重視すべきだと考えている。  芦田修正が文民条項を生み出した史実から考えても、憲法の解釈として、第二項は「前項の目的を達するため」戦力を保持しないのであって、自衛のための戦力は保持できると読むのが自然ではないだろうか。  いずれにせよ、衆議院、貴族院の最終的な修正案は現行第九条のとおりとなった。  憲法学界では、侵略戦争はもちろん、第九条第二項により、戦力と交戦権が否定された結果、自衛戦争、制裁戦争共に認められないとするのが多数説である。また、自衛隊違憲論が多数を占めているが、自衛権を認める学説のなかには、憲法解釈上、戦力を否定している限り、可能なのは民衆蜂起までとしているものがある。いずれにしても、非現実的と言わざるを得ない。

三、自衛のための軍事力は必要

自衛権は国家の自然権  
自衛隊の存在を憲法違反とするのは、国民多数の憲法感覚とは、大きなずれがある。戦後一貫して反自衛隊運動を進めてきた社会党も、違憲合法論などの曲折を経て、ついに村山内閣で正面から合憲を打ち出した。  これはとりもなおさず、自衛隊が合憲的存在であることについて、既に国民的合意ができていることを示している。占領状態を脱し、独立国としての法的地位を得た時点において、日本が自らの安全のために、実力部隊を保持することは、国家の自然権としてあまりにも当然のことである。このことは一九五七年(昭和三二年)五月に閣議決定された「国防の基本方針」のなかに、「国力国情に応じ自衛のため必要な限度において、効率的な防衛力を漸進的に整備する」と明確に示された。  では、自衛のための実力部隊を持つという政策が、憲法改正でなく、憲法の解釈でいかようにも実施できるなら、それでよしとすべきだろうか。これは、憲法の意味をどう考えるかの問題に帰着する。  憲法こそ日本に「法の支配」を確立するため不可欠の最高規範である。だが、これまで憲法第九条の解釈があまりにも恣意的に行なわれてきているように見えるため、憲法だけでなく法体系全体の信頼性が揺らいでいる印象を、国民に植え付けてしまった。わかりにくい解釈を弄して、国民に不信感を与える結果を招いた政治家や法律家の責任は重いとも言える。  日本国憲法は、条文を素直に読む限り、これが自衛隊の設置を予定するとは到底読めない。だが、自衛隊の存在と必要性は、今日広く認められ、政治的にもこれを即刻廃止すべしという議論はほとんど聞かれなくなった。  憲法は国家の基本法だからこそ、法律的素養の有無を問わず、誰もが一応目を通すだけでその本旨を正しく理解できる程度に、平明であるべきだ。「法」に対する国民の信頼を確立するためにも、法と現実との整合性を高めなければならない。  かつて社会党が主張した非武装中立政策は、東西冷戦時代を通じて幻想に過ぎなかったことは、既に証明済みと言っていい。日本は安全保障政策として、実力部隊を持つべきである。もし、憲法がそれを許さないというのであれば、逆に憲法を改正し、自衛のための実力部隊を「持てる」とすべきなのである。

国民の意志としての戦争放棄を
現行憲法は、「国の交戦権はこれを認めない」としている。  交戦権について政府は、「従来戦争当事国が戦争遂行に必要な行為として認められてきた交戦国として有する国際法上の権利の総称であって、相手国兵力の破壊、占領行政、中立国船舶の臨検、敵性船舶の拿捕等を含むもの」と解している。それを否定することは、日本が絡むいかなる武力衝突も、国際法のルールに沿った法的評価ができないことになる。  しかも、現行憲法はこの国際法上の権利を「認めない(英文では will not be recognized)」としている。いったい誰が(by ?)認めないのだろうか。日本国民が主語であれば、「権利を放棄する」と言うべきだ。いまさら押しつけ憲法論でもないが、こんなところに、原文を書いた人の本音があらわれている。  国防は本質的に国家対国家、国際レベルの問題である。自衛官や自衛隊がいかなる事態において、いかなる役割を果たすのかを冷静に考えれば、それにふさわしい法的地位を与えるべきだ。防衛のための戦力を持ち、シビリアン・コントロールを確立したうえで、新しい憲法には、「侵略や制裁のための戦争を放棄する」と、国民の意志を表明すべきである。

