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中央公論 「『山崎憲法試案』にみる『意志』」
2001年5月号  中央公論 記事掲載
評論家  櫻田 淳  
 
一、序・憲法典論議の位置  
去る四月五日付読売新聞が伝えるところによれば、読売新聞世論調査の結果、憲法 典改訂を是とする層は四年連続で過半数を超え、その改訂の際にする検討されるべき 論点もまた、環境権、社会福祉、プライヴァシー保護、情報公開などの多岐に渉るよ うになっているとのことである。振り返れば、平成六年十一月と昨年五月の二度に 渉って発表された読売新聞の『読売憲法試案』は、憲法典論議を「観念的な神学論 争」から「具体的な叩き台を基にした実際的な論議」に転換せしめたという意味にお いて、画期的なものであった。今や。現行憲法典の改訂を巡る論議は、「憲法典改訂 は是か非か」ではなく、「現行憲法典の中で、どの条項を、どのように改めるか」と いう点に議論の段階を移しているのである。  
 
そして、来る五月、山崎拓・元自民党政調会長が率いる政策集団「近未来政治研究会」は、山崎氏の新著『憲法改正・山崎拓』という形で、自らの憲法典改訂試案を発表する。これは、従来、度々、見られたように一政治家が個人の資格において提起す るものではなく、政党内政策集団の総意として提起されるものであるという意味にお いては、憲法典改訂を巡る政治的な動きに新たな局面を開くものになるかもしれな い。自民党にせよ民主党にせよ、憲法調査会という名の憲法典論議機関を置いている けれども、そこでの論議は、諸々の党内事情の影響によって依然として収束の方向に 向かっていない。この情勢を踏まえれば、憲法典改訂への動きが、一政治家が個人的 に示した着想の域に留まることなく、政党内政策集団の意志という具体的な裏付けを 持つことになるのは、誠に意義深いことである。おそらく、次の段階として来るの は、政党内政策集団の次元ではなく政党全体の次元で、憲法典改訂試案が世に示され ることであろう。その暁には、憲法典改訂は、現実の政治日程に上ることになるであ ろう。  
 
 さて、私は、先刻、「近未来政治研究会」による憲法試案(以降、「山崎試案」と 略)の全容を知ることができた。本稿において、私は、「山崎試案」の内容を検討す ることを通して、憲法典改訂の具体的な中身の有り様について、論を進めることにし よう。  
 
 
 
二、破・「山崎試案」の検証  
 「山崎試案」には、従来、憲法典論議で浮上していた論点の総てが、網羅されてい る。従って、たとえば戦力の保持、非常事態条項の新設、プライヴァシーの保護、環 境権の新設、行政情報を知る権利の明記といったことは、あらためて論評の対象とす る必要がない。それらは、現行憲法典の改訂が成った暁には、当然のように条項とし て盛り込まれるはずのものであるからである。私は、「山崎試案」の中で特に独自性 が色濃く出ている次の五つの条項について、所見を述べることにしよう。  
 
 第一に、我が国の「国のかたち」を考える際、何よりも先に確認されるべきは、我 が国が天皇を戴く立憲君主国家であるとともに、国家統治の仕組として民主主義体制 を選択しているということである。このことについては、我が国の実態としては、誰 も異論を唱えないであろう。外務省の資料などを参照しても、我が国の国家体制は、 「立憲君主制」(constitutional monarchy)と説明されている。それが、少なくとも 国際場裡では常識的な見方なのであろう。しかしながら、現行憲法典上、我が国が立 憲君主国家であることを根拠付けた条項はないし、「天皇の地位」と「民主主義体制 による国家統治」は、第一条において、あたかもキメラのように一つの条文の中で記 されている。そのことは、「天皇は元首なのか」という無意味な議論が続けられる原 因となっているわけである。ところで、「山崎試案」では、第一条として、「日本国 の主権は国民に存する。天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴である」と 規定されている、この条項は、現行憲法典第一条に比べれば、「天皇の地位」と「民 主主義体制による国家統治」が独立した一文に規定されている点において、はるかに 明解なものに違いない。また、「山崎試案」は、「天皇の地位」について、「日本国 民の総意に基づく」という現行憲法典の規定を批判し、その規定を総て削除している けれども、このことは、「天皇の地位」の意味を考え併せれば、至当なものであろ う。「山崎試案」第一条は、現行憲法典第一条の改訂という体裁を採る限りは、確か に無理の伴わないものなのであろう。しかしながら、そうであるならば、私は、「天皇の地位」と「民主主義体制による国家統治」が同一の条項の中で示されることに拘 泥するのは、奇異なことであると断じざるを得ない。「天皇の地位」と「民主主義体 制による国家統治」は、それぞれ独立した条項において提起されるのが、適切なので はなかろうか。加えて、「山崎試案」では、「国旗・国歌」条項も盛り込まれてい る。国旗・国歌が国家のアイデンティティーを表示する装置である以上、これらが憲 法典上に明確な根拠を持つのは、決して意味のないことではない。このことに関し は、「山崎試案」の方向性は、是とされるべきであろう。  
 
