【政治宣言】二〇一〇年、目指すべき近未来


新しい「坂の上の雲」
 国家が進むべき目標を打ち立てられなければ、その国家は衰退期に入る。新しい「坂の上の雲」を目指すことが、二一世紀初頭の政治リーダーの務めであり、責任である。
 二〇世紀の日本は、列強に伍すという合い言葉の下に、欧米先進国を「坂の上の雲」と定め、「富国強兵」を旨として未来を切り拓いてきた。一時、強兵策の誤りもあって、国を敗戦に導いたが、この危機を脱することができたのは、第二次世界大戦後に根付いた民主主義と自由主義、そして、一世紀にわたって絶えず志向してきた富国策による経済発展のおかげだった。
 日本は経済大国に成長した。国民の英知と勤勉性の賜物だ。多くの資源を輸入し、技術革新に努め、付加価値をつけて海外に輸出しながら貿易黒字を確保してきた。そこから得られた経済的余力はODA(政府開発援助)という形で途上国に提供し、国の存在価値も高めてきた。ただ、安全保障政策においては、心理的コンプレックスが解消されず、世界の常識に追いつかなければならない部分を残しながら、世紀をまたぐことになった。
 新しい世紀に、新しい国家目標はあるのか。日本にとって、新しい「坂の上の雲」とは何か。
 二〇世紀には、英国の民主主義、米国の自由主義、フランスの文化主義、スウェーデンの社会保障制度などというモデル像があった。しかし、今や日本が理想とすべき国家像を他国に求めることはできない。日本は自ら世界の諸国家から「坂の上の雲」と仰がれる立場を志向すべきだ。自分の手で理想の国家像をつくり、掲げなければならない。
 そして、それを掲げることが本稿の目的のひとつである。
 目標は、二〇一〇年に置く。新世紀の最初の一〇年が二一世紀の飛躍への助走期間として位置付けられるだけではなく、自分自身が責任を持てる期間であり、この間に実行に移す理念・政策という観点から「近未来の日本」を論じたい。

キーワードは「品格」「活力」「安心」−憲法改正を視野に
 二〇一〇年の国家像のキーワードは、次の三つに集約される。
「品格ある国家」「活力ある経済」「安心できる社会」
 具体的には、平和主義を実践しつつ、経済を成長させ、国民一人ひとりが活き活きと暮らせる国家を目指すことだ。品格を有し、あらゆる面で国際貢献を行なう国家として、国際社会の敬意を得ることが肝要ではないか。
 まず、これまで国際社会において主体的に平和を創造する努力を怠ってきたとの反省に立ち、この面で評価される活動を開始すべきだ。そのためには、外交努力とともに、「平和創造」のビジョンが示されなければならない。
 たとえば、ここで提唱する「北東アジア非核地帯構想」は、そのひとつだ。旧ソ連の崩壊によって、極東ソ連軍の脅威は減ったが、同時に核の管理体制も崩れてしまった。また、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の核開発をどう抑えるかという問題にも直面している。この非核地帯構想は、アジアの多極的安全保障協力構想に発展させることも視野に入れ、当面、朝鮮半島、北方領土を含むロシア極東部、中国東北部の非核化を目指すことに主眼がある。
 アジア・太平洋の平和と安全を維持するためにも、日米両国のパートナーシップで安保協力を図るとともに、アジア諸国と安保対話を積み重ねることで警戒心を解きつつ、日本も信頼醸成など、安保の面で一定の役割を果たす必要がある。
 この際、国連憲章で認められている集団的自衛権の行使については、憲法解釈の拡大変更(解釈改憲)の手法によらず、たとえ時間がかかっても正攻法で、憲法九条改正によって認められるよう目指すべきだ。解釈改憲の繰り返しでは、国家基本法である憲法の重心が浮き、安定性を欠くことになるだけでなく、いたずらに日本国民や外国の不信を招くことにつながるからだ。

