第8章 産業の再生


「活力」ある経済社会においては、いろいろな産業││大企業であれ、中小企業であれ、あるいは法人であれ、個人であれ││が、元気に活躍する。
 現在、日本の産業は、景気の落ち込み、金融における信用収縮、消費者心理の変化、さらにはアジア経済の低迷により、総じて企業と経営者の意識が萎縮している。長期的に見ても、情報化の進展とあいまって経済のグローバル化が加速し、いわゆる「大競争」は激化する。加えて、少子・高齢化、エネルギー・環境問題への対応も求められる。
 近年、日本においては、企業の廃業率が開業率を上回るとともに、製造業の海外生産比率も着実に上昇している。米国では、対外直接投資残高の約八割に相当する額が海外から投資されているのに対し、日本では、約一割しか海外から投資されていない。つまり現状では、出ていく企業は多いが入ってくる企業が少ないということだ。
 しかし、苦境は跳ね返すことができれば発展へのチャンスでもある。同じようなモノやサービスを提供する事業者が他にもいる場合、他よりも安くていいものにする、あるいは他にはマネできないようなモノやサービスを考案し、提供することだ。生産性を上げ、競争力ある産業、事業者になることだ。
 また、日本を、内外の企業にとって事業活動の場として魅力あるものにすることだ。
 これからの経済運営の基本は、第一に、金融システムの安定、次に、需要が息切れを起こさないようにする財政金融政策、それに、産業再生のための供給側の構造改革を進めていくことだ。
 供給側の構造改革のポイントは、経営革新と技術革新であり、その決断と実行の主役は、あくまでも企業、事業家である。政府の役割は、事業活動の場として日本の魅力を高めるとともに、それらの主役が、なるべく幅広い選択肢のなかから採るべき方向を選択できるよう環境を整備することにある。
 また、人材の流動化を考える場合、日本の終身雇用・年功序列が思い浮かぶように、経済社会における種々の制度や慣行は、長年にわたって相互に依存し、その存在を強め合っている面がある。そういう制度や慣行にメスを入れる構造改革には、当然その影響を受けるグループも出て、ときとして痛みもともなう。したがって、それを軽減したり、いざというときに備える「セーフティ・ネット」の整備が、政府の果たすべきもうひとつの重要な役割である。
 私は、これからの日本の経済社会を、自由競争と自己責任原則を基調としつつ、自然や他人と共生する「東洋的な心」が色濃く残るものにしていきたい。米国型の完全自由競争主義とは一線を画した「日本型競争社会」を構築することが、私の政治テーマである。

今ある企業を強靱にする
 産業の再生に当たっては、まず、今ある企業が経営資源を有効活用し、現在の事業の強化や新しい事業分野への進出を行ないやすくすることが重要である。
 九九年度から、国・地方合わせた法人課税の実効税率が四〇・八七%に引き下げられ、ほぼ国際的水準となった。
 今後、分社化や共同子会社、合併といった企業組織を柔軟に選択できるよう、商法や独禁法の見直しのほか、連結納税制度の早期導入、譲渡益課税の繰延べ、登録免許税の減免など税制の整備が求められる。
 また、過剰設備廃棄や事業転換を容易にするため、倒産法制の見直しとともに、欠損金の繰越し・繰戻し、不動産を証券化するSPC(特定目的会社)に係る不動産取得税・登録免許税のいっそうの軽減といった税制の特例も必要だ。デフレ・スパイラルに落ち込むのを防ぐためには、土地の流動化が有効であり、インセンティブとして土地税制の再検討が必要である。

意欲ある中小企業の努力に報いよう
 中小企業は、企業数でほとんどの部分、雇用者数でも大部分を占めるなど、日本経済のなかで大きな地位を占めている。
 中小企業庁ができてから五〇年、中小企業基本法が制定されてから三七年がたった。その間、企業規模の「格差」解消による「二重構造是正」を目指し、設備の近代化、事業の共同化などによって生産性を向上させるとともに、規模の小ささゆえに取引で不当な扱いを受けないようにするための政策がとられ、制度が整備されてきた。
 しかし、近年、企業をとりまく環境は大きく変化し、規模による「格差」だけに着目できなくなっている。業種が何か、企業ができてからどのくらいたつか、法人か個人か、オーナー企業か否か、経営者にどんな経営経験があるか、収益力があるか、成長が期待できるか、技術に光るものがあるかなど、企業の多様な特徴に着目して評価しなければならない。
 個性があり、機動力がある中小企業の存在は、日本経済の「活力」の源泉である。状況の変化に合わせて中小企業政策も変化していかなければならないが、その際、意欲的に事業に取り組む中小企業が報われることが重要である。
 その意味で、事業継続の意志と意欲がありながら、相続税制のために事業承継ができないというケースは何とかしたい。諸外国に比べ、最高税率七〇%は高過ぎるし、非上場株式の評価方法の見直し、純資産価額方式と類似業種比準方式との選択制の導入、延納制度の見直しなど相続税制をきめ細かく総点検し、改善していくべきだ。