 第二に、「山崎試案」中、相当に踏み込んだものと論評されるべきは、国民の義務 として「国家の安全を守る義務」が明記されていることである。「山崎試案」の条文 では、「国民は、法律の定めるところにより、国家の安全に寄与する義務を負う」と 規定されている。これは、国家を「負の存在」として位置付けてきた戦後の経緯を前 にすれば、国民の反発を招きかねない危うさを伴ったものであるかもしれない。「赤 紙一枚で戦場に送られた」という類の挿話が広く伝えられた後では、「国家の安全 守る義務」を徴兵制度の導入と結び付けて解する向きは、根強く残っている。また、 先刻の教育改革国民会議での議論の中で、ヴォランティア活動の義務化が提起された 際にも、広範な論争が巻き起こった。国家による「強制」の匂いを感じさせるもの は、どのようなものであれ歓迎されないのである。山崎氏もまた、この事情を冷静に 把握しているらしく、「国の安全を守る義務」条項が徴兵制度の導入を意味しないこ とを強調している。山崎氏は、国民が志願制度の下で、「防衛、安全保障及び予防措 置」、「社会的結合及び連帯」、「国際協力及び人道援助」の三つの分野の活動を選 べるフランスの例を引き、「国家の安全を守る」具体的な活動が多様であることを力 説している。「山崎試案」における「国家の安全を守る義務」条項は、そのような多 様な活動の根拠として提起されているのである。私は、この「山崎試案」の方向性 が、誠に理に叶ったものであると考えている。というのも、「冷戦の終結」以後の 際環境の変化は、「国を守る」ということの意味を著しく多様なものにしているから である。今や、「国を守る」という文脈で対処しなければならないのは、外敵の直接 侵略というよりは、テロリズム、周辺の混乱に伴う難民の流入、銃器や麻薬の流入、 あるいは大規模自然災害の発生である。このことは、「国を守る」という行為の具体 的な中身が、ただ単に武装して軍務に就くということに限定されなくなっていること を示している。たとえば、阪神大震災のような災害が発生した際には、具体的な役務 に携わらなくとも、少なくとも人命救助に向かう自衛隊、警察、消防の活動の邪魔を しないというのも、広い意味での「国を守る」ということに結び付いている。阪神 震災に際しては、震災直後、被災地から脱出しようとした一般車両によって幹線道路 が渋滞し、そのことが円滑な救助活動の妨げになった。私は、震災当日の夜、とある 報道番組の中でアナウンサーが「被災地の方は自動車での避難は控えて下さい」とい う趣旨の呼びかけをしているのを耳にした際、名状し難い想いに駆られたものであ る。現在、我が国では、政策上の禁忌の一つであった有事法制の策定への気運は、 かに高まりつつある。「山崎試案」においても、有事法制の根拠たるべき「非常事 態」条項は、内閣の活動の一環として明確に設けられている。しかし、そのような 「非常事態」条項は、国民の側の「国家の安全を守る義務」に裏付けられなければ、 然程の意味も持たない。国家の原初的な役割は、「国民の生命、身体。財産を守るこ と」であるけれども、その国家の役割を支えるのも、民主主義体制の下では国民に ならないからである。  
 