「国連尊重主義」への転換
 自国の平和のみを追求する「一国平和主義」では、世界からエゴイズムと非難されるだけでなく、日米対等のパートナーシップによる同盟関係を維持できない。幸い国会に「憲法調査会」が設置される見通しとなり、この問題について積極的に取り組めるような政治情勢が生まれつつある。国民の理解と認識が一定のレベルに達し、世論が成熟したとき、政治的リーダーシップを発揮し、憲法改正を図りたい。
 国際紛争を解決する手段として、国連決議を万能視する考え方は、米露英仏中の五大国の拒否権の存在を前提とすれば、必ずしも現実的ではない。その意味で、国連憲章に基づく正規の国連軍が発足すれば別だが、湾岸危機・戦争の際の多国籍軍のように、たとえ国連決議に基づく軍事行動であっても、憲法を改正して集団的自衛権の行使を可能としなければ、日本は武力行使を伴う軍事行動に参加できないと考える。私は、国連中心主義というよりも、「国連尊重主義」ととらえたい。
 一方、日米安保条約における事前協議の制度が持つ意味も重要視されなければならない。たとえば、日中関係が健全かつ正常であり、日本の平和と安全に重要な影響を及ぼさない限り、中国を当事国とする有事に対処するために日本の米軍基地から発進する米軍の直接戦闘行動に対し、「NO」があり得るというのが私の持論である。
 そして、二〇一〇年に、日米安保体制をベースにしながらも、日米中露を基軸として東アジアに集団安全保障のシステムの構築を模索すべきだろう。当面、ARF(アセアン地域フォーラム)の機能を強化拡充していくことが望まれる。

「円」の国際化
 経済分野でのビジョンとしては、「円の国際化」を推進しなければならない。
 南北アメリカではドルが基軸通貨の地位にあり、欧州ではユーロが基軸通貨として誕生した。今、アジアの基軸通貨として、円の役割が期待されている。日本経済は、GDP(国内総生産)で世界の約一四%、貿易額で約七%を占めているが、使い勝手が悪いこともあって、円による決済比率は約五%にとどまっている。日本はこの比率を高めることで、日本経済の比重を高め、より直接的にアジアの経済発展に貢献できるようになる。
 アジア諸国は、これまでのIMF(国際通貨基金)全面依存から脱却し、今後は「AMF(アジア通貨基金)」の創設によって、アジアにおける新通貨管理システムの構築を図るべきではないか。その際、日本はAMFに思い切って円を積まなければならない。

三%成長へのチャレンジ
 一九九八年から九九年にかけ、私はインドネシア、タイ、カンボジア、中国、マレーシア、ベトナムを訪れる機会があった。会談したインドネシアのハビビ大統領、タイのチュワン首相、カンボジアのフン・セン首相、中国の朱鎔基首相、マレーシアのマハティール首相、ベトナムのファン・バン・カイ首相らの関心はいずれも次の一点にあった。
「日本の経済はいつ立ち直るか」。
 その経験からも、日本経済のアジアに占める地位の大きさを改めて思い知ることができた。アジア諸国は日本経済の成長が力強いものに転じることを期待している。
 なかでも朱鎔基首相は「一九九九年度の日本の経済成長率は〇・五%というが、本当にその程度か。中国の経済成長率は去年は七・八%だった。今年は目標を七%に設定しているが、八%に達すると思う」と述べ、日本への期待感とともに、中国の経済成長への決意をうかがわせた。
 日本が経済再生に失敗したり、自国民だけが安定した生活をエンジョイするような内向きの対応を採ったりすれば、アジア諸国の失望につながる。それはODAへの期待だけではない。日本経済は、むしろアジア経済の六割を占める市場として期待が大きいのだ。
 サミュエル・ハンチントン米ハーバード大教授は、自著『文明の衝突』の中で、「物質的に成功した後に文化を主張することになる。ハードパワーがソフトパワーを生む」と述べ、一国が文明圏の中核として力を発揮するには、経済的成功が欠かせないとの見方を示している。
 金融システムの安定と内需主導の景気回復策だけでなく、供給サイドの構造改革を進め、日本経済に対する国際社会の信任を速やかに回復しなければならない。
 そして、日本はこの際、実質三%程度の経済成長にチャレンジすることを打ち出すべきだ。

