第27回オリンピック・シドニー大会
女子ソフトボール銀メダリスト
宇津木妙子監督、宇津木麗華選手×山崎 拓

シドニーオリンピックで、破竹の勢いで勝ち進んだ日本女子ソフトボールチームを率いていたのは、可憐なほど華奢な身体の中に、燃えるような闘争心をみなぎらせた宇津木妙子監督。3本のホームランを放ち、銀メダル獲得の牽引車となった宇津木麗華三塁手。 仲間を信じ、自分自身を信じて闘い抜いた2人が、応援団長ともいうべき山崎拓(ソフトボール振興議員懇談会会長)の前では、笑い転げる普通の女性に変身。みずからピッチャー兼監督として草ソフトボールチームを率いる山崎拓と、オリンピック、スポーツ、人生、そして闘いについて語り合った。
※10月25日、東京・品川プリンスホテルにて

「世界から優秀な方が来て、日本の国を何とか滅びないよう」 山崎拓

山崎拓: どうもおめでとうございました。
宇津木(妙・麗): ありがとうございます。
山崎拓: すごくいいチームワークで、監督の手腕と日ごろのチームの掌握に敬意を表します。それから、宇津木麗華選手はホームラン三本も打ったね。ソフトボールでホームランを打つのは難しいことはわかるんですが、球は大きいし、なかなか打てませんが、いいところで打ってくれました。
宇津木(妙): 先生もソフトボールをやられてるということを聞いたことがあるんですけれども。随分熱心にやってらっしゃると。
山崎拓: ええ。私はもちろんレベルが違いますけど、毎週日曜日にやるんですよ。この前の日曜日にソフトボール大会、五〇チーム参加してやりまして、優勝戦まで行ったんです。ピッチャーで六試合完投しました。決勝戦でめった打ちに打たれましたけど。(笑い)ソフトボールの市民権というんですか、確保されたという感じがしますね。市民的なスポーツなものですから、みんな、親しんではいるんですけど、オリンピックの正式種目で日本が銀メダルまでいただいたということは誇りに感じますし、これからソフトボール人口は一挙に増えるんじゃないでしょうか。
宇津木(妙): 向こうに行ってる間は、ただゲームで集中してましたから、日本の様子はあまりつかめてなかったんですよ。帰ってきてから、ソフトボール関係者以外の人もすごい反応して、本当に驚いてるような、今、そんな状態なんですけどね。
山崎拓: 女子ソフトボールは、最近、若干人口が減ってたように思うんです。男子の場合、草野球じゃない、草ソフトボールのレベルですけど、福岡では町内会ごとにチームがあってすごく盛んですけど、女子のチームはどうも減ってたんですよ。それがまた増え出しました。女子ソフトが男子ソフトより盛んになるかもしれない。
宇津木(麗): はい、そうだといいですね。
山崎拓: 宇津木麗華選手はソフトボールの名選手ということだけでなくて、中国のご出身で、日本の国籍をおとりになって、日本の選手として活躍していただいた。麗華選手は中国のためにも日本のためにも頑張ったと思うんですが、日本の国民にとっては、麗華選手がいないと、銀メダルはとれなかったでしょうし、そういう意味で国民として感謝しております。
宇津木(麗): ありがとうございます。
宇津木(妙): オーストラリア戦でホームランを打ったとき、中国でもテレビに流れたらしいんですよ。もと中国の選手が?ということで放送されたときに、お父さんもテレビを見てたらしいんです。ここまでよく?私自身、すごいほっとしてるんです。アトランタのときは国の問題もありましたから、今回は正式に出れたけれども、かなりいろんな障害がありました。本人も手術したりして。その中で日本のためにやった。結果的には、中国でいろんなことを学んだ、そのソフトボールが今、こうできたということは、中国の人も喜んでるんじゃないかなと思ってるんです。今回、中国に帰って一応全部にあいさつをして、報告だけはしてこようかなと。
山崎拓: 民族意識ということもありますが、国家意識というかね。私ども政治家にとっては大事な要素でして、これからは日本の国は多民族国家になっていくと思うんですね。中国の方やその他の国の方がたくさん日本に入ってこられて、国籍をおとりになって、日本の国民として活躍していただけるんじゃないかと。その代表選手としてとてもいいことをしてくださったと思います。日本民族だけでは日本の国はやっていけなくなりますので、世界から優秀な方が来て、日本の国を何とか滅びないように、衰弱しないように、人材として国民としてご活躍いただきたい、そう思ってるんです。 「帰化してよかったなって、全然後悔も何もありません。」宇津木麗華