四、集団的自衛権

同盟なき安全保障はない
これまで、自衛権の行使は、主として個別的自衛権を念頭において議論されてきた。  しかし、湾岸戦争、朝鮮半島情勢はじめ、日米安保共同宣言に基づく日米防衛協力の指針、いわゆる「ガイドライン」の改定など、日本の国防政策上の関心は、最近、個別的自衛権から集団的自衛権のほうに大きく移っている。  科学技術のすさまじいばかりの発達によって、現代の武力は想像を絶する破壊力を持つようになった。核兵器の残虐さは、私たち日本人の心に深く刻みつけられている。こうした武器、武力が現実として存在する状態では、それぞれ単一の国家による防衛は、技術的な側面から考えても困難と言わざるを得ない。  集団的自衛権は、国連憲章第五十一条に明示的に定められた国家固有の権利である。そこには、「この憲章のいかなる規定も、…個別的または集団的自衛の固有の権利を害するものではない」とされている。「集団的自衛」の文言は、サンフランシスコ会議において、地域的共同防衛体制をめざす中南米諸国の要求を背景に挿入されたもののようだ。今日では自衛権発動の一態様として、広く定着している。  個別的自衛権が、外国の侵害に対して、自国を防衛するための権利であるのに対して、集団的自衛権は、政府によれば、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」とされている。  「自国が直接攻撃されていないにもかかわらず」とあえて言わなくてもいいのではないか、という考え方もあるが、わかりやすく言えば、「同盟関係によって国の安全を守る権利」が集団的自衛権であるということだ。  この権利を援用しているNATOでいうと、たとえば英国に対する武力攻撃をドイツに対する武力攻撃とみなし、ドイツは自国の実体的権利が侵されたとして、英国を守るために、攻撃国に対して実力行使する権利があるとする。  サンフランシスコ平和条約の第五条では「連合国としては、日本国が主権国として国際連合憲章第五一条に掲げる集団的または個別的自衛の固有の権利を有すること…を承認する」としており、国際的に固有の権利として、集団的自衛も含めた自衛権が認められていることには、疑う余地がない。  つまり、集団的自衛権を行使するからといって、外国から文句を言われる筋合いは、一切ないということだ。  ところが、日本政府の解釈は、「集団的自衛権を持っているが、行使することは憲法違反」というものである。一九八〇年の政府見解では、「わが国の自衛権の行使はわが国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきであり、集団的自衛権の行使はその範囲を超えるものであって、憲法上許されない」とされ、この解釈は既に長年にわたり確立されている。  日米安保条約はその前文で、個別的または集団的自衛権の保有を確認したうえで、「日本国の施政の下にある領域におけるいずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和および安全を危うくするものであることを認め、…共通の危険に対処するように行動することを宣言する(第五条)」と規定している。  政府の解釈では、この日本施政圏下における共同危険対処の防衛行動を、あくまでも個別的自衛権の発動であって、集団的自衛権の行使とは考えていない。  この問題は一九九九年の通常国会で、私が委員長を務めた「日米防衛協力の指針」特別委員会で、いわゆるガイドライン法案の審議を行ったときに、あらためて論点が浮き彫りにされた。戦闘地域とは一線を画した「後方地域」において、米軍への支援活動を行なうのは集団的自衛権の行使にあたらない、との政府答弁が繰り返されたのだ。  自由党の委員は、現行憲法でも集団的自衛権の行使は禁じていないという立場から、「日本の平和と安全に重大な影響を及ぼす事態においては、単なる後方地域支援ではなく、集団的自衛権の行使としての後方支援が認められるべきだ」と主張した。  後方地域支援と後方支援は、どこが違うのか。武力衝突が起こっているときには、直接戦闘だけでなく、武器弾薬の補給や輸送などの「後方支援」行動であっても、「正面における武力の行使」と一体となって行われることが多い。その場合には憲法が禁じる集団的自衛権の行使にあたることから、それと区別するために、武力の行使と一体でない支援行動として、政府はあえて「後方地域支援」と言いかえているだけだ。  ここにも、政策論に対する解釈論の優位という、不毛な構図がある。

