第10章 科学技術創造立国


 私は、自民党政調会長時代に科学技術基本法の制定に尽力し、現在も自民党の科学技術創造立国調査会の会長を務めている。これは、二一世紀の日本がグローバルな競争を生き抜いて豊かな国民生活を実現し、同時に、世界的課題の解決に貢献するための鍵は、技術力の向上であるという信念からにほかならない。
 私は、日本の科学技術水準が、基礎・応用を含めあらゆる分野で米国に差をつけられつつあり、それが競争力低下につながることを非常に憂慮している。日本人はけっして創造性に乏しいわけではない。今、大事なのは、そんなことを悲観するのではなく、個々の創造性を育み発揮させる「創造の苗床」を整備することだ。米国のように世界中から最高水準の頭脳が結集し、自由に活発に激しく競争して研究開発が行なわれるよう、関連の制度やシステムを改革していくべきである。

研究開発投資五〇兆円構想
 まず、国家として科学技術に対する投資の絶対額を増加させたい。
 現在、日本の研究開発投資は、官民合わせて一四・五兆円(GDPに対する比率三・一二%)で、米国の二八・九兆円(同二・五九%)、ドイツ五・八兆円(同二・二八%)と比べても遜色のない水準にある。しかし、このうち政府部分は〇・六%しかなく、欧米主要国が〇・八%から一・〇%程度あるのに比して、低いレベルにとどまっている。
 これからの世界では、国家レベルの科学技術の水準が、その国の経済の活力を決定的に左右する。民間の研究開発投資を維持拡大していくためにも、政府の投資を早期に欧米並みの水準まで引き上げるべきだ。
 ひとつの考え方として、対GDP比一・〇%を目指し、今後、二〇〇一年から二〇一〇年までの一〇年間で五〇兆円を投資してはどうであろうか。
 同時に、政府の科学研究費の効率的活用のためのシステム改革が不可避である。そのためには、国家としての強さと今後の国民ニーズを踏まえた重点分野と具体的目標を掲げること、それを実現するための戦略を政府、国民、産業界、学界が一体となって描き、集中投資することが必要だと考える。
 そのような「場」として、二〇〇一年以降、内閣に設置される「総合科学技術会議」の活用を図っていきたい。

オープン・グローバルな連携
 重点分野を選び、それぞれの分野に対して官民の役割分担を明確にした上で、国として適正な評価と徹底した競争原理に基づく自由な資金を研究者に提供すべきだ。
 また、個々人の自由な研究や事業家を支える環境整備として、人材流動化支援、知的財産権保護などの支援機能の充実などが大切である。政府調達を活用して初期マーケットを提供し、新規技術の普及を支援することも必要であろう。
 一方、企業、特に大企業にあっては、これまでどちらかと言えば技術開発を一〇〇%自社内で完結しがちだった。今後は積極的にアウトソーシングを進め、技術開発や事業化において、グローバルな連携、あるいはベンチャーをはじめとする中小企業との連携が必要である。
 従来の日本企業の技術開発は、大企業における改良型のものが主体だった。今後、技術革新のサイクルはますますスピーディーになる。創造型の多様な技術開発には、大企業の技術開発体制の見直しと合わせ、中小企業、ベンチャー企業の果たす役割がいっそう重要になろう。
 さらに、大学をはじめとする研究機関は、国あるいは産業界と連携して、その知的資源を社会に還元することが重要になる。
 これまでは、国も、企業も、大学も、それぞれの狭い村社会にとじこもる傾向にあった。今後は、それぞれが従来の組織の壁を乗り越え、オープンな、さらにグローバルなネットワーク型の技術革新システムに転換し、個々人が自由で創造的な技術革新・事業化に取り組める体制に変えていくことが必要だ。

国家的重点分野「健康」「環境」「情報」
 二一世紀に向けて重要度が高く、その振興が期待される科学技術は、「健康・福祉」「環境・エネルギー」「情報」の各分野であり、各々について具体的な目標を設定したい。特に、国民の「夢」の実現のために、たとえば「循環型地球計画」「長寿健康計画」といった目標と、国民に理解しやすいプロジェクトをつくることが必要である。
「健康」については、国民の大きな脅威となっている癌や老人性痴呆の克服に加え、エイズなどの地球規模の感染症に対する根本的治療法の開発などが求められる。きたるべき高齢化社会において「肉体的にも精神的にも健康な高齢者」の実現が目標となろう。その基礎としてバイオ・テクノロジー、ライフサイエンスが特に重要である。
「環境」については、これまでも産業廃棄物の処分技術の研究が推進されてきた。今後はこれを前進させ、可能な限り材料や部品の再利用を図り、温室効果ガスの排出を最小限度にとどめるミニマム・エミッション技術やITS技術(高度道路交通システム)などによって、高度な循環型社会を実現することが重要である。こうした技術は、結果的に製品のトータル・ライフ・コストを引き下げることにつながる。
「エネルギー」の面では、環境負荷が少なく再生可能な自然エネルギーの利用技術、、水素や核融合など次世代の革新的エネルギー技術開発に加え、コジェネレーションなど供給と利用の効率的な複合技術が重要になる。核融合については、「イーター(ITER・国際核融合実験炉)計画」に、日本のイニシアティブが期待されている。
「情報」については、ハードとしての情報ネットワーク分野のみならず、日本が苦手としているソフトとしての情報処理、情報コンテンツ関連分野の研究開発がきわめて重要である。その際、開発された新技術を速やかに普及させ、情報通信分野における実質的な「世界標準」を日本から発信させたい。
 こうした知的財産が、情報の大競争時代における国際競争力を形成する。また、情報化時代のセキュリティを担保するための技術や、ルールを守るサイバー・ポリスなどの整備も急がなければならない。
 これらの科学技術振興によって、豊かな国民生活の実現とともに、フロンティアとしての新規産業の創出が期待される。新たな分野の開拓は、二一世紀の産業の活性化、雇用の創出の原動力である。その分野は、これまでのような限定された範囲で完結するものではない。情報通信、医療、バイオ・テクノロジー、ライフサイエンス、エネルギー、新材料など幅広い分野での技術の融合が不可欠となる。