宇津木(妙): 前回、アジア大会のときに旗手を任されて、そのときに本人も「やっと日本人として認めてもらえたのかな」みたいなことを言ったことがあるんですよ。でも、気持ちの中ではやっぱり中国。この子は本当に祖国愛というか、国を愛してますし、それでいて日本の国籍をとって、日本のために、ソフトボールのためにやってくれたというのは、すごく大きいと思うんですよね。これからどういうふうな生活をしていくか、わからないですけれども、みんなに認めてもらったというのはすごく大きいと思いますよね。前回行くときにも、議員さんの集まりのときに山崎先生にファンだって言われてすごく喜んでましたし。
山崎拓: ファンですよ。前回出られなかったから残念に思っていました。
宇津木(妙): だから、そういう点ではいろんな方に支えられて、今、本人が?感謝しています。これから、今度は指導者としても、私はやってほしいなという気持ちはあるんですけどね。
山崎拓: 大きな穴ができますからね。ポスト宇津木麗華というのは難しいと思うんですね。ひとりで何人分も活躍されたから。バッティングだけじゃなくて、守備ももちろんそうだし、みんなをまとめるというのもそうだ。ひときわ大きな存在ですからね。
宇津木(妙): こういう選手をこれから育てていかなきゃいけないので大変だと思いますが、この子のいいものをどんどん若い子たちに?の中で今度は指導の立場でやっていってほしいなという希望もありますし、まあ、四年間、まだまだ現役でやれるかというのは、これは今の選手に何人かいるんですが、私としてはやってほしいなと思うんです。体がどうなのかなという感じです。
山崎拓: 後継者を育成しなきゃなりませんね。このぐらいのクラスの選手って簡単には育てることはできませんからね。
宇津木(妙): 技術だけじゃないですね。メンタル面がよっぽど強くないと、なかなか?。中国から日本に来ること自体が、来て三カ月ぐらいたって全身にジンマシンができたときは本当にかわいそうだった。そういういろんなことを経験して、今、十三年になりますが、私たちには考えられないぐらいな自分との戦いとか、周りの環境の変化とか、そういう点ではかなり苦労したと思います。
宇津木(麗): やっぱりオリンピックに出てよかったと、自分でもすごく日本の皆さんにも感謝してるし、また、こういうふうに幸せをいっぱいくれる人たちにもすごく感謝してるし、帰化してよかったなと思いました。途中、悩んだときもありますし、帰化して本当によかったかなとか思うときもありました。でも、今回、オリンピックが終わって、少しでも皆さんの力になって、また、皆さんが自分のことをすごい評価してくれたこともすごく感謝してるし、帰化してよかったなって、全然後悔も何もありません。
宇津木(妙): いろんな選手を見てるし、また、いろんな人とのつき合いが私も幅広くありますが、この子は日本人よりも日本人的な、よく気がつくし、情にもろいところもあるんです。育った家庭環境も素晴らしいんでしょうが、勉強させられる部分ってすごくあります。かといって、考え方は大陸的な考え方をしてますしね、そういう点では、いいものをたくさん持った選手だと思います。でも、わがままで、気は強いし、言うことをきかないんですよ。
山崎拓: 気は強いでしょうね。気が強くないと始まらない。(笑い)
宇津木(妙): 全権を任されたから、まあ、性格的に強気に出るタイプだし
宇津木(麗): 宇津木さんの下だからよかったという感じなんです。あんまりいろんな人に指示されるのはきらいなんですよ。自分がすごくこの人を好きとか尊敬している人に言われると何でも、あとは自分で考えてやるほうですから、指示されるのはあんまり好きじゃない。だから、来たとき、日本の皆さんとか、選手とか、何でも「はい、はい」って言ったとき、何でみんな「はい、はい」って?。確かにすごい素直さ、すごいなと思うんですけど、でも、自分はそういう「はい、はい」はなかなかできなかったんです。でも、宇津木さんには何でも「はい、はい」と言いました。ほかの、例えば前回のアトランタ・オリンピックへ行く前まで結構いろいろ言われたりとかして、「えー?本当にみんな勝つ気持ちあるかな」とか、そういうのをすごく考えたけど、今回のチームをつくったとき、前回と全然違いますし、やっぱり宇津木さんの指導力ってすごいなと思いました。