 第三に、我が国の政治の現状に鑑みれば、「山崎試案」中、政党の位置付けを憲法 典上で明確にしていることは、当然の対応であろう。というのも、目下、政党を巡る 世の雰囲気は、誠に険悪なものになっているからである。昨年以来、長野、栃木、千 葉の各県知事選挙では、特定の政党の支持を取り付けない候補が、「無党派の風」に 乗って当選を果たした。特に千葉県知事選挙では、自民党が推した候補にせよ野党・ 民主党が推した候補にせよ、政党色を帯びた候補は苦杯を喫したわけである。私は、 「無党派」層が実質上、「拒否権行使集団」として働いていることを適正に認識すべ きであると考えている。長野、栃木、あるいは千葉の各県知事選挙の結果は、「無党 派」層を中心とする有権者が、既成政党主導の選挙手法に「拒否権」を行使したこと を物語っているのだし、長野、千葉の両県知事が最初に表明したのが、長野県内のダ ム建設や東京湾三番瀬干拓工事の白紙撤回であったことは、この両県知事の政治運営 もまた従来型の地方行政の有り様への「拒否権」の行使という色彩を持つことを示し ているのである。しかし、諸々の政策を実際に遂行しようとするならば、結局は、政 党の枠組に依るのが、理に叶ったことなのではなかろうか。「無党派の風」の席捲 は、確かに世の耳目を集めるものであるかもしれないけれども、我が国が立憲君主国 家として議院内閣制度を選んでいる限り、当面、われわれが考慮しなければならない のは、どのように政党を軸とした国家運営を機能させるかということである。  
その意 味では、「山崎試案」中、政党条項として、「全ての国民は、自由に政党を結成する ことができる。政党の目的、行動および機構は、民主主義の諸原理に合致しなければ ならない」と規定されているのは、方向性としては何ら誤っていないわけである。た だし、この政党条項に注文を付けるとすれば、後段の「反民主主義的政党の排除」の 規定は、政党だけではなく一般の結社にまで対象を広げられるべきものである。因み に、ドイツ憲法第九条では、第一項で「結社の権利」が規定された上で、第二項にお いて、「その目的や活動が刑事法に抵触し、若しくは憲法秩序、あるいは国際理解の 概念に違背する諸結社は、これを禁止する」と規定されている。この条項は、ナチス (国家社会主義労働者党)の擡頭を許した一九三〇年代への反省から設けられ、それ が想定したのは、基本法制定当初は、ナチスの再来やナチスに類する団体の擡頭で あったかもしれない。けれども、その後、憲法秩序に違背する「反憲法的団体」とし て想定し得るのは、多岐に渉るようになった。そして、現在、このような「反憲法的 団体の排除」条項に倣って、我が国の憲法典に然るべき条項を位置付けることの意義 は、決して小さくない。それは、選挙立候補を通じて国政の場にまで進出しようとし たオウム真理教という名のテロ集団を依然として完全には排除できていない我が国の 現状を前にすれば、なおさらのことではなかろうか。  
 
 第四に、「山崎試案」は、「健全財政の原則」を憲法典上に明記している。それ は、「山崎試案」には、「国を及び地方自治体は、健全な財政の維持及び運営に努め なければならない」と規定されている条項である。健在、経済停滞の最中では、景気 浮揚への有効な手立てを講じる声は、切実なものがあるかもしれない。その一方で、 国と地方を併せて六百兆円の債務残高、国債依存度四割という数字は、絶えず懸念の 対象となっていた。事実、この数年、諸々の経済・財政政策を巡る論争の基調音と なっていたのは、財政再建か景気浮揚かというものであったのである。しかし、景気 浮揚の要求に関していえば、私は、「今の景気は政府が何かをしたから良くなるとい う類のものか…」という感想を抱いている。全般的な景気が好調であろうと低迷して いようと、利益を出す人々は出すのだし、出せない人々は出せない。それが、経済社 会の実態であろうからである。私は、現下の景気浮揚を要求する声には、世の人々の 「国家への依存」の心性が相当な程度まで反映されているのではないかと考えてい る。本来、自由自在に経済活動を手掛けているはずの人々が、「景気浮揚」という政 府への要求を何の躊躇もなく表明していることの意味は、この際、問われなければな らないのではなかろうか。振り返れば、戦後の我が国では、特に民生安定の領域にお いて、「国家の役割」が広範に期待された。それは、具体的には、福祉の拡充、地域 の振興の名の下に、国富を社会に還流することであった。そして、景気が低迷してい る時期には、景気浮揚の方策として、その「国富の還流」が大々的に要請されたので ある。無論、我が国の社会が相対的に貧しかった時代にあっては、そのような「国富 の還流」の施策は、一定の意味を持ったのかもしれない。  
しかしながら、我が国が経 済発展を遂げ、人々が一定の豊かさを享受するようになった後でも、この「国富の還 流」は半ば常態のものとして惰性的に行われ、世の人々の「国家への依存」を加速さ せた。そして、人々の「国家への依存」が加速すれば、それに応じて、「国富の還 流」、即ち財政支出の規模も膨張する。債務残高六百兆円という数字は、この国民の 際限ない「国家への依存」と政府による「国富の還流」の相乗が招いた当然の帰結な のではないか。その意味では、私は、「山崎試案」が提起した通り、「健全財政の原 則」条項を憲法典上に設けることには賛成する。それは、従来、財政再建の文脈で表 明されてきた「子孫の代にまで負債を残すのか…」という懸念が至当であるのも然る ことながら、「国家への依存」を大々的に進めてきた戦後の惰性から決別することが 現下の急務であるからである。現在のように、世の人々の「国家への依存」の構図が 温存され、その結果として人々の「自助の精神」が減退するならば、いかなる施策を 断行しようとも無駄なものにしかならない。それ故、私は、心ある政治家は、「国家 の役割」が、どのような意味でも無限ではないということを表明すべきであると考え ている。政府には、できることとできないことがあり、債務を負ってまで国富を還流 しても、貧しい人々を豊かにすることはできない。政治家は、このことを率直に国民 に伝えるべきなのではなかろうか。そのための具体的な表れとして、「健全財政の原 則」条項は、大事な条項なのである。  
 