科学技術創造立国
 日本が少子・高齢化していくなかで、この三%という数字を達成するには、国民の英知と努力と、強力な政策が欠かせない。何よりもヒト・モノ・カネの資源が技術進歩や生産性を向上させる方向で使われるよう種々の改革を推進することだ。日本が意欲的に「科学技術創造立国」を掲げ、国際社会の期待に応え、経済をさらに発展させるんだというメッセージを世界に発することが、特に重要だ。その結果、完全失業率は三%以下に抑えることができるだろう。
 女性や高齢者のパワーは、新世紀の社会を大きく変える原動力となるはずだ。そのためにも、ライフステージに応じて育児や介護で助け合い、ボランティア活動に励み、政治参加、社会参加できる仕組みをつくることが必要になる。老若男女を問わず、主体的に生きがいのある生涯が送れる社会の実現を目指すことにもなるからだ。その意味で、私が与党政策調整会議座長時代に成立したNPO(非営利活動団体)法は画期的意義を有している。
 さらに、経済的な豊かさを国民一人ひとりの生活の豊かさにつなげることが大切だ。生活が営まれる都市や住宅を変えなければならない。中心市街地整備もその役割を果たすだろう。空間をレベルアップするとともに、ゆとりのある生活時間を倍増する。経済社会の活性化の第一歩は、まともな都市や住宅をつくることから始めなければならない。
 また、経済発展を図る際、環境への考慮がポイントになる。環境は成長の阻害要因ではない。発想を逆転させないといけない。憲法改正の際に「環境権」の設定が命題のひとつになるだろうが、これまでの環境を単に現状固定するだけでなく、積極的に新しい環境を創造するという視点が必要だ。新しい環境への取り組みを、人心の安定や生活の豊かさ、さらに、新規産業と雇用機会の創出、国際貢献にまでつなげていくべきだろう。

適正負担・適正福祉
 社会保障の問題も経済成長と深い連関がある。高負担・高福祉か、低負担・低福祉かを問う前に、経済成長の果実をできるだけ大きくし、高齢化率が二七・四%に達する二〇二五年においても国民負担率が五〇%を超えないことを前提に、「適正負担・適正福祉」という考え方で資源配分を行なうべきではないか。
 そのためには公的な制度の守備範囲や役割をきちんと整理した上で、自立する個人を支援することを基本にしつつ、医療、年金、介護、育児、雇用などの役割を分担し、相互に連携する総合化された社会保障システムをつくり上げることだ。生活の豊かさは、国民が将来に向け安心感を持つことで実感される。年金や健康にかかわることは、広い意味での「ヒューマン・セキュリティ」と言ってもいい。
 こうした活動は、地方公共団体が中核的な役割を果たすことになる。地方公共団体は、必要な固有の財源、人材の確保が可能な制度を整備し、競争に耐える自立性を確立すべきだろう。将来的には、地方自治を尊重し、強化する趣旨から、「道州制」についても、憲法上の位置付けを含め、検討する時期にきているのではないか。

政治家のリーダーシップ
 一九九八年四月、自民党の政調会長として訪米した際、ルービン米財務長官らから日本の経済再生、金融政策に注文がついた。
「Too little, too late」
 これは一九九〇年から九一年にかけての湾岸危機・戦争の折にも聞かされた。少なくとも「too little」のほうは意図的な誤解にも満ちているのだが、これ以上、米政府要人らに言わせたくない台詞ではある。
 こうした時代、日本のリーダーに求められる資質とは何か。
 民主主義は、多くの人の意見を引き出すところに正当性と活力の源泉がある。一方、民主主義は時間がかかり過ぎるという指摘もある。そこで、物事を民主的かつ迅速に決定する政治手腕が大事になる。
 リーダーには、決断し、結果の責任をとることに最大の負託がある。必要な時機を逃さずに、物事を決めて実行する、決断に誤りがあれば、その責任をとる。それが本来求められるリーダー像のはずだ。こうした観点から、戦後政治史上で理想のリーダーに近いのは吉田茂(元首相)だろう。

国家目標の明示を
 吉田は、日本が独立を回復した際に多数講和を主張するなど、その見通しの確かさもさることながら、敗者ながら毅然とした態度を保ち、必要な時機に、責任を持って国家の運命を決めてきた。
 米国の保護の下での経済復興を優先させながら、朝鮮戦争勃発(一九五〇年六月)後は「再軍備否定・小規模軍備肯定」という国家の基本方針を決断したこともそのひとつだ。吉田は、その当時、「日本を含む朝鮮半島の非武装化」を提案する一方、陸上兵力で一〇万人規模の軍隊を考えていた。そして、一九五二年、講和条約と日米安保条約が締結されると、自衛隊の前身である警察予備隊を保安隊に改組している。こうした点において、国家戦略のわかる政治家だったと思う。
 政治家は、さまざまな決断に至る過程で何をすべきか。常に目線を国民の高さに合わせ、有権者の声を聞く努力を続けるとともに、民意の把握に努めなければならない。政治家は民意から離れた瞬間に失権するということを肝に銘じるべきだ。その上で、政治家には、正しい指導理念の下に、国民の進むべき方向を示す責務がある。国家目標の明示を怠ってはならない。

