第5章 国家組織のあり方


首相と政治のリーダーシップ
 国家戦略を持った政治、外交、行政を進める上で、日本の国家組織の問題点は、政治家がリーダーシップをとらず、各省庁に対応をゆだねていることだ。その結果、縦割り行政の欠陥が出て、統一的に対応できていない。
 これを克服するには、まず首相が指導力を持つことである。政治家全体が国家戦略と国益の認識を持つとともに、首相がその代表として充分力を発揮できるよう、関係者が改めてその使命を自覚することが重要である。
 第二はその首相を補佐する機構について、変化に応じて機敏に対応できるよう工夫することである。米国では、特定の問題に対して、大統領の下に全官庁と研究機関が一体となって対応するシステムができている。日本も縦割り行政の弊を打破し、いざというときに国家戦略会議を設置するなど、大胆な発想の転換が必要ではないか。また、科学者はじめ専門家が首相を補佐する制度も検討に価する。

情報の重要性
「情報が得られれば解決策はできたも同然」と言われるほど情報は重要である。日本はこの点について、国民や政治家の認識が薄いまま今日に至っている。
 米国では、一万六〇〇〇人のスタッフを持つCIAをはじめ、DIA(国防省)、INR(国務省)など、情報機関が充実している。また、一次情報をリアル・タイムで各機関で共有するシステムをつくっており、複数の機関が判断を競う仕組みができている。
 これに対して日本では、単に小規模なだけでなく、内閣調査室、外務省、防衛庁情報本部、警察庁などが情報の分野でも縄張り争いを演じている。
 今後は、情報を握った各機関が個別に官邸に走るのではなく、米国の「インテリジェンス・ファミリー」のように、国家情報について相互に検討するような体制づくりも必要になるだろう。
 このような問題の解決に当たっては、首相をはじめ、すべての政治家の意識改革が非常に重要となる。

司法改革 - 司法の抱える問題
 国家組織を支える三権の一つである司法にも触れておきたい。
 日本の裁判制度については、「五年も一〇年もかかるなど長過ぎる」「判決後の競売にも時間がかかる」「特許などの知的財産権に関する裁判は長過ぎて、裁判中に新たな技術などが発明され、裁判自体が意味を持たなくなってしまう」などという批判をよく耳にする。裁判だけでなく、弁護士と国民の距離が遠かったり、企業に法律に詳しい者が足りず、欧米企業との裁判で巨額の賠償金を支払ったりなど、いろいろと問題が生じている。
 このように、国内において司法改革は喫緊の課題である。
 さらに、日本経済再生が実現した後、日本を舞台にした欧米企業とのビジネス競争が活発化すれば、このままの日本の司法では必ず批判の対象となるだろう。

法的思考能力の必要性
 私が目指す「品格ある国家」における日本人は、道徳心を兼ね備え、社会に対する義務と責任を果たしつつ、自由と権利を主張する個人でなければならない。また、これからは、地球的規模の厳しい競争社会となり、透明なルールと自己責任が求められる。つまり、これからの日本人には法的思考能力(リーガル・マインド)が求められる。
 こうした競争社会においては、個人の基本的人権が守られ、誰もが安心して問題解決が図れるような「セーフティ・ネット」としても、司法制度の充実が不可欠である。

身近で、利用しやすく、わかりやすい司法
 これからの司法は、国民にとって身近で、利用しやすく、わかりやすい司法でなければならない。
 たとえば、裁判審理の事実認定における陪審制度などによる国民の司法参加、法律扶助制度の充実、被疑者弁護の改善、専門家の裁判参加による複雑案件の迅速処理などを促進することも必要である。
 また、これから日本では法律にかかわる問題が飛躍的に増大することが予想され、法曹の増員が課題である。国民生活の法的な諸問題に応えることができるホームロイヤー、企業の紛争を未然に予防する法曹資格者、行政府や立法府には立法スタッフとなる法律専門家など、需要は拡大するだろう。
 さらに、裁判や法曹の質的なレベルを強化するためにも、法曹の一元化やロースクール構想も検討対象となろう。

知的所有権の時代
 二一世紀の経済競争は、形ある商品を販売する時代から、目に見えない特許や著作権といった知的所有権を基本としたサービスやアイディアを商品にする時代になる。欧米諸国はその時代を見据えて、国家戦略に基づいて着々と環境整備を進めている。
 日本も「科学技術創造立国」を目指し、国民のアイディアと創造力を確実に権利として保護することにより、新しい日本の活力の源とすべきである。そのために、特許裁判の迅速化や特許侵害に対する損害賠償額の適正化が早急に求められる。

司法の国際貢献
 日本の司法の果たす役割は、国際貢献における手段のひとつとしても重要である。
 一九九九年一月に中国を訪れた際、同国のある要人は、中国の発展のために日本の法律技術を学ぶことが大変重要だ、と話していた。アジアなどでこれから市場原理を導入する国々に対し、そのための法制度などの普及に努めるという重要な責任が日本には求められる。
 これまでの海外援助は、社会資本整備などのハード中心だったが、今後は法整備などのソフト面での比重を高める必要がある。法整備という国家の基本にかかわる分野で目に見える貢献を行なうことは、諸外国の日本理解を深めることにつながるだろう。
 これまでの政治に見られたように、問題が起きてから対処するのでは遅過ぎる。私は、以前から自民党内に司法制度調査会を設け、内閣に司法制度審議会を設置することを求めてきた。行政をスリム化する一方で、司法制度改革を早急に断行し、司法を質的にも量的にも拡充・強化し、二一世紀の大競争時代に備えることが必要である。