 最後に、「山崎試案」の独自性が垣間見られるものとして言及して置かなければ らないのは、「国は、景観及び歴史的、文化的、芸術的財産の保護、育成を図らなけ ればならない」という「文化保護義務」条項が新設されていることである。これは、 従来の憲法典論議の文脈からすれば誠に目立たないものであるかもしれないけれど も、我が国の今後を展望すれば極めて大事な条項である。戦後、我が国の人々は、経 済発展の過程で未曾有の富を手にするに至った。しかしながら、幾多の人々は、「そ もそも、富とは何のためにあるのか」ということについて、依然として明確な諒解を 得るに至っていないのではなかろうか。そのことが、十余年前の「バブルの狂爛」の 時期、刹那的にして愚劣としか呼びようのない富の遣い様が横行した遠因となった 結果として、「バブルの狂爛」の時期に我が国が得ていたはずの富は、積極的なもの を生み出すことなく終り、後に残された膨大な不良債権は、経済社会の様相を著し 歪めたのである。私は、富というものは、学術や芸術といった文化を巡る人間の高次 の活動に供されてこそ、はじめて意味を持つと考える。振り返れば、中世末期、ヴェ ネツィアやフィレンツェといった北イタリアの諸々の都市国家が蓄積した莫大な富 は、ルネッサンス期の芸術を育む揺籃となった。凡そ、何れの国々にとっても、政治 上、経済上の権勢を誇ることのできる時期は限られているのであれば、その声望と いった観点から大事なのは、どれだけの文化上の資産を後の世に残せるかということ に他ならない。その点、憲法典上に「文化保護義務」条項を置くことは、時宜を得た ものである。それは、経済発展の後に、我が国が何を為すかということについて一定 の方向性を示したものでもあるからである。前に「健全財政の原則」条項に関連して 述べたように、戦後の我が国の人々が期待した「国家の役割」の中身は、余りにも即 物的なものであり過ぎた。私は、そのような「国家の役割」への期待の有り様が、早 晩、改められるべきであると考えている。そして、次代の「国家の役割」の柱になる ものこそ、「文化の保護や育成」といったことなのではなかろうか。しかも、「グ ローバリゼーション」の趨勢か加速し、それぞれの国民なり民族なりが持つアイデン ティティーの有り様が問われる中では、「文化の保護や育成」は、そのアイデンティ ティーの実質を支える施策として、相当な意義を持つことになるであろう。  
 
 以上、「山崎試案」の中でも特に眼を引く条項に限定して、私は、その検証を試み た。無論、私は、「山崎試案」の細目には色々と異論を示したい箇所がある。そし て、私は、「山崎試案」は、憲法典の試案である限りは、本来ならば前文と総ての条 文を記した完全な「法典案」として発表されるべきであったと考えている。しかし、 それにもかかわらず、私は、「山崎試案」が、二十数名の政治家の意見を集約し、包 括的な中身を伴って世に示されたことを是とする。今後、「山崎試案」に関して注 すべきは、これが、どのような議論を呼び起こすかということなのであろう。  
 
