第13章 金融ビッグバンと「円の国際化」


変革期にある金融界
「金融」は一国の経済を支える「血液」の働きを司るものであり、「活力」ある経済の復活のためには、金融機能の正常化、活性化が不可欠である。しかしながら、日本の金融システムは、依然としてバブル崩壊の打撃から立ち直れず、低迷を続けている。
 現在、日本の金融界は、歴史的な変革のときを迎えている。

日本経済の成熟化と金融に期待される役割の変化
 日本経済の成熟化にともない、金融の面では、企業の旺盛な資金需要が薄れ、「資金不足」から「資金余剰」へと基調が大きく変化している。
 これを受け、金融機関に期待される機能・役割も変わりつつある。かつては、企業向けに低コストの資金を供給することが最優先課題だったが、本格的な高齢化社会を控え、一二〇〇兆円を超える個人金融資産を効率的に運用する手段を提供することが、より重要となっている。

経済・金融のグローバル化
 実体経済のグローバル化、資本移動にかかる規制緩和の進展を受け、金融の面でも内外市場の一体化が進んでいる。各国の金融市場が、その使い勝手により、選別される時代となった。
 数年前に、いわゆる「東京市場の空洞化」が大きな問題となった。本来、国内で行なわれるべき金融取引が海外に流出する、あるいは、外資系金融機関が日本から撤退するといった現象である。日本の市場の利便性の低さ、具体的には、規制緩和の遅れ、行政の不透明性、税負担の大きさなどが嫌気された結果だった。
 こうした問題に対応するため、「日本版ビッグバン構想」を打ち出し、金融市場の整備を進めている。今後は、むしろ、内外の金融機関の間で競争が激化するなか、市場が外資系金融機関に独占される「ウィンブルドン現象」(英国ウィンブルドンで開催されるテニス大会で、英国選手がなかなか活躍できない状況)が生じかねないことに留意する必要があろう。

通信技術の飛躍的発展
 ここ数年の通信分野での技術革新が、金融業に与える影響は非常に大きい。
 まず、顧客へのサービス提供の方法(デリバリー・チャネル)が多様化し、若い世代を中心に、電話やパソコンを通じたサービスの提供が急速に浸透している。海外では、まったく店舗を持たず、電話やインターネットのみで営業を行なう金融機関も現われている。
 さらに、異業種からの参入も活発化している。ソフトバンクは米国証券会社と合弁で「イートレード」を設立、インターネット取引専門の証券会社として、九九年四月から営業を開始した。電子マネー、EDI(電子データ交換)など、新たな決済の分野でも、通信、ソフト会社などの関心は大きい。

長引く実体経済の不振と資産デフレ
 長引く不動産価格、株価の低迷が、実体経済の停滞と不良債権問題の長期化をもたらしている。日本の不動産時価総額は、ピークから六〇〇兆円以上、株価は同じく五〇〇兆円程度減少した。合わせて約一二〇〇兆円、すなわちGDPの約二・四倍の資産が消滅したことになる。
 資産デフレは銀行経営にも大きな打撃を加え、九二年以降、銀行の破綻が多発している。また、収益悪化、含み益の減少による自己資本比率の低下を主因として、企業への資金供給が滞る、いわゆる「貸し渋り」問題も顕在化した。この問題に対応するため、九七年末以降、銀行の自己資本比率対策、保証協会制度の充実などを実施してきたところである。

金融行政の転換
 規制時代には、行政が「審判」と「コーチ」を兼ねる役割を担ってきたが、それゆえに、行政の運用に不透明な面があることは否定できなかった。自由化の時代にそぐわない「裁量行政」は、住宅金融専門会社の処理を契機として限界が明らかとなり、政治主導で金融行政の本格的な見直しを行なった。
 また、長く続いた「銀行不倒神話」も過去のものとなった。「護送船団方式」の行政は、自由化の進展と銀行体力の低下によって立ち行かなくなり、大手といえども倒産を余儀なくされる時代を迎えた。一都銀が営業譲渡により姿を消し、また、長信銀二行が特別公的管理制度の下、国有化されている。

取り組むべき金融の課題
 一九九六年一一月、「日本金融システムの改革」(日本版ビッグバン構想)が打ち出された。
 市場の改革と、不良債権処理とを車の両輪として進め、二〇〇一年までに東京金融市場をニューヨーク、ロンドン並みの国際金融市場として再生させることを目指したものである。
 その後、市場の改革、不良債権問題への対応ともに、法的・制度的な整備は大きく進展した。
 ビッグバンについては、九七年六月に二〇〇一年までの改革スケジュールを明確に示し、すでに実行の段階に入っている。
 一方、不良債権処理促進のため、九八年に「金融再生トータルプラン」を打ち出し、債権回収を専ら業務とする「サービサー(債権回収代行業)」の解禁、競売手続きの簡素化など、不良債権の最終的な処理を促すための環境を整備した。
 同時に、金融システム安定化を目的として公的資金を投入、総額六〇兆円の枠を確保した。預金者保護に万全を期すとともに、金融機関への直接資本注入、健全債務者を保護するための特別公的管理制度やブリッジバンク制度を整備している。