宇津木(妙): 今回は、全権を任されたということが、私にとっては、まあ、ある種、犠牲にした部分はいっぱいありましたが、でも、そういう点では、選手に対しても私生活の中からグランドまで管理してやらせてもらったおかげだと思ってますね。そういう中でメダルがとれたというのは、いろんなバッシングはあったけれども、すべて、苦しいと思ってても、誰も助けてくれない。ゲームでもそうですよ。選手がバッターボックスに立つと、私たちはアドバイスは言えても、結局、頼れるのは自分しかいないということで、個々の選手たちが自分たちの持っているものをすべて出し尽くせたんじゃないかなと。最後の決勝戦は、自分の中で、シドニーへ行ってあんなに迷ったのは初めてですね。特にピッチャー起用は、みんなは結果なんだよって言いますが、もうひとつ早い交代とか?。麗華が打った時点で、あそこでもう気持ちの中では高山(樹里投手)って自分で決めてたんですよ。点取ったら高山って。で、すぐブルペンに電話を入れて「高山、行くよ」と言ってたのにもかかわらず、延ばしたんですよね。その気持ちが、増淵(まり子投手)と私の迷いが一つになってたと思うんですよ。で、結果的には攻められなかったというか、ああいうボールが行ったと思うんです。バッターも前の打席でもよかったんですけどね。だから、一球の怖さとか、ひとつ迷ったこととか、その前の日も、私、ずっとピッチャーは悩みながらやってましたね。その前までは全部、思うようにポンポンポンポン、ピッチャーを交代してやってきて、それがうまくいってたのに、あの決勝戦だけは自分でもいまだにわからないですよね。何で替えなかったんだろうと。だから、レフトがエラーしたとか何とかじゃなくて、あそこでのピッチャー交代というのが敗因につながったし、ゲームの怖さというか、何が足らなかったのかなって、これから自分のチームもそうですが、勝負に対しての執念というか、勝つためにはということで、選手以上に私自身、すごい反省させられたゲームでしたね。
山崎拓: 今のお言葉は非常に参考になる。我々政治家は、指導者によって国の運命が変わるわけですから、国民の運命も変わっちゃうんで、判断の誤りがあっちゃいけないということをね。誤っておられたかどうかは別としまして。政治だって結果はわからないんですよね。あの判断はよかったか、この判断は悪かったかということはわからない。指導者の判断、結論というものが重要だということを、今のお話を伺いまして、参考になりました。
宇津木(妙): 私も全権を任されたから、まあ、性格的に強気に出るタイプだし、他人が何を言っても、気にはしますけど、やるべきことをやればいいというような形で、選手にシドニーに行く前にお墓参りに行かせたりとか、何しろ、やりましたね。そしたら、選手にこう言われました。「お父さんのところもお母さんのところも実家が遠いけど、そこまで行くんですか」「いや、お線香でいいから、家に帰ってやればいい」なんて笑ったこともあるんです。それぐらい、そういうところから、みんな応援してもらってるんだからという話をしながら、やったほうがいいなということは全部やらせて、十七日からゲームがある、十六日までやるべきことをやって、あとは伸び伸びやらせようと思ってやりました。でも、ゲームの中では大変だったですよ。裏の話だけれども、怒ったり、笑ったり、泣いたり。でも、終わってみたら、選手にはすごい感謝してますし、協会の役員の方にも、男性の監督がいる中で私に賭けてくれた会長や役員の方には感謝してます。
山崎拓: チームワークがよかったですよ。外から見てもわかりましたよ。心をひとつにしてやってらした。
宇津木(妙): 確かに周りから見たら、何であんな選手を入れたんだというのが多かったですけど、でも私は、三拍子はみんなそろってはいなかったと思いますけど、メンタル面では 一番強い子たちの集まりだったと思います。目的意識もしっかりしてましたし、自分の仕事というのをみんなわかった中で、かなり犠牲を払ってやった子もいました、そういう点では最高のチームだったと思います。 山崎拓:そんなに体は大きくなかった。麗華選手が一番大きいでしょう。
宇津木(麗): 斎藤(春香外野手)や山路(典子捕手)なんかはもっと大きい。
山崎拓: もっと大きい人がいましたかね。(笑い)
