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月刊 自由民主 「憲法改正」について
月刊自由民主 平成12年6月号
国連憲章は集団的自衛権も主権国家固有の権利として認めている。だが日本政府の憲法解釈はこれを否定する。この“問題”を解決するために、自衛権自体の検討に入るべきである。  
 
二〇〇〇年の通常国会から、国権の最高機関である国会の衆参両院に憲法調査会が設置され、建設的な憲法論議がスタートした。論議は憲法の制定過程から始まっているが、五年をめどとする調査機関の間に健全な憲法改正論議が進むことを期待したい。  
 
私は一九九九年夏、自民党総裁選挙出馬に向けて出版した「二〇一〇年日本実現」=近未来への政治宣言=と題する拙者の中で、二十一世紀初頭の主要な政治課題として憲法改正に取り組むべきことを主張した。  
 
その折、総裁選立候補者(小渕恵三、加藤紘一両氏と私)に対するマスコミ各社の「あなたの最も尊敬する政治家はだれか」というアンケートに答えて、躊躇なく故広田弘毅氏と故緒方竹虎氏の名を挙げた。両氏とも母校福岡県立修猷館高等学校の大先輩に当たるということもあるが、広田氏の極東裁判における無私の心境に畏敬の念を禁じ得ず、また、緒方氏の馥郁たる大人物の風格に憧憬の念を抱き続けてきたからである。  
 
 一九九五年(昭和三〇年)五月修猷館高校で創立七十周年記念式典が行われ、その緒方氏の記念講話があった。私は卒業直後で残念ながら拝聴できなかったが、速記録によると、その中で緒方氏は次のように述べている。ちなみに緒方氏はその半年後の同年十一月、保守合同によって自由民主党が誕生した際の立役者の一人になっている。  
 
「今日、われわれは『憲法改正』ということを申しております。憲法改正の理由の一つは、その憲法が占領軍によって強制されたというその事実があまりに露骨になっている。その強制されたものを、日本の国会におきまして、一応正規の手続きを踏んで制定いたしたものに違いないのでありますが、その強制された道筋が余りにはっきりしている。これでは私は国民の独立の気魄というものが浮かんで参らないと思う。そういうわけで同じ憲法を起草するに致しましても、これを自主的に検討いたし、もういっぺん憲法を書き直す必要があるというのがわれわれの趣意であります。  
 
終戦直後に当時の幣原内閣は『帝国憲法』を改める新憲法を占領軍の要請によって書き下ろしかけて、その将に稿を終わらんとするときに、占領軍の方からいまの憲法の草案を示され、そしてこれに二十分間の猶予を与える内閣において一応の検討をして『イエス』か『ノウ』の結論だけを示せ、ということを言って参った。これは当時の憲法起草に当たっておりました松本丞治博士が、自分から自由党の憲法調査会に来られまして話をされた、その話の内容であります。松本博士は極めて穏健なる学者でありますが、この穏健なる学者であるにもかかわらず、松本博士が占領軍の態度を如何にも腹に据えかねて曰く、  
 
『その憲法の修正にやむを得ざる事情で応じはしましたけれども、自分はそれ以来、日本の憲法は見る気がしない。どういう憲法が結局において起草されたかということについて自分は知らないのだ。その憲法は次で枢密院が占領下の余儀ない事情によって賛成した。しかしながら、美濃部達吉博士は最後まで断じてこれに賛成しなかった。  
 
 美濃部博士と申しますれば、戦争中あるいは戦前におきまして、天皇機関説の支持者であるということで、かなり批判をされた博士でありますが、私は、美濃部博士ほど背骨の通った学者はほとんど外になかったと考えます。この美濃部博士は、色々な圧迫があったにもかかわらず最後まで枢密院において絶対にその憲法の草案に賛成できないとして、最後の採決に当たりましても、博士だけは起立しなかった。』  
 
 ということを述べられたのであります。  
 
 こういう憲法というものは、なんとしても私は改正しなければならないと思う。日本の国家興亡の基本をなしておりますこの憲法が、そういう沿革を経たということが国民の間に浸潤しておりましては、国民の独立の気魄というものは私は湧いて来ないと思う。そういう意味におきまして、私共は憲法の改正を唱えておるのであります」  
 
 「日本国憲法を生んだ密室の九日間」(鈴木昭典著、創元者刊)という好著を読むと、緒方氏の言うように、日本国憲法の原案は一九四六年二月四日から十二日までの僅か九日間にGHQ(連合国総司令部)民政局の二十五人のメンバーによって書き上げられたものということが分かる。  
 
 メンバーの中心となったケーディス陸軍大佐に対し、ホイットニー准将を通じ、予め示されたマッカーサー最高司令官の憲法改正の三原則(マッカーサー・ノート)は、‥傾沈の存続、∪鐐菠棄、I建制度の廃止―である。  
 
 戦争放棄の部分だけ詳記すると、次のようになる。  
 
 「国権の発動たる戦争は廃止する。日本は紛争解決のための手段としての戦争、さらに自己の安全を保持するための手段としても戦争をも、放棄する。日本はその防衛と保護を、いまや世界を動かしつつある崇高な理念に委ねる。日本が陸海空軍を持つ機能は、将来も与えられることはなく、交戦権が日本軍に与えられることもない。」  
 
