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中央公論:私が考える平成憲法「前文」
「中央公論 6月号」 中央公論新社
 
自民党幹事長 山崎拓  
 
国際法で認められている主権国家の自衛権行使のため、陸海空の三軍を持つことを明記すべきです。「新憲法前文案」は、何よりも簡潔であるべきで、解釈が分かれるものではいけません。  
 
●「国家のあるべき姿」の議論を  
 
 憲法が規定するのは、「国のかたち」であり、「国家目標」にほかならないのです。  
 そこに何を盛り込むか。現在の憲法をただ修正するのではなく、私は「国家のあるべき姿」を根底から徹底的に議論し、その成果を積極的に憲法に明記すべきだと思います。  
 とりわけ「前文」は、憲法の根本の思想・精神を表すものであり、何よりも簡潔で、解釈をめぐる議論を呼ぶことのない文章であるべきだと考えます。以下に挙げる「新憲法前文試案」は、日本語以外の言葉にした場合にも、その精神が直截に伝わるものであるように心掛けたつもりです。  
 
【新憲法前文試案】  
 
 日本国の主権者は日本国民である。国政は正当に選挙され、国民の信託を受けた代表者によって担われる  
 日本国民は、世界平和の維持に努め、積極的に国際貢献を果たす。日本国は主権と独立を堅持し、国際社会の一員として平和主義を貫き、国家間の共存共栄を追及する。  
 日本国民は、基本的人権が尊重され、活力に満ち、安心できる社会を目指す。権利は義務を伴い、自由は責任を内包する。国民間の権利は、時に、公共の利益の観点から調整される。  
 日本国民は、連帯して共生の理念を重んじ、日本の歴史と伝統、固有の文化、美しい国土を大切に守り育て、自立した個人として社会に奉仕する精神を発揮する。  
 日本国民は、内外にわたり道義を重んじる国家の実現を誓う。  
 日本国の最高法規として、この日本国憲法を制定する。  
 
●三原則と独立の堅持を謳う  
 
 私の前文試案では、第一に、現在の憲法の根底をなす三原則、「国民主権」「平和主義」「基本的人権」を継承することを述べるとともに、現行憲法では明文化されていない「独立の堅持」を謳い、日本人が日本という国家のまとまりで生きていくことを明示しました。  
 憲法を貫く基本的考え方であるこの三原則は、国民の間に定着しています。平和主義に関しては、国際平和に対し、受身であってはならないことを確認し、平和のための国際貢献がややおろそかになっている現状を改めたいと思っています。平和は自力で勝ち取り、維持すべきものであり、日本国民はそのための国際貢献を果たすことを明確に意思表示すべきだからです。  
 現行の外交・安保政策は、「決して軍事大国とならない」「専守防衛に徹する」「非核三原則を守る」という基本方針の下に成り立っています。この基本方針に、「国際貢献のため、国連の平和維持活動に積極的に参加する」という項目を追加し、この国際貢献のくだりは憲法の条文にも明記すべきだと考えます。  
 
●安全を確保する哲学を  
 
 二〇〇一年の米同時テロ、北朝鮮による不審船事件は、有事法制が不可欠だとの空気を生み出し、ようやく「武力攻撃事態平和安全確保法案」が国会で審議されるようになりました。この機会に、安全保障に関し、揺らぎのない方針を示しておくため、新しい独立国家の憲法として、次の三点を提案したいのです。  
 第一に、平和主義を貫くことです。国家の主権と独立を守る時を除いて戦争をしないというのは、当然の原則です。国際紛争を解決するための武力行使は決して行わないという規定は残します。  
 第二に、国際法で認められている主権国家の自衛権行使のため、陸海空三軍を持つことを明記すべきです。現在の自衛隊を憲法上、軍隊としてきちんと認知することが必要です。  
 その際、憲法上、「集団的自衛権」の行使が認められることになりますが、安全保障政策上、その行使に制限を加えるため、例えば、日本の平和と安全に重大な影響を与える周辺事態に限定して認めてはどうかと考えます。地球の果てまでも米国とともに戦おうというようなタカ派的発想はとるべきではありません。  
 第三に、内閣総理大臣の最高指揮権を明記し、シビリアン・コントロール(政治の軍事に対する優越性)を確立すべきです。  
 
●権利は義務を「内包」する  
 
 基本的人権については、尊重することと同時に、義務と責任について述べ、「公共の利益」(現行法では「公共の福祉」)との調整に触れました。  
 現行憲法は、西欧近代思想の文脈を受け継いでいるだけに、国家は専制的で個人の利益を侵害するものだという考え方を前提とします。しかし、これからの憲法改正論議は、そこから脱却し、日本という国家のあるべき姿を追求し、国益と国民益の関係をどう調和させるかという観点から考えるべきです。  
 一方、プライバシーの侵害など、国民がほかの国民の基本的人権を侵害するケースも珍しくなくなっています。表現の自由などの自由権に関しては、「共生」という観点からも、国家に国民個人間の権利を調整する機能を持たせるのは当然です。  
 行きすぎた自己中心主義、はき違えた個人主義は、公共の利益に反するのです。憲法上の国民の権利ばかりが強調され、本来、表裏一体であるはずの権利と義務のバランスがゆがんでいることを率直に反省すべきです。権利と義務、自由と責任を対立した関係と捉えるのではなく、まさに互いを「内包」する理念として捉える考え方をきちんと打ち出すべきだと考えます。  
 
