第12章 戦略的な公共事業の展開


「社会資産」の形成
 民間投資に資金が流れないという現下の経済状況の下では、日本経済の「活力」を回復するために、公共事業を戦略的に用いることが必要である。まだ充分とは言えないインフラの整備を図り、活力を生み出す基盤を充実するのだ。
 また、地方の産業構造の現況から考えて、本格的な経済の再生が図られるまでの間に、公共事業が地方経済の下支えをしていることも軽視できない。

美しい国をつくる
 公共事業の問題を考える上で大切なのは、公共事業の目的を国民に明示することである。それは、私たちが豊かな生活を送るためであることはもとより、少子化時代が到来しても時代を超えて受け継がれ得る良質な「社会資産」を創り出すことである。
 私は、はじめて欧州を旅したときに、道路や住宅などの社会資本が整備された美しい都市を目の当たりにしてカルチャー・ショックを受けた。そのことは政治を志すひとつの契機にもなっている。公共事業とは、本来そうした素晴らしい「社会資産」をつくる夢のある仕事だと思う。
 しかし、これまでの日本の公共事業は、経済性・効率性ばかりを最優先して行なわれてきた。そのため、自然環境は後退し、渇水、水害など国土の安全性が低下し、人工物に囲まれた画一的な街が生み出されることとなった。このことが、国民が豊かさを実感できない理由のひとつなのだ。
 次世代の子どもたちへ持続可能な形で引き継ぐ「社会資産」には、環境面や美観面への配慮、各地域に根ざした文化・生活との調和などが不可欠である。そのためには、公共事業についての発想を転換することが必要だ。
 これからの公共事業は、「美しさ」という価値観を大切にすべきである。「美しい社会資産」が整備された「美しい国」をつくることは、日本人が歴史的に大切にしてきた文化の復興でもある。これこそ、経済力を活かして豊かな国民生活を実現するために、公共事業に強く求められることだ。

二一世紀のフロンティア
 二一世紀の公共事業の目的は、良好な自然環境、快適で安全な居住環境に囲まれた豊かな生活を実現するとともに、産業競争力の向上によって経済再生に貢献することが重要になる。
 そのため、国家において、今後の公共事業の対象となる領域を確定し、整備目標を明確に打ち出すとともに、制度の改革、戦略的な重点投資を行なうべきである。
 公共事業の優先的な対象とすべき領域を具体的に挙げれば、環境、情報通信、交流基盤、総合物流、少子・高齢化対応、教育・人材育成、都市、住宅となる。

大競争時代を支える基盤の充実
 経済のグローバル化が進み、企業が国家を選ぶという国際的な大競争時代が到来している。特に、アジア地域の中で日本が充分に魅力的な投資環境を備えているかどうか懸念する声が強まっている。
 日本の産業立地競争力を強化するために、物流コストを低減させ、物流サービスの水準を国際的に遜色のないものにする必要がある。
 そのために、規制緩和や物流システムの高度化を着実に進めるとともに、船舶の大型化に対応した国際ハブ港湾の整備や、国際空港の二四時間化を図る。さらに、三〜四割にとどまっているこれら港湾・空港と高速道路の連絡率を飛躍的に向上させるなど、物流拠点の相互の連携、ネットワークを強化する。
 また、中枢となる都市のあり方が、産業の国際的な競争力と密接に関係するようになってきている。この点で、私は東京のような都市が魅力を失いつつあることに大きな危機感を抱いている。東京には臨海副都心の活用を含め、まだ大きなフロンティアが広がっている。日本の顔となるような大都市について、都心部の有効高度利用、国際空港へのアクセスの向上など、その整備を強力に進める必要があろう。

中心市街地への公共投資
 都市は、日本の経済の基盤として、また、地域の自立する基盤として、国全体を支えるものであり、二一世紀の公共事業は、都市の整備充実に重点が置かれなければならない。
 近年、地域の経済社会の状況を反映して、都市の中心部の空洞化が進んでいる。
 私は、政調会長時代にこの状況を懸念して、中心市街地再活性化調査会を創設し、「中心市街地活性化法」のとりまとめを行なった。今後はこれを活用して、商業などの活性化と都市の整備に一体的に取り組むとともに、「大店立地法」による大型店と商店街の共生を図ることが重要だ。
 また、都市づくりから、道路や学校などの整備や、建物の建設、土地取引など、そこで生活する人々のさまざまな経済・消費活動が始まる。新陳代謝を生む運動が、身体の血のめぐりをよくし、細胞を活性化させるように、都市づくりは、日本社会全体の血流(カネの流れ)に勢いを与え、経済はダイナミズムを取り戻すことになる。
 この源泉としては、一二〇〇兆円におよぶ国民の豊かな金融資産を念頭に置く。これまで、国民の蓄えは、銀行や郵便局などを介する間接金融によってのみ都市づくりの資金となっていた。これからは、金融構造が転換し、直接金融の役割が高まってくる。SPCなど不動産証券化市場を育成・拡充し、情報開示と自己責任に基づくリスクマネーを市場に呼び込むことが重要である。
 金融資産を持つ国民にとっては、株式や国債に加えて不動産証券という資産運用の選択肢が増え、アイディアとやる気のある事業者には直接潤沢な資金が集まることになる。これにより、足元の資産デフレの懸念を払拭し、中・長期的には内需拡大による経済成長が期待できる。
 なお、産業構造の転換を図る上で、製造業が抱える過剰な土地については、街づくりの観点からも、その活用と適切な誘導が必要である。放出される企業の土地に関する情報を集約し交換するために、市町村、民間企業、新設される都市基盤整備公団などによる協議会を設け、地域レベルで話し合いを進める。地域のコンセンサスが得られた場合には、そうした土地を使って都市開発事業を行なおうとする事業者が、事業実施に必要な都市計画の決定・変更に関する案を市町村に提案できるようにしてはどうか。
 その場合には、工場等制限法など、規制のいっそうの緩和を行なうとともに、事業を実施するために必要な事業費を別枠で確保し推進を図ることも検討すればよい。こうした政策パッケージからなる「産業構造転換のための都市再生トータルプラン」を提案したい。