日米安保条約と憲法改正  
日米安保条約はサンフランシスコ平和条約とともに、一九五一年に締結され、六〇年に改定された。今日の日本を含む極東の安全に大きく寄与してきたことは、紛れもない事実である。  確かに、従来の社会党をはじめ、憲法学者の多くも、この条約により日本が戦争に巻き込まれる危険が大きくなったとして、むしろ駐留米軍違憲論の声も決して小さくなかった。しかし、最高裁が、安保条約を違憲とした一審の判決を覆して、一九五九年に合憲と判断したこともあって、駐留米軍の存在自体を否定する意見は少ない。  旧安保条約は片務性が強く、その代償として基地の提供を定めていたが、条約の改定によって、相互防衛条約としての性格を強めることとなった。ただし、日本施政下の領域における武力攻撃であり、自国の憲法の規定・手続きにしたがって、という限定つきである。  解釈論ではなく、日本の安全保障に関する政策論からアプローチすると、日米の防衛協力関係が日本の安全のみならず、アジア太平洋地域における平和と安全のための基軸であることは言うまでもない。  特に、冷戦終結後は、日本への直接の武力侵攻への対処もさることながら、地域紛争の抑止・対処が主たる課題となってきている。一九九六年四月の日米安保共同宣言にも述べられているように、「アジア太平洋地域の平和と安定」という側面から、日米の協力関係は、冷戦後の新世界秩序の一環としての意味がある。  「日米関係は大人と子どもの関係ではない。兄弟の関係でもない。成熟した大人同士の関係である」  二〇〇一年一月第三週、新世紀の日米関係構築の一助を担うために訪米し、ブッシュ米大統領就任式前に、新政権入りするとみられる複数の要人と会談してきた。その中で、旧友でもあるリチャード・アーミテージ氏は、米国のアジア太平洋地域における安全保障政策に言及し、「中国との関係は、戦略的パートナーから戦略的ライバルに切り替える。中国重視から日本重視に転換する」と明言した。同時に、日米同盟を基軸にアジア太平洋の安保政策を展開する以上、日米関係は対等のパートナーシップだと強調した。  第二次大戦後、GHQ司令官として、現行憲法制定に指導的役割を果たしたマッカーサー元国際連合軍最高司令官は、米国に帰任後の一九五一年五月、米議会上院軍事・外交合同委員会聴聞会で、「現代文明の基準で計った場合、彼ら(日本人)は、我々(アングロサクソン)が四五歳であるのに対して、一二歳の少年のようなもの」と発言した。  それから半世紀。米国もようやく日本との関係を大人同士の関係と位置づけたかと感慨深かった。米国側に言わせれば、現行憲法は、米国と日本が大人と子どもの関係の時にできたものということになる。名実ともに日米が対等な関係となった今、日本の「国のかたち」も自ずから変わるべきだろう。  もちろん大人同士の関係には、それに応じた責任がともなう。  アーミテージ氏はその点、「これからは日本が嫌だということはやらない。しかし、合意したことは対等の役割分担でやってもらいたい。以前、バードン・シェアリング(負担の分担)と言ったが、今後はパワー・シェアリング(責任の分担)でやってもらいたい。そのためには、集団的自衛権の行使を認めることだ。それがいったい、可能だろうか」と聞いてきた。  私は即答できなかった。今の日本で、これを可能と即答できる政治家はいない。  この問いかけに真摯に答えようとすると、これまでの日本の安保・防衛政策を変えなければならない。その前提として憲法を改正し、自衛権があることを明記するしかない。集団的自衛権は、当然のことながら自衛権に含まれている。  このような流れのなかで、日米の協力関係が実際の効果をあげるためには、後方「地域」支援に限らず、後方支援、場合によっては正面でも、米国と共同行動をとることを可能にすべきだ。これにより、日米安保条約の双務性が高まれば、沖縄をはじめとする在日米軍基地の在り方について、日本の発言力を高めることにもつながろう。