宇津木(妙): でも、この子、ユニフォームを着ると、すごく大きく見えますね。(笑い)最後は、オーストラリアもカナダも中国もみんなが、キューバの選手なんかも応援してくれて、終わって泣いて、日本が一番だ、一番だってみんな言ってくれたんですよね。あれは感激しました。
宇津木(麗): いえ、結婚して。最近なんですけど。
宇津木(妙): 山崎先生が麗華のファンだって言ったとかって、この子、すごい得意になって
山崎拓: 日本では大さわぎで応援していましたよ。
宇津木(麗): 選手村の中では情報とか、誰も入れないし、わからない。テレビとかあんまり?。
宇津木(妙): そうみたいですね。番組を変更してソフトボールを中継をしててくれたって言ってました。
山崎拓: みんな寝不足になった。だんだん盛り上がっていってね。宇津木という姓は非常に有名になりましたよ。二人、宇津木がいるということで。
宇津木(妙): 初め、この子が宇津木という姓を選んだのは、一番耳なれしているということだったんです。どこへ行っても宇津木というのが一番、聞いてもすぐわかる、反応も早いということと、監督は選手時代もなし、これから有名人にはなれないから、私が宇津木を有名にするとあいさつした。
宇津木(麗): みんなの前でそういうふうに。(笑い)
宇津木(妙): で、母にもお世話になったということで、「いいですか」と言って、「ああ、もうどうぞ、どうぞ」みたいな感じでね。だから、母もすごく喜んでますよ。
宇津木(麗): 宇津木になった後、監督のお母さんが私の貯金通帳をつくって、毎月、貯金してくれてる。
宇津木(妙): この子が来て、すぐ、郵便貯金みたいなのをね。結局、孫もいますが、満期になると、もうだめなんですよね。すると、この子の名前で隠してあってね。私もうれしかったですよ。でも、この子の人徳ですよ。性格的なものもありますが、みんなに愛されてるし、「日本人はこういう人ばっかりじゃないんだよ」と言っても、悪い印象を持った経験がない。本当によくされてるんですよね。そういう点では、指導していく中でいろんな経験、もっと山があったり谷があったりしてもいいんじゃないかなと思ってはいますけどね。
宇津木(麗): あんまり自慢するのとか好きじゃないんですけど、この間、うちで、お母さんは政治のテレビをよく見るので、私もよく見るので、山崎先生を見たとき、「前、一緒に写真を撮りました」と。
山崎拓: テレビに私が出ていたのを見たわけですか。
宇津木(麗): はい。見たとき自慢した。きょう、帰ったらまた自慢しないと。(笑い)
宇津木(妙): オリンピック前に議員連盟が開いてくださった壮行会で、山崎先生が麗華のファンだって言ったとかって、この子、すごい得意になってそれをあいさつの中でも言ってたんです。本当に幸せだよねと言ってね。
宇津木(麗): あと、いろんなところでスポーツ教室をやってって言われても、いつも断るんですけど、今回だけ十二月二四・二五日に福岡でやるんです。
山崎拓: そうですか。それはよかった。私、福岡県ソフトボール協会の会長でもあるんです。
宇津木(妙): 招請状の会長の名前が山崎先生だったんです。これはお断りできないって。(笑い)
宇津木(麗): 今までほとんど断ってます。
宇津木(妙): そうです。山崎先生じゃなかったら、そこまでは行かない。
山崎拓: ありがとうございます。
宇津木(妙): 九州女子にいいピッチャーがいるんですよ。福岡で優勝したんです。その子は今、ナショナルに入ってもかなりいいでしょう。二年のときに体育の時間に腰を打って、私、治ればこのシドニーに連れていきたかったんです。ピッチャーでは最高ですよ。高校生ですけど。ドロップもチェンジアップもなかなかです。きのうまでウチに来てたんですが、来年入ることになって、これは楽しみですよね。だから、アテネでは、ケガさえなければエースで。
山崎拓: ライズボールというのはオリンピックで初めて知りましたよ。
宇津木(妙): この子のは随分上がります。高校生ではキャッチャーが捕れないから、パスポールで負けたりしてたんですよ。今回の国体は優勝して、よかったですよ。今度、ぜひ福岡に行ったときに一緒に。ソフトボール指導に行くんですから。
山崎拓: 歓迎します。もし時間があったら、ぜひお会いしましょう。今日はどうもありがとうございました。
宇津木(妙・麗): ありがとうございました。