将来に備えて投資する「最後の一〇年」
 環境への配慮、財政制約、本格的な高齢社会との調和を考えると、これからの約一〇年間が、社会資本への投資において、まさに正念場となる。
 日本の社会資本にも老朽化がひたひたと迫っている。二〇三〇年以降は、総建設投資の七〇〜八〇%は維持更新に回るという予想もあり、そのときには今ほどは新しいものがつくれないことになる。古代ローマ帝国がコンスタンティノープルに事実上遷都したのは、一つには社会資本を維持できなくなったためという説もある。そうならないように、今こそ、より重点的な投資が必要なのである。
 この「最後の一〇年」こそ将来に備えての投資の時期であり、重点的に推進するフロンティアについて、各省庁が事業ごとに持っている五カ年計画を有機的に連携させ、政府が一体となって進めるべきである。

公共事業のビッグバン
アカウンタビリティとスピードを重視
 公共事業を見る国民の目は、最近、非常に厳しいものがある。公共事業が、批判に適切に対応し、使命を果たすためには、そのあり方を改革しなければならない。
 改革の第一は、公共事業が公正かつ効率的に進められていることが国民にわかるように、アカウンタビリティ(説明責任)を高めることである。
 これからは、事業の目的と効果を充分確認して、投資するかどうかを判断する時代である。
 事業の新規採択に当たっての費用対効果分析を含めた評価とともに、採択後も社会経済情勢の変化などを踏まえて再評価を行ない、必要に応じて事業の見直しを行なわなければならない。また、事業完了後の事後評価も行なうべきである。
 こうした評価は、国民的視点に立って国民との対話の形で進められるべきである。そのためには、これまでのように「何をしたか」ということだけではなく、「どのように変わったか」というように業績を評価する仕組みをつくることが必要であろう。また、パブリック・インボルブメント(市民参加を通じて計画策定を行なう方式)を活用したい。
 大切なことは、公共事業のすべての過程において、企画(PLAN)、実施(DO)、評価(CHECK)、改善(ACTION)のプロセスを徹底することである。
 第二は、スピードを重視することが大事になるということである。
 事業内容を早く短い時間に集中的に検討し、大多数の人が合意するなら、ただちに事業を開始する。立ち退き、住み替えなどの手続きも簡素化し、早期実施を担保する制度を確立することが必要だ。合わせて、事業からの受益者の負担において、適切な補償が行なわれなければならない。

社会資本ストックの活用
 公共事業改革の第三は、これまで築き上げてきたストックを総合的に活用し、国民の利便性の向上を図るマメネジメントが重要になるということである。
 交通問題で言えば、バイパスの整備だけではなく、交通円滑化のためのソフトな施策を総合して展開すべきである。鉄道では、ピーク・オフピーク運賃制の導入など、交通需要マネジメントの推進や、公共交通機関へ需要の転換を図るマルチモーダルの実施が進むであろう。地球環境対策の観点からも、二酸化炭素、窒素酸化物排出量の大きいトラック輸送から、海運や鉄道輸送への転換を促すことも進めるべきだ。
 また、カーナビゲーションと合わせて渋滞情報を提供するシステム(VICS)が普及してきているように、高度情報通信システムの活用も進めたい。
 道路整備を行なう場合にも、ガス、電気、通信などの機能を内在させる共同溝の設置を進め、掘り返しの防止、ライフラインの維持更新費の縮小、安全性の向上を図るというように、メンテナンス・コストを最小にする工夫が必要になる。

民間活用と地方のイニシアティブ
 国、地方自治体を通じて小さな政府の下では、社会資本整備を効率的に推進するという観点から、民間が一定の役割を担うことが必要であり、有効である。
 いわゆるPFI方式については、具体的に検討する段階を迎えているが、すべての事業に適用できないかを一度に検討するのではなく、PFIにふさわしい分野を絞り込んで実施してみればいい。まず成功例をつくるべきだ。
 その場合、民間からプロジェクト・ファイナンス(事業が将来生み出す収益を基準に融資額を算出する方式)の専門家などを集め、英国のような「タスクフォース・プロジェクト・チーム」を設立し、採算性の審査、技術支援などを集中的に行なわせてみてはどうか。
 また、民間事業者の自主性や創意工夫が発揮されるように、いっそうの規制緩和を進めることが必要である。
 PFIの推進は、民間事業者への新たな事業機会の創出にもつながり、経済構造改革にも資することになる。
 公共事業は、その四分の三が地方で行なわれる地方中心のものだ。地方分権がすでに実施段階に入りつつある今、公共事業のかなりの部分は地方自治体が自主的に施行できるようになってきている。今まで述べた改革は、地方でこそ徹底しなければならない。