新規開業、ベンチャー・ビジネスの支援
 産業の再生の大きな柱は、新規開業、ベンチャー・ビジネスの支援である。新規開業や、今ある企業による新規事業分野の開拓・進出が続いていけば、新しい雇用の場が生まれ、経済も「活力」を取り戻すことができる。また、各企業は雇用安定に向け努力を続けるだろうが、スリム化し強靱になる過程では、就業者の減少が避けられない場合も出てこよう。
 米国では、一九八〇年前後のドル高と既存産業の調整期において、三七〇万人の雇用が大企業から失われたが、一方でベンチャーによって一九〇〇万人の雇用が創り出され、経済が再生したと言われている。
 ベンチャーというと、一般に、日本の産業とは縁遠いものとされがちだが、私は必ずしもそうは考えない。今や日本の代表的企業となったソニーや本田技研工業も、戦後、ラジオの修理改造、軍の残したエンジンの自転車への取付けからスタートしたベンチャーだ。
 これまで日本において、ベンチャー・ブームは三回あった。第一次は一九七〇年から七三年にかけてであり、導入技術から脱却し独自の技術を開花させる企業が出た。カシオ計算機や京セラが上場したのがこの頃だが、第一次石油危機で終わりを告げた。
 その後、省エネや生産効率向上への関心と公開基準の緩和によって第二次ブーム(一九八三年から八五年)が到来したが、これもプラザ合意後の不況で終焉した。
 第三次ブーム(一九九五年から九七年)の際には、コンピュータ・ソフト開発のソフトバンクや、簡易印刷機械などを普及させた理想科学工業が店頭登録を果たしている。しかし、バブル崩壊後の長期不況がこの熱を冷ましてしまった。
 これらのブームのいずれもが短命に終わったのは、近年まで、日本ではリスクマネーの提供者が不足していたことと、大企業信仰が強かったためだと思う。
 しかし、事情は大きく変化している。今度こそ、日本においてもブームだけに終わらせず、本格的な新規開業、ベンチャー・ビジネスの育成、定着の時代を到来させたい。
 そのためには、まず、信用力や物的担保の乏しい状態での資金調達を円滑にするため、無担保無保証人融資制度や保証協会の保証制度の活用、投資先ベンチャー企業の失敗による損失に係る「エンジェル税制」の拡充、店頭市場の活性化を行なう。
 技術面では、創設される中小企業技術革新制度(日本版SBIR制度)の活用、各地域における「産・官・学」の共同研究とその支援を行なう。
 人材・経営資源の面では、「創業者利得の特例」やストック・オプション制度を拡充し、起業しようとする者に対するインセンティブを高めるとともに、専門家・実務経験者が経営ノウハウ、技術的アドバイスを提供する。特に、技術と市場をつなぐ機能が重要だ。
 より大事なことは、創造的な人材、多様な人材を輩出し、事業者の再挑戦、敗者復活を可能とするよう、国民の意識、教育を含め、社会全体を変えていくことである。

有望分野の発掘
 それでは、どんな分野が有望だろうか。
 政府が一九九七年五月に閣議決定した「経済構造の変革と創造のための行動計画」において、今後、成長が期待される一五の産業分野が掲げられ、分野ごとに関係省庁の連携会議も設けられた。この一五分野は左記のとおりだが、雇用規模と市場規模で、二〇一〇年に各々約一八〇〇万人(九五年約一〇六〇万人)、約五五〇兆円(同約二〇〇兆円)に増大するものと見通している。
 これを確実に、しかも前倒しで実現できればと考えるが、そのためには各々の分野から具体的なテーマを選び、取り組みを集中・強化したい。また、先の省庁連携会議も活性化すべきだ。

一五分野=医療・福祉/生活文化/情報通信/新製造技術/流通・物流/環境/ビジネス支援/海洋/バイオ・テクノロジー/都市環境整備/航空・宇宙(民需)/新エネルギー・省エネルギー/人材/国際化/住宅

 私は、需要の側面から見て、次のような分野に注目している。
 まず、少子・高齢化社会では、保健、医療、バイオ・テクノロジー、介護、福祉、家事、保険が、また、携帯電話やインターネットの普及からうかがえるように情報通信が有望と考える。環境、資源エネルギーの観点からは、エネルギーの効率利用、新エネルギーの開発・導入、リサイクル、リユースに係る事業が、また、今まで以上に国民一人ひとりが豊かさの実感や自己実現を求めていくので、住宅、趣味・娯楽、教育・教養、旅行、健康も期待できる。
 もうひとつ、対個人あるいは対事業者サービスの分野が有望である。これからは、個人、企業ともに、時間、費用、効率性、生産性などを考慮して、自分でやるか、外部から調達するか判断することになる。大きな流れとしては、アウトソーシング(システムの構築や運営の外部委託・外部調達)が増えていくだろう。
 これらの有望分野を発展させていくためには、制約となっている規制を緩和し、公的部門に係る業務のNPOを含む民間への委託や民営化を進めていかねばならない。この点を改めて強調しておきたい。