●「道義国家」を目指して  
 
 また、現行憲法にはない「環境の保全」については、「共生」という言葉を用いて、同時に文化の苗床である美しい国土の大切さを述べ、新しい価値観として導入を図りました。  
 またNPO(非営利組織)など自立した個人の公的な活動への国民の参加を促しています。そして日本国民の精神的源流たる「道義」をわきまえて生きるべきことを明示しました。  
 今の日本人は、国家目標を失い、「さまよえる日本人」と化しています。このところの各種企業犯罪、頻発する少年犯罪、幼児虐待などには、モラルの喪失という段階を超え、日本という社会そのものが壊れていくのではないかという感覚にさえ襲われます。  
 日本にとって、これまでの「経済大国」に代わる国家目標を定め、「国家への帰属」と「国民的連帯」を誓うことが必要です。  
 とりわけ重要なのは、国を守る義務、愛国心などというアイデンティティー、「共同体のきずな」をどう創り、どう育てるかという問題です。  
 そのため、「国民主権」「平和主義」「基本的人権」この三原則を踏まえ、新たに、内にあっては「社会奉仕」、外にあっては「国際貢献」という道徳性の高い国民精神を謳い、これを体現する「道義国家」を目指すことを提案しています。  
 具体的に「道義国家」をイメージしてみましょう。  
 国内的には、社会が公徳心、社会奉仕の精神に満ちあふれ、国民が弱者に対するやさしさを身につけているという国家です。言い換えれば、国家が国民の権利を侵害するという考え方が払拭され、国民それぞれが個人の権利を守り合うために国家があると感じ、公共の利益、社会全体の福利を軽んじないということになります。  
 対外的には、一国平和主義を脱却し、ヒトもカネも出して、国際平和を守るとともに、政府開発援助(ODA)によって経済協力を行い、国民は平和維持活動に従事する人たちに敬意を払いつつ、精神的にバックアップするという国家です。  
 
●国民が共有する憲法議論を  
 
 私は二十一世紀の最初の憲法記念日に、憲法改正についての考え方を『憲法改正』(生産性出版)と題した小著にまとめました。二十一世紀を担う若い世代に向け、憲法論議にできるだけ参加してほしいというメッセージを込めました。自分と自分の周りの社会の現状がどうなっているのか、いかにあるべきなのか、一緒に考え、悩んでほしいと考えたからです。  
 きっかけは「居酒屋トーク」でした。  
 二〇〇〇年の総選挙の直後、福岡や東京の居酒屋で、月に二回程度、二十代から四十代の比較的若い世代と政治談義を展開したことがありました。その時、参加メンバーに、政治意識が高い割に、憲法にあまり関心がないことが気になったのです。中には現行憲法が一九四六年の制定以来、半世紀の間、一度も改正されたことがないことを知らない人もいました。  
 新しい価値観の下で、憲法改正論議を国民レベルで盛んにすることが大切だと痛感した次第です。それが「憲法」の存在意義を国民の中に定着させると同時に、二十一世紀における日本の新たなアイデンティティーを創造するという政治的意義を持つことにもなるからです。  
 
●憲法改正は新しい文明の創造  
 
 それから一年。衆参両院の憲法調査会の議論も三年目に入り、憲法論議も深まってきました。『読売新聞』(四月五日付)の全国世論調査によれば、憲法を改正するほうがよいと考えている人が五七%に上っています。ただし、戦争放棄や戦力不保持を定めた憲法九条の改正については、賛成が四二%にとどまっています。  
 憲法改正の論点は多岐にわたりますが、九条改正が憲法改正の核心部分であって、これを改正すべきだという人が三分の二を超えることが望ましいのです。私に言わせれば、九条を抜きにした憲法改正はあまり意味がありません。  
 『読売新聞』(三月二十二日付)の国会議員アンケートについても同じことが言えます。七一%が憲法改正に賛成ですが、九条の改正については五五%の賛成にとどまりました。  
 残された三年間に議論が成熟し、九条改正を盛り込んだ新憲法草案が超党派でまとまることを期待します。その間に実施される総選挙は、各党が自らの試案を掲げて国民の判断を求める機会になりますが、そこで九条の改正が打ち出せないと、憲法改正自体が空虚なものになってしまうからです。  
 憲法改正手続きの「国民投票法案」についても、当初、今通常国会に議員立法で提出する動きがありましたが、与党内にも慎重論が根強く、実現が危ぶまれています。改正の手続きに欠陥がないように事前に手当てすることが目的なのですが、この面ですら、クリアするのが大変だと実感させられます。  
 しかし、少しずつ「平成憲法」の制定に向けての環境が整いつつあるとの感を深くしています。後は、国民世論の盛り上がりに期待するのみです。憲法改正によって、新たな国家目標を樹立し、国民が一丸となって、その目標に向かうことが、そのまま新しい文明の創造ともいうべき作業になると信じます。  
 
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