大局を見て決断
 私が政調会長時代、決断を迫られたのは、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)をはじめ、金融不良債権問題のシンボリックな存在だった住専(住宅金融専門会社)問題、金融システム安定のための公的資金導入問題などだった。
 いずれも国民の反対や抵抗が強かったが、それを実行したほうが結果的に国家国民のためになるというケースだったと言える。無論、国民を説得し、支持を求める努力を怠るわけではないが、一時的に国民の怨嗟の的になろうとも、大局を見て決断することも時に求められる。
 たとえば、住専問題。六八五〇億円の財政支出が国民の怒りを買った。しかし、放置すれば、毎年一兆円ずつ不良債権が増えていくのだ。湾岸危機・戦争のとき、多国籍軍の戦費に一兆三〇〇〇億円も拠出したのに比べても額は半分であり、戦費のように消えてなくなるカネではない。今も日本経済のどこかで血液となって循環しているはずだ。今となっては住専管理機構の実績に非を唱える者はいない。本当に思い切って財政支出を決断してよかったと思う。
 財政・金融分離問題にしても同じことが言える。民主党は国民受けを狙い、財政と金融の完全分離を求めている。しかし、これはもともと金融行政において検査と監督が一体になっていることが問題だったのに、いつの間にか財政・金融の一体が問題だとされてしまった。
 本来、財政と金融の一体性がないと、公的資金の導入もできない。財政の裏付けのない金融政策などあり得ないからだ。「金融庁」が検査・監督機能だけで独立し、財政機能と分断されてしまったら、金融官庁として機能しないのは目に見えている。しかも分離案は不良債権問題は今後発生しない、というのが前提になっている。
 この問題では、私は財政・金融の完全分離はしないと決断したが、その後、再び各党間で迷走している。私の判断のほうが正しいと今でも信じている。
 国際社会で強いリーダーシップを発揮するためには、国内で安定した強力な政権が必要なのは言うまでもない。これまで私は、そのために「首相公選制」の導入を主張してきた。議院内閣制の下、間接選挙で首相が選ばれるよりは、国民の直接投票で選ばれるほうが強く安定した政権ができると考えたからだった。
 しかし、この「首相公選制」導入論は、残念ながら今は私の心中で揺らいでいる。疑念が湧いたきっかけは、一九九五年の東京・大阪の両知事選でいずれも無党派を旗印にした著名人候補が初当選を果たし、直接投票の危うさを実感したことだった。したがって、単純な首相公選制ではなく、たとえば、国会議員三〇名の推薦がある者とか、出馬資格に一定の制限を付することも考慮すべきではないか。
 現行の議院内閣制でも、内閣制度を改革し、首相権限を強化すれば、強いリーダーシップを発揮できるのではないか。

対話型・新保守主義
 政治の「対立軸」という概念は、政治家自身、政治の潮流、政界における位置付けを見極めるだけでなく、他の政治家との違いを明らかにする上で有効だ。
 その意味で、現在、大雑把な対立軸として、「ハト・タカ軸」「大きな政府・小さな政府軸」が挙げられる。少し前には、政治手法の面で、「強権・対話軸」というのもあったが、旧新進党の解体によって、この対立は決着しつつある。
 こうした「ハト・タカ軸」「大きな政府・小さな政府軸」も含んだ伝統的な対立軸の概念として、「リベラル(自由主義)」か「保守(新保守)主義」かという価値観の相違がある。「保守主義」が現状維持を目的とし、資本主義的自由競争にむしろ懐疑的なのに対し、「新保守主義」は改革志向を持ち、自由主義的で、市場競争原理を貫くところに特色がある。結論から言えば、私の立場は「対話型・新保守主義」だ。
 今のリベラルは、「地方分権」を唱えつつ、社会的公正を図るために「中央政府」の役割に期待するところがある。本来のリベラルとは、自由放任主義を意味するリベラリズムから生まれたが、欧米ではニューディール政策以降、自由主義的な価値を擁護するため、むしろ政府を活用しようという立場に変わっている。
 日本では、リベラルは、原則として軽武装・経済優先路線だ。外交・安保問題では、国連安保理常任理事国入りに消極的で、国際貢献は非軍事が中心、一朝有事の際も、日米安保体制を前提とした必要最小限の個別的自衛権の発動に限定する立場に連動している。
 これに対し、新保守主義は、「市場と自由競争」を重視し、自己責任の原則を貫くという立場だ。日本では、「小さな政府」「効率」「規制緩和」という考え方の一方で、公共事業の必要性を主張する。国家主権の強化と自衛隊の充実を図った上、国際貢献にも、国連安保理常任理事国入りにも積極的だ。個別的自衛権、集団的自衛権の行使、集団的安全保障は相互に補完し合うものととらえる。憲法九条も機を見て改正するという立場につながっている。
 私は、自民、社民、さきがけの三党体制の下での政調会長時代、新保守主義の立場を前面に打ち出すことは避けてきた。当時、自社さ連携路線の維持か、「保・保連合」路線を志向するかという路線の対立が激化し、無用な摩擦が起きたためだった。
 しかし、二〇一〇年の日本、そして、国際社会の動向を考えれば、時代の風潮となっているトップダウン依存型ではなく、合意形成を粘り強く追求する「対話型・新保守主義」の立場を選択すべきだろう。