集団安全保障との違い
既に述べたように、「集団的自衛権」は、同盟関係により自国の安全を図ろうとするものであるが、「集団安全保障」は、言わば世界の警察としての国連軍が、平和を破壊する侵略国を取り締まろうというものである。  第二次大戦後の世界秩序は、連合国を中心とした国連による平和だった。まさに集団的安全保障体制を構想したものである。実際には、冷戦の勃発により国連軍が機能せず、むしろ古典的同盟関係に基づく安全保障に頼らざるを得なかった事情も繰り返し述べてきた。  足かけ四〇年続いた冷戦が終了し、世界情勢は大きく変わった。  二大国による「恐怖の均衡」から解放され、世界は「平和の配当」を期待したが、実際に起こったのは激しい地域紛争だった。湾岸戦争、チェチェン、コソボ紛争、アジアではカシミール、東チモール紛争、南沙諸島の領有権問題、そして、台湾、朝鮮半島を巡る緊張など、世界はさまざまな問題を抱えている。  このようななかで、国連の活動も、戦争直後の理想に燃えた単純な集団安全保障の枠組みだけではなく、ケースバイケースで、種々の形態のもとでその役割を果たしてきている。  特に、国連の平和維持活動、いわゆるPKOは、当事国の同意、中立、武力不行使という三原則のもとに、ゴラン高原、カンボジア、旧ユーゴ、アフリカの各地などで活躍している。レバノン、クロアチアなどではPKOの本体業務となる平和維持軍(PKF)の活動が成果を上げている。当時のブトロス・ガリ事務総長の提唱による平和強制部隊は、さらに一歩進んだ国連軍に近いものではあったものの、ソマリアで失敗した。  一方で、湾岸戦争、コソボ紛争へ派遣された軍隊は国連軍ではなく、いわゆる多国籍軍であり、米軍・NATO軍を中心に結成されたものだった。

国連重視の安全保障活動
いずれにしても、世界が平和のためにさまざまな努力を重ねるなかで、日本は、集団的自衛権の不行使という解釈論から一歩も出られないまま、長い間、世界平和への貢献とは、カネを出すことだと矮小化されてきた。  幸い、国際平和協力法の成立により、国連PKO活動や、今は凍結中だがPKFへの参加も容認されるようになった。政策論としては既に先行している。  さて、このように多様化した国際社会の平和への取り組みについては、一般に「集団安全保障」の考え方で理解する場合が多いが、私はこれに疑問を呈している。  国連は発足にあたり、憲章上は自前の国連軍を使って紛争に対処することを表明した。国連自身による国際警察的な活動である。しかし、現実には今もって自前の国連軍を持つことができていないし、将来も難しいと予測される。  そうなると、国連決議に基づくものとはいえ、湾岸戦争の際の多国籍軍が行ったような平和回復のための集団的行動は、国連自前の集団的措置とは言いがたい。こうした行動は、むしろ国連加盟国全体の「集団的自衛権」の発動と考えたほうがわかりやすいのではないか。  つまり、日本も憲法上、集団的自衛権の行使を認めれば、国連加盟国の自衛のために派遣される限り、国連安保理事会の決議に基づく多国籍軍への参加が容認されることになる。  ただし、参加は義務ではない。たとえば、コソボ紛争の場合、当初国連決議がなくNATO主体の軍事行動が行われた。価値観を共有する諸国は、国連決議の有無にかかわらず制裁行動に参加すべきだという考え方もあるだろうが、私は、日本の平和と安全に直接的に関係がない紛争については、参加すべきではないと考える。 五、新憲法の安全保障規定

