第V部 安心できる社会

「ヒューマン・セキュリティ」の確保
 目指すべき国家像の三番目は、国民一人ひとりが「安心できる社会」を実現することである。
 二一世紀の少子・高齢化社会の到来を目前にして、国民の間には、自らの、家族の、国家の、将来に対する希望と不安が渦巻いている。
 これまで日本は、世界の歴史でも稀に見る経済成長を成し遂げ、物質的な豊かさを体現してきた。
 私たちは、右肩上がりの社会のなかで、常に「明日は今日より豊かだ」と信じてきた。しかし、一九九〇年代に入って起こった土地や株価の暴落、阪神淡路大震災、金融機関の破綻に始まる今日の長期不況などは、国民にとって意外であり、不安を引き起こすものだった。さらに、かつて経験したことのない急激な少子・高齢化社会にともなう暗い予感が増幅している。
 個人にとっては、今日の生活、将来に備えての貯蓄、年金の問題、住宅の確保、老親の介護、次の世代の育成など、心配しなければならないことがたくさんある。なかでもひときわ深刻なのは、働けなくなるリスク、長生きにともなうリスク、健康のリスク、特に介護が必要になるリスクなど、多様なリスクに対する備えをどうするかということである。
 こうしたリスクのなかには、個人や市場でその回避が可能なものと、社会保障で対応せざるを得ないものがある。このことは、リスクを回避する役割を、「私」と「公」でどのように分担するかという問題である。
 このリスクに対する備えについて、シビル・ミニマム(都市化が進んだ社会における市民の最低の生活基準)という考え方もあるが、私は個人の自立自助を基本にしつつ、互いに支え、助け合うという社会連帯の考え方に基づくことが大切だと思う。その場合にも、社会の「セーフティ・ネット」としては、民間では必ずしもうまくいかない分野がある。そこには、公的部門がしっかりした制度を構築して対応すべきだ。
 年金の成熟化や老人医療の増大などが予想されるなかで、社会保障を含む公的部門の規模と、国民の負担について充分な論議が必要だ。
 一方、豊かで住みやすい社会を実現するためには、良好な環境、国土、都市、住宅など社会環境を着実に整備することが大切である。さらに、資源・エネルギーの安定供給や大規模地震への備えなども必要である。
 これらは社会保障と同様に、「安心」できる社会をつくるための主要な課題である。
「安心」できる社会をつくり上げるためには、少子・高齢化社会を全体としてどのようにするのかというトータルな視点に立ち、社会保障と社会環境の整備とを連携させ、適切に役割を分担する包括的な「ヒューマン・セキュリティ」(ヒトの安全保障)を確保することが必要だ。「安心」できる社会が構築されたその上に立って、国民一人ひとりが活き活きと創造的な生活を営むことが可能になるのだ。
 その際、地域社会のニーズに適したサービスを効率よく提供する観点から、地方公共団体の自主性が最大限活かされるようにすべきである。
 二一世紀にかけて日本が体験する少子・高齢化の波は、世界のどの時代の国家も経験したことがないスピードで押し寄せてくる。私たちは世界に先駆けて、新しい未来のモデル国家を創造していかなければならない。
 日本は、日本国民は、そうした果敢な挑戦を勝ち抜き、生き残る知恵と勇気を持っている。私は、その確信に基づいて以下に具体的な処方箋を示したい。