新しい未来を拓く
 ひるがえって、今の日本、日本人、日本社会はこのままでいいのか。少なくとも、日本人は「豊かになり過ぎた社会は必ず滅びる」という歴史的法則をどう打ち破るかという問題意識を持つべきではないか。
 少子・高齢化時代においては、定年制延長、女性の就業意欲の充足を考え、むしろ健康で活き活きした人生に占める「勤労の価値」を見出したい。大学進学にはあまりこだわらなくてもいい。進路の選択は多様でいい。若い人たちがもっと早く社会に出て働いてもよいのではないか。
「科学技術創造立国」を実現する計画が進み、幅広い人材の養成が核となっている。これにより、とりわけ技術系の人たちや、ソフト、ハードを問わず豊かな創造力を尊重する機運が生まれてほしい。
 しかし、今の日本にとって、本当に憂慮すべきは、豊饒の中で「精神的貧困」が拡大していることかもしれない。たとえば、敬老精神、親孝行の美徳は古いものとして失われつつある。これらは、もう一度、大事な思想として取り戻すべきものではないか。介護保険制度の導入でもこの伝統的な国民精神をベースとすべきだ。青少年非行の増大も、貧困の時代とは比べものにならないほどひどい。「家族愛」「社会的責任」の思想が大切であり、社会的秩序の再構築が必要だ。並行して、知育偏重を正すような教育改革の断行も望まれる。
 日本社会は、権利を主張する向きばかりで、義務が置き忘れられているのではないか。義務を果たすことで、めぐりめぐって自分の権利を守ることができるのである。憲法第三章には国民の権利の保護規定ばかりが並べられており、義務は納税、教育、勤労の三つしかない。たとえば、国家を守る義務、環境保全の義務などをどう考えるか、憲法改正時の論点となるのではないか。
 もともと国家と国民は対立概念ではない。国家の担い手が国民なのは言うまでもない。国民が国家に対して要求ばかりすれば、国民に自立性が失われ、国家の活力が失われる。国家の負担は国民の負担でもある。国家のレベルは、それを構成する国民の自立度、成熟度によって決まることを忘れてはならない。

 歴史認識の問題も重要だ。第二次世界大戦で、国家の主権、民族の独立というかけがえのないものを蹂躙した侵略行為は、当然、反省しなければならない。しかし、その一方、アジア諸国に対する謝罪外交からも脱却しなくてはならない。その点、韓国の金大中大統領が未来志向の日韓関係を構築しようと主張していることに敬意を表したい。今や過去の歴史を乗り越え、新しい未来を切り拓く時機にきている。
 その際、押さえておかねばならないのは、国家という秩序の有効性だ。近年、一部に国家という単位を疑うべきだという論調がある。地域統合体や国際機関などが世界を動かし、国家の役割が相対的に小さくなるという主張もある。たしかに、国家を構成していた民族や宗教や経済単位が国家の枠を超えて流動化しており、グローバリゼーションの波は不可避に見えるが、国家という基本単位は二一世紀も間違いなく存続する。
 健全なナショナリズムがないところに、真のインターナショナリズムもない。