第九条の第二項の削除  
以上のような政策論、解釈論を前提として、では、いかなる条文とすべきか。

まず、憲法第九条第二項の条文は削除するべきだ。  
これによって、第一項にいう侵略戦争の否定すなわち平和主義の精神を生かしながら、集団的自衛権も含め、自衛のための戦争を前提とした組織すなわち軍隊の存在と、戦時国際法の適用を当然のこととして、憲法の体系をつくり変えることができる。  しかし、単に削除するだけでは完結しない。なぜなら、軍隊の存在を前提とした場合、国家組織として軍隊をどのように統率するかが、憲法の重要な課題だからである。  憲法で明記すべき内容は、第一に「平和主義」である。  日本は侵略戦争を否定し、いかなる意味においても武力で国際紛争を解決する意図を持たない。このことは、今後も変わりがないことを、明確に世界に宣言すべきだ。

第二に、自衛のため、及び国際平和の実現に協力するため、日本は軍事力を持つことを明記する。  
これらの規定によって、主権国家固有の権利である集団的自衛権の行使が認められることになるが、そのこと自体は決して、膨張主義的な海外派兵を意味するものではない。

第三に、内閣総理大臣の最高指揮権を明記し、シビリアン・コントロール(政治の軍事に対する優先)を確立する。  
そのために、軍隊の設置、指揮命令権など、軍隊のコントロールの基本に関する規定を置くとともに、戦争状態(非常事態ないし緊急事態)の宣言と、それにともなう有事の諸制度の根拠や民主的な手続きを定める必要がある。  憲法は、将来にわたる規範として、国家運営の基本原則を定めるものであるから、安全保障政策や外交政策をすべて条文に書き並べるのは適当でない。しかし、書かないからといって、政策として採用しないわけではない。一つの条文の意味合いは、具体的な政策によって、裏打ちされる。憲法改正に当たっては、条文にこめられたメッセージを、きちんとわかりやすく説明する必要がある。

第一項の平和主義にこめられた日本の外交・安保政策の基本は、専守防衛であり、軍事大国にはならないという決意である。さらに、非核三原則を厳格に守ってきたこれまでの政策は、今後も維持すべきだ。この基本的な考え方を背景として、第一項があることを十分に説明する必要がある。

第二項においては、「国際平和の実現に協力するため」という目的を明記する。日本が何もしなければ戦争に巻き込まれることはなく、平和が確保されるはずだという無自覚な国際認識を脱却して、「一国平和主義」に安住することなく、平和を創造するために、国際社会のなかで日本が積極的に貢献することを明らかにしたい。  国際貢献は、自国のためではなく、国際社会のためという意味で、国民にとって一段と荷が重い。カネさえ出せばすむというものではない。それなりの覚悟が必要である。国連を中心とする安全保障の枠組みを尊重し、国際社会の共通の価値を守るため、協力して行動を起こすことが求められたときには、たとえ血を流す危険があっても、国際平和のために努力すると明確に宣言すべきだ。国際貢献には、それだけ重い意味合いが込められていることを自覚しなければならない。  また、国際平和に名を借りた膨張主義でないことは、アジア諸国などとの信頼関係をつくり上げていくなかで、地道に訴えていくことが必要だろう。肝心なことは、行動によって示すことだ。