 これが憲法九条の起源であり、マッカーサーが日本の軍事力の完全無力化を図ろうとしたことは疑う余地がない。一時は個別的自衛権すら認められないという段階もあったのだ。現行憲法を「占領憲法」とする所以がここにもあるといわれている。  
 
 ただ、マッカーサー・ノートも「紛争解決のための手段としての戦争」という戦略戦争と「自己の安全を保持するための手段としての戦争」という自衛のための戦争を区別していた。その後、憲法が起草される段階では行き過ぎが是正され、ケーディス再起草案には「自己の安全を保持するための手段」としての戦争放棄の部分は削除されている。  
 
 つまり、GHQ民生局内部でも、放棄すべきは侵略戦争のみで、自衛戦争はこれに含まないと考えられていたことになる。  
 
 また、GHQ民生局メンバー会議初日の会議録(メモ)によると、「国連憲章に明示的に言及する必要はないが、国連憲章の諸原則は、われわれが憲法を起草するに当たって念頭に置かれるべきである」としている。  
 
 そのことは連合国の「極東委員会」に対する配慮もあってのことだったろうが、日本国憲法の前文や九条などには国連憲章の引用があることがつとに指摘されているところである。  
 
 国連憲章は個別的自衛権はもとより集団的自衛権をも主権国家固有の権利としていることから、その後に締結された日米安保条約は、国連憲章の集団的自衛権を援用しつつも、日本は個別的自衛権の範囲内で対応するという考えの下で成り立っている。  
 
 朝鮮半島情勢をはじめ、一九九六年四月の日米安保共同宣言に基づく日米防衛協力の指針(ガイドライン)の設定や冷戦後のアジアをめぐる国際軍事情勢を踏まえ、わが国の国防政策上の関心がすでに容認されている個別的自衛権の問題から集団的自衛権のほうに大きく移っている。  
 
 このため、本稿では集団的自衛権の問題に絞って論じるが、前提として、独立国家の当然の権利である自衛権について、敢えて憲法に明記することによって、自衛隊が国際法上の軍隊であるということを明らかにすべきだというのが私の見解である。  
 
 昨年の通常国会で衆議院日米防衛協力の指針特別委員長を務めたが、実は憂鬱な気分に囚われていた。集団的自衛権をめぐる憲法解釈論が不毛の論議を生んでいる現状に憂慮の念を禁じえなかったからだ。  
 
 結論的に言えば、集団的自衛権の問題は政府の解釈の変更によらずして、集団的自衛権の行使を認めるべき必要性を堂々と国民に訴えて合意を形成し、憲法改正手続きによって決着すべきものである。もし時の政権によって憲法解釈をさらに変更することがあるとすれば、憲法の重心を全く軽いものにしてしまうだろう。委員長席で改めてこうした思いを痛感した。  
 
 この特別委員会において、自由党の委員は現行憲法でも集団的自衛権の行使は禁じていないという立場から、「日本の平和と安全に重大な影響を及ぼす事態においては、単なる後方地域支援ではなく、集団的自衛権の行使としての後方支援が認められるべきだ」という主張を繰り返した。  
 
 これに対する政府答弁は「主権国家固有の集団的自衛権は有しているが、憲法の制約によりこれを行使しない」という従来通りのものに終結した。そして政府の原案通り周辺事態における自衛隊の米軍支援は後方地域支援にとどまるとするガイドライン関連法が成立した。  
 
 ここで強調したいのは、このような不毛の解釈論より、わが国は、自国の安全と国際平和のために何をなすべきか、という政策論を優先さすべきだということだ。政策論が先行している例としては、国際平和維持活動(PKO)がある。  
 
 既に日本はPKOに参加し、将来は法律上、締結されているいわゆるPKF(PKOの本体業務)にも参加することを基本的に容認し、一種の集団的自衛権の行使を認めている。その意味では、何のために集団的自衛権の行使を認めるべきかまず論じなければならない。  
 
 この日米防衛協力の問題に則していえば、日本の安全に大きな影響を及ぼす以上、憲法上、集団的自衛権の行使を認め、後方地域支援に限らず、正面でも米国と共同行動を取ることを可能にすべきだというのが私の考えである。  
 
 また、日米安保条約には、日本が集団的自衛権を行使しないという点で、日米間の片務性が指摘されている。その片務性の代償として、日本が米軍に基地を提供している側面があることを考えると、集団的自衛権の行使について、憲法上認めるようにしなければ、沖縄をはじめとする在日米軍基地の返還を叫ぶことには限界がある。  
 
 もし、日米双方に集団的自衛権の発動を認めれば、日米防衛協力の実効性を高めるだけでなく、在日米軍のあり方の問題にも波及することになる。  
 
 ここで国連の集団的安全保障活動に参加することは、集団的自衛権の発動ではなく、それとは別の概念であるとする考え方に対し、異論を唱えたい。あくまでも集団的自衛権発動の一形態というのが私のとらえかた方だ。  
 