金融市場改革の総仕上げ
 今後の焦点は、私たちが用意した舞台の上で、金融機関という役者がどのような演技を見せてくれるか、という点に移っている。
 二一世紀に向け、日本経済が活力を維持していくために、金融が果たすべき役割は大きい。不良債権問題を早期に完全解決し、産業界に対して貸し渋りのないよう円滑な資金供給を行なわなければならない。
 さらに、金融サービスの高度化・効率化が求められる。すでに、ビッグバンの進展を受け、外資や異業態の進出も本格化している。新しい勢力との競争の激化を通じ、金融機関のサービスが向上することを期待したい。そのプロセスで、合併・買収を通じた金融再編が大きく進展することも予想されよう。
 日本の金融市場を世界に通用する国際金融市場とし、金融の面でも、日本の国際的地位にふさわしい貢献を行なっていくことが政治・行政の重要な役割である。
 ビッグバンの最大の狙いは、魅力ある資本市場の育成である。現在、貸し渋りが注目されているが、長い目で見れば、日本はむしろ「オーバーローン」(過剰貸出)という問題を抱えている。銀行貸出という「間接金融」への偏重を是正し、企業への資金供給ルートを多様化していくことが必要である。資本市場の育成は、高齢化社会に備えた資産運用手段の多様化・高度化にもつながる。

投資信託、年金市場拡大のための環境整備
 今後、拡大が予想される投資信託、年金市場において、いかに魅力的な商品を提供していけるかが金融市場活性化のポイントとなる。基本的には各金融機関の創意工夫を期待したいが、制度的に残された大きな課題は、確定拠出型年金(日本版401K)の導入の是非である。
 米国では、401Kの普及が株式市場の活性化をもたらした要因のひとつと指摘されている。401Kの普及にともない、個人マネーが投資信託を通じて株式市場に流入したことが、株価の上昇トレンドを支えているという見方だ。
 無論、年金制度の設計は、国民の老後生活の安定という観点から検討されるべきものであり、これを市場活性化に利用するという視点は本末転倒になりかねない。ただ、401Kの制度をきっちり整備することが、個人投資家を株式市場に導く呼び水となり、結果として市場の活性化につながるといった効果は充分期待できよう。
 401Kについては、昨年、自民党の年金制度調査会「私的年金等に関する小委員会」で大枠を定め、現在、関係省庁で具体的スキームを検討しているところである。実効ある制度を確立するためには、税制面の手当ても含め、関係諸法制の整備が不可欠である。今後、早期に実現させたい。
 資本市場での活発な取引を促進するためには、利用者に安心して参加してもらうための最低限度のルールを確立することが必要となる。新しい金融商品が普及するなかで、特に、金融のプロではない一般の利用者が不利な状況に陥らないよう、金融機関に充分な説明義務を課すといった行為規制、取引ルールを整備することが重要である。
 今後、業務の自由化が進み、従来の「業態」の意味合いが薄れることを考えれば、業態横断的にルールを定めた英国の金融サービス法などを参考に検討を進めていくことが必要であろう。「金融審議会」はすでにこの問題についての検討を開始しているが、早急に方向を示すべきである。
 何と言っても、資本市場の活性化を進める上で最大の課題は、日本企業の体質改善、収益力向上である。いかに制度を整備したところで、投資対象としての企業の魅力が向上しなければ、市場の活性化を実現することはできない。
 また、企業経営者としても、私たちの用意するメニューを存分に活用し、業務の再構築、経営体質の改善に全力で取り組んでいただきたい。

国際的な短期資金移動
「市場の時代」を迎えるなかで、規制の役割をどう考えるかが改めて問われている。社会主義・計画経済の失敗、米国経済の好調などを受け、一時は「市場主義」礼讃の声が高まったが、ここにきて市場原理への過度の依存を戒める動きも出てきた。
 端的な例が、国際資金移動の問題である。アジア・ロシア金融危機を契機に、短期を中心とした資本取引の規制をめぐる議論が起こっている。
 資本取引の自由化・国際化がすでに大きく進展したなかで、特定の取引を対象とした規制は難しい面もあるが、市場の混乱を回避するための最低限の手段の検討は必要である。特に、市場でのチェック機能を作用させるための情報開示の見直し、国際的な金融システム不安の発生を回避するための「最後の貸し手機能」の整備などが求められよう。日本としても国際的な検討の場で、こうした提言を積極的に行なっていく必要がある。
 自律ある市場原理(リスポンシブル・グローバリティ)の哲学が重要である

円の国際化
 欧州での「ユーロ」誕生を受け、改めて「円の国際化」について考えてみたい。円の国際化は、日本にとって、@企業活動における為替リスクの軽減、A金融市場の活性化の観点、といった意義があるのみならず、Bアジア諸国にとっても過度の米ドル依存からの脱却、というメリットがあることにも注目すべきである。
 九六年のビッグバン構想を契機に、円の国際化に資する諸施策を実現してきた。最大の阻害要因であった税制については、有価証券取引税・取引所税の撤廃、短期国債にかかる源泉徴収制度の撤廃など大きな前進を見ている。
 また、FB(政府短期証券)の市中公募入札が九九年四月に開始されるなど、日本の短期金融市場活性化のための環境整備は広く進展している。さらに、「新宮沢構想」では、アジア諸国向けの資金支援が打ち出されており、こうした取り組みがアジアにおける円の地位向上につながるものと期待する。
 今後は、円に対する信頼を確保するための努力が今まで以上に重要となる。円への信頼、これは日本そのものに対する信頼にほかならない。健全なマクロ経済運営、金融システムの安定化はもとより、政治・経済での国際貢献など、日本の「総合力」が評価されなければならない。一朝一夕に達成できるものではないが、当面のさまざまな課題を地道にクリアしていく努力が、結果的に大きな成果につながるものと考える。