文民統制の確立  
戦前の日本は軍のコントロールに失敗して、国家滅亡の淵まで追い込まれた。  明治憲法第十一条は、「天皇は陸海軍を統帥す」と規定し、第十二条では「天皇は陸海軍の編制及び常備兵額(兵士の員数)を定む」と規定している。  第十一条を統帥権または軍令大権、第十二条を軍政大権と称し、第五十五条にある国務大臣の輔弼権は及ばないとする解釈の下に、統帥権の独立を主張して、軍部の暴走を許すこととなった。さらに、陸海軍大臣に文官が就任することを阻止するため、大臣、次官は将官とし、現役武官としたために、軍部の組閣妨害が可能となった。  元防衛大学校長、猪木正道氏の著書『軍国日本の興亡』によれば、内閣制度が確立した一八八五年から、一九四五年の終戦までの六〇年間で、三〇人の総理大臣のうち一五人が軍人、その統治期間は二九年三ヶ月に及んだ。軍部は文民、文官が軍事に介入することをひどく嫌ったが、逆に軍人は平然と政治に介入した。  天皇の統帥権が軍部官僚の独占下にあったことが、間違いのみなもとと言える。失敗を教訓としなければ、改憲論議も空虚である。  どの国でも実力部隊の暴走は怖い。共産主義国家も徹底的な政治優先の原則の下に、末端の部隊まで共産党の命令系統が張り巡らされていたことが知られている。文民統制に服すべしと言っても、シビリアン・コントロールとは何かがはっきりしなければ意味がない。  諸外国の憲法における軍隊の統率に関する規定を拾い上げてみると、最高指揮官(すなわち大統領)、国防大臣との関係、議会の権限との関係、緊急事態における諸手続きなどを、憲法の条文で規定している。  日本においても、有事において超法規的な措置に翻弄されることのないよう、あらかじめ憲法に根拠を置いた法秩序を構築しておくべきだ。それが危機管理の最たるものであり、国家を預かる政治家に課された最大の使命である。シビリアン・コントロールが機能し、法律が整備されていて、実力組織の活動範囲が決まる。万が一にも、組織そのものが、緊急事態であるからと勝手な判断や行動で、思わぬ方向へエスカレートしていくようなことがあってはならない。国際社会から見ても、有事をコントロールし得る政府であってこそ、信頼に足る民主国家との評価を勝ち得ることができる。  その意味で、軍隊を総理大臣の最高指揮権と民主的コントロールの下に置き、有事に関する議論を回避せずに、憲法できちんと位置付けることが、憲法改正の要諦であることを改めて強調したい。当然のことだが、新しい憲法では、現行憲法の「文民条項」を継承することになる。

国民的基盤に立つ防衛  
私は、国民の権利と義務を定める章で、「国を守る義務」を書くべきだと考えている。なぜなら、国防は国民的基盤に立つものだからだ。  明治憲法においては、「日本臣民は法律に定むる所に従い兵役の義務を有す」と規定されていた。私が国を守る義務を主張するからといって、決して戦前の体制に戻れといっているのではないことを理解してほしい。また、国を守る義務というと、すぐに徴兵制度を連想する人が多いかもしれないが、現代においては、戦前のような徴兵制は採用すべきでない.発想の原点は、かつてジョン・F・ケネディが米国大統領に就任したときに、国民に呼びかけた精神に近い。国家が国民に何をしてくれるかばかりを問うのでなく、国民ひとりひとりが国家のために何ができるのか、何をするべきなのか、考えてほしいということだ。  国民が何らかのかたちで、日本という国家との一体感を抱くことができ、かつ、共同体の構成員としての自立した「個」が育成されることを期待したい。国家は一種の運命共同体であるにもかかわらず、構成員である国民に「個」としての自覚、認識が著しく欠如し始めており、それが少年犯罪や不祥事の多発などいろいろな現象に現れているように思う。また、自国の平和維持に鈍感であれば、世界平和への思いも空虚なものになりやすい。

【新憲法試案・改正条文】
第■章
安全保障

第■条
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、自衛権を行使する場合を除き、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、永久にこれを放棄する。
日本国の主権と独立を守り、国の安全を保つとともに、国際平和の実現に協力するため、内閣総理大臣の最高指揮権の下、陸、海、空軍、その他の組織を保持する。

【新憲法試案・新設条文】※内閣の章に追加。
第■条 非常事態の宣言は、法律の定めるところにより、期限を定めて内閣総理大臣が行う。