 国連は発足に当たり、自前の陸海空軍を使って紛争を抑止することを憲章上表明したが、現実にはいまだに自前の軍隊(国連軍)を持つことが出来ないでいる。もとより将来も難しい。  
 
 そうなると湾岸戦争・危機の際のような国連決議に基づく多国籍軍による平和回復のための集団的行動は、国連自前の国連軍による集団的措置とはいえない。こうした行動は、参加国が同盟関係にないにせよ、国連加盟国全体の(集団的自衛権)の発動と考えた方が分かりやすい。  
 
 日本は、湾岸戦争の際、多国籍軍への後方支援を実施しなかった。憲法上禁止された武力の行使(あるいは一体化)となるおそれがあるものには参加出来ない、との解釈にたったからだ。しかし、憲法を改正して集団的自衛権が行使できるとなれば、侵略や制裁のためではなく、国連加盟国の自衛のため、国連安保理決議に基づいて派遣される多国籍軍への参加は容認されることになるのではないか。  
 
 ただし、湾岸戦争・危機の時のように、石油供給面を通じ、日本経済に重大な影響を及ぼすようなケースは別としては、日本の平和と安全にほとんど関係がない紛争への多国籍軍への派遣に当たっては、武力行使を伴わない後方支援にとどまるべきだろう。  
 
 また、コソボ紛争の時のように、価値観を共有する諸国が一致して制裁活動を行う場合は、国連の決議がなくても参加すべきだという考え方もあるだろうが、日本が加盟している集団安全保障機構の行動でない限り、参加すべきではないと私は考える。  
 
こうした集団的自衛権権の行使に当たっても、シビリアンコントロールを厳守し、軍事大国にならず、非核三原則を守り、侵略戦争には決して加担しないなど、これまでの外交、安保政策上の歯止めとなっている精神の尊重が必要であることはいうまでもない。  
 
 一九四六年五月に召集された占領下の最後の帝国議会における帝国憲法改正案(現憲法案)の審議の過程で、憲法九条二項の書き出しに「前項の目的を達するため」という文言が挿入された。「芦田修正」である。この修正は、九条の第一項(国際平和の希求)と第二項(戦力の不保持、交戦権の否定)の意味する内容に着目したもので、芦田均氏が一九五七年、政府の憲法調査会で、この挿入によって、無条件に戦力を保持しないという意味から、一定の条件の下で戦力を持たないとするものに変わったと主張したことで、有名になった。  
 
 この「芦田修正」については、これは後知恵で、当時はむしろ全面的な戦争放棄の立場を取っていたという見方と、当初から隠された意図の下でなされたという見方に分かれている。  
 
 しかし、この修正がなされた当時、憲法改正審議をチェックしていた連合国の「極東委員会」がこれで日本は自衛の目的ならば、軍隊を持ち得るという解釈が可能になったとして、貴族院の審議の段階で、わざわざ「文民条項」(軍人を内閣の閣僚に任命しないこと)を挿入するよう求め、結果としてもそうなった事実を挙げておきたい。  
 
 戦後の政府の立場は一貫して、自衛権を有する根拠として「芦田修正」を採用せず、もともと独立国家の固有の権利であると主張している。そして、自衛権については、ゝ淒不正の侵害があり、△海譴鯒喀するに他に適当な手段がない、I要最小限度の実力行使にとどまること―という三要件に限定したうえで発動し得ると説明してきている。集団的自衛権の行使に当たっては、さらなる政策上の歯止めが必要だろう。  
 
 たとえば、同盟関係にある国、同一集団安全保障体制加盟国、国際連合加盟国のいずれかがほかの国より国際法上不当な武力攻撃を受け、その結果、直接、間接に、わが国の平和と安全に重大な影響を与える場合のみ、発動し得るとすることなどが考えられる。  
 
 政府の憲法解釈では、自衛権の保持は認めているものの、行使の段階になると、自衛権の発動には三要件があり、集団的自衛権の行使は「わが国を防衛するための必要最小限の範囲を越える」として認められないことになっている。  
 
 集団的自衛権の問題の解決を図るためには、自衛権自体の問題から再検討しなければならない。憲法の条文上も「陸海空軍を保持する」と明記するべきではないか。また、独立国家である以上、自らの交戦権を否定することは国家主権の否定につながりかねない。  
 
憲法九条の改正は避けられないのである。  
 
 もとより憲法改正の論点は九条に限らず幅広く存在する。国民の権利と義務のバランスをどうとるかも改めて議論しなければならない。九条の関連で言えば、国を守る義務も明記すべきだ。各種選挙における投票率の低下が憂慮されているが、選挙権と共に選挙権を行使する義務もあるはずだ。  
 
 新時代の要請の最たるものは環境権の設定だが、同時に環境保全義務と併記されてしかるべきだ。  
 
 国会・内閣・司法・地方自治各般にわたり、政治制度の思い切った改革が求められている。首相公選制の導入の可否も大きなテーマである。  
 
 われわれはいよいよ憲法改正のスタート台についたが、自由民主党こそ日本再生への国民的付託に応えるべく先導的役割を果たさなければならない。  
 
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