交流の活性化
 日本の研究開発は「産・官・学」の連携によって進められてきたが、それぞれのセクターに壁があったことは否めず、国家全体が持つ開発能力を最大限に発揮してきたとは言えない。企業は、ややもすれば長期的でなく、商品開発に直結するような短期的な応用開発に軸足を置く場合が多くなってきており、基礎的・独創的な研究開発における国の役割は増大している。
 この観点から、研究開発計画を見直し、設備の整備と研究開発に関する情報化を強力に推進するとともに、機動性を確保するため、独立行政法人化も考慮に入れた大学、国立研究機関の基盤整備を図る必要がある。
 これからの研究テーマは、自然科学はもちろん、人文科学も含めた多様な研究開発の結集が必要になっている。コンピュータ・サイエンスの分野では、人間の脳のメカニズムの解明や言語学・心理学からのアプローチが重要である。そのためには、研究者が機関や地域を越えて交流する仕組みが不可欠である。
 また、国際交流を活性化するために、国際研究開発拠点の整備も重要である。そして、この拠点を中心に環境やエネルギー問題などのメガサイエンス、国境を越えた大規模な研究開発プロジェクトを推進すべきだと考える。

日本発の国際標準
 日本で生まれた研究開発の成果を広く世界で活用していくためには、成果の移転を促進する条件の整備も重要である。このため、研究開発成果、特許などの知的所有権のデータベースを整備し、また、これらの成果の個人への帰属を基本として研究者のインセンティブを高めることも必要であろう。さらに、成果を企業化に結び付けるための支援策や、国や大学の研究者が行なった研究成果を容易に企業化するため兼任を認めるなどの措置も必要である。
 経済活動のグローバル化が進み、国際標準化が産業界の国際競争力の決め手となっている。欧米はこれを重視しており、あらゆる科学技術のベースとなる情報処理分野における米国の優位性は圧倒的である。したがって、研究開発を進めるに当たっては、国際標準を念頭に置いて実施すべきであろう。官民一体となった努力によって、日本発の国際標準を、ひとつでも多く確立していくことを大きな目標としたい。

評価の導入とフィードバック
 国費によって実施される研究開発活動を効率化し、価値あるものとするために、研究開発に対する評価制度の整備が重要である。研究機関、研究テーマ、研究者を評価対象とし、計画段階、実施過程、研究結果、それぞれに対して、客観的で厳正な評価を行なう仕組みが必要である。
 そのためには、第三者を含めた外部評価を実施するとともに、評価基準の明確化と評価結果の公表が求められる。そして、実施過程で評価が芳しくないものについては、中断あるいは整理統合することにより、また、研究成果の厳正な評価によって、その後の資金や人的資源の適正な配分が可能となる。

科学技術に携わる人材の育成
 日本が「科学技術創造立国」たり得るためには、これに対する国民全体の理解とともに、科学技術に携わる人材の確保・育成が不可欠である。特に、近年、青少年の「理科離れ」が進行しているが、初等・中等教育において、科学技術に対する好奇心と創造性を高め、実習などの体験を重視した教育環境の整備を行なわなければならない。また、大学などの高等教育にあっては、世界的レベルの創造的研究を行なうとともに、一方で社会に役立つ専門能力の育成にも力を入れる必要がある。
 なお、企業において技術に携わる社員の処遇が一般的に低いという指摘が多い。一義的には企業内での評価の問題だが、知的財産の個人帰属方式への変更などを検討していくべきだと思う。
 さらに、最先端の科学技術を支えるもうひとつの要素として、いわゆる「職人芸」に代表される技能がある。技術の進歩によって逆説的に高度な技能が消滅しつつある現在、緊急に対策を講じる必要がある。

科学技術のパラドックスの解決
 科学技術を振興することによって、新しい社会の構築が期待される反面、最近しばしば話題となっているインターネット犯罪、あるいはクローン技術を利用した食料増産などについて、国民の間に漠然とした不安がある。
 科学技術の発展を目指す一方で、研究開発に携わる人々のモラルの維持を図るとともに、所要の法制度も含め、ルールの整備を行なうことにより、科学技術の発展がもたらす「負の部分」についても解決していくことが重要だ。国民の信頼があってこそ科学技術の発展とその恩恵を享受できるのである。