 
 
三、急・憲法典論議と「政治的な意志」  
 「大君の儀、一心大切に忠勤を存ずべく、列国の例を以て自ら処るべからず。若し 二心を懐かば、我が子孫に非ず、面々決して従うべからず」。  
 
 一六六八年、会津藩初代藩主、保科正之が制定した「会津藩家訓十五ヵ条」第一条 には、このような記述がある。「家訓十五ヵ条」制定から丁度、二百年後、会津藩は 戊辰戦争を闘い、その敗北の結果、維新政府から「滅藩」という処分を受けることに なった。この会津藩の軌跡に影を落としたのは、会津藩の「憲法典」とも呼ぶべき 「家訓十五ヵ条」の存在であった。会津藩最後の藩主、松平容保は、「家訓十五ヵ 条」の遵守を絶対のことと位置付けて徳川幕府への忠節を守った結果、他藩のように 時流に乗ずるという振る舞いができなかったのである。  
 
 幕末、維新期の会津藩の軌跡は、時代環境といった諸々の条件を無視して特定の 「法典」の規定に縛られてしまうことの愚かさを象徴的に物語っている。会津藩の軌 跡は、白虎隊の悲劇の挿話などに併せ、一つの大義に殉じた愚直さが後の人々の共感 を呼ぶことになったけれども、藩の存続、家臣や領民の生活の安寧を保全するという 観点からすれば、松平容保の対応は、決して賢明なものではない。政治という営みを 評価する際には、美しいか醜いか、あるいは正しいか邪まであるかという基準は存在 しない。そこには、賢明であるか愚劣であるかという基準しか存在しないのである。  
 
現在、前に触れたように、憲法典改訂を巡る論議は、「具体的な叩き台を基にし 実際的な論議」を行なう段階に移っている。しかし、政治家は言論家ではないのであ るから、憲法典を巡る諸々の議論が着実に「政治的な意志」に転換され、その「政治 的な意志」に基づいて物事が動かなければ、議論の意味がない。この数年、憲法典を 巡る冷静な議論ができるようになったことは、歓迎されるべきことであるかもしれな いけれども、それが「小田原評定」の類に終始しては元も子もないのである。私は、 山崎派の「山崎試案」に倣う形で、他の自民党内各派閥は、派閥の総意として自前の 「憲法試案」を早々に策定し、発表すべきであると考えている。自民党にとっては、 「自主憲法制定」とは結党以来の党是なのであるから、自民党に所属する幾多の政治 家にとっては、その「自主憲法」の有り様を示すことは、一般国民に対する最低限の 責任であるはずである。また、そのことは、自民党内各派閥が本来は「利権と官職を 巡る互助会」ではなく文字通りの「政策集団」であることを世に示すためには、大事 なことに違いない。そして、鳩山由紀夫氏を中心とする民主党内保守系議員、自由 党、保守党のように、憲法典改訂の方向では概ね一致している他の政党もまた、この 流れに続くべきであろう。  
 
 松平容保は、「家訓」に縛られて「藩」を滅ぼした。現下は、幕末・維新期、第二 次世界大戦直後の時期に並ぶ、時代の変動期と指摘されているのであれば、我が国の 幾多の政治家が心掛けるべきは、この松平容保の轍を踏まないということであろう。 無論、幾多の政治家は、そのことを理屈の上では判っているであろう。しかし、現行 憲法典の改訂が成らず、我が国の今後に必要な施策が断行されないままに放置される ならば、それは、結果としては、「家訓」に縛られ「藩」を滅ばした松平容保の軌跡 と同じことになるのである。目下、世の人々の政治への信頼は、確かに地に堕ちてい るかもしれない。しかし、社会制度上の諸々の物事を動かすのが「政治的な意志」で あることは、紛れもない事実である。諸々の難題が山積する我が国の現状を前にすれ ば、世の人々は、諸々の政策領域において、この「政治的な意志」が明確に示される のを待っているのではなかろうか。山崎拓氏を筆頭とする「近未来政治研究会」は、 「山崎試案」を通じて、確かに自らの「政治的な意志」を示した。次には、一体、誰 が、その「政治的な意志」を世に示すのであろうか。
 
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