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正論 「山崎拓は天使か悪魔か」
2001年11月号  正論
評論家 櫻田 淳  
 
一、はじめに―「盟友」か「獅子身中の虫」か  
 去る八月十三日午後、小泉純一郎総理は、靖国神社に参拝した。当初、小泉総理が八月十五日に参拝する意向を強調していたことを考え併せれば、この参拝は、明らかな小泉総理の「前言撤回」である。このことによって、小泉総理は、参拝それ自体に反対していた層だけでなく八月十五日参拝を期待していた層からも、非難される結果を招いている。京都大学の中西輝政教授は、雑誌『VOICE』(平成十三年十月号)に掲載された論稿「石原慎太郎総理へのシナリオ」の中で、この参拝繰り上げを小泉内閣の「終わりの始まり」と評している。確かに、小泉総理の政治的な求心力は、「発言したことは必ず実行する」という姿勢にあったのであれば、小泉総理の参拝繰り上げは、その姿勢に疑問を投げ掛けるものであったろう。たとえ、諸々の世論調査の結果が、小泉総理の決断を概ね是とする数字を示したとしても、小泉総理に対する世の印象は、参拝の前と後とでは明らかに違ったものになっている、その意味では、中西教授の評は、紛れもなく常識的なものであるといえる。  
 
 ところで、小泉総理の参拝繰り上げに影響力を及ぼした人物として小泉総理にも並ぶ批判を浴びているのが、山崎拓自由民主党幹事長である。小泉総理とは対照的に八月十五日参拝を決行した石原慎太郎東京都知事は、小泉首相の参拝繰り上げに関して、「残念ですな。足して二で割るような方法は姑息で、失うものはあっても、得るものはなかったと思う。山崎幹事長が妙な知恵を付けたようで、ますます日本の外交は侮られるばかりだ。」と語った。諸々の報道によれば、小泉総理の参拝には、多様な政治上の作用が働いていたようである。その政治上の作用の最たるものと目されているのが、山崎氏の存在である。小泉総理の政治上の「盟友」という位置、あるいは小泉内閣を「裏方」として支える自民党幹事長としての立場は、世の人々をして、小泉総理と山崎氏の距離の近さを感じさせる。それは、小泉総理が四月に自民党総裁選挙に勝利を収めた際、昨年十一月の「加藤政局」以来の不遇を託っていた山崎氏を党幹事長に指名したという挿話によっても補強されている。その点、「山崎氏が妙な知恵を付けた」という石原知事の認識は、それが事実であるかはともかくとして、世の人々が抱いている印象を表したものとしては、誠に正確なものであったといえよう。従って、小泉総理の当初の方針に期待を寄せていた層にとっては、山崎氏は、小泉総理の方針の実現を「盟友」として促す存在というよりも、その方針を歪める「獅子身中の虫」として映っていることであろう。  
 
 このような反応を前にして、私は、あらためて、政治家とは難儀な仕事であると実感する。靖国神社参拝に関していえば、山崎氏は、八月十五日、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の中の一団に混じって、靖国神社に参拝していた。参拝後、報道記者から「(十五日参拝を断念した)小泉総理の代役としての意味もあるのか。」と問われた山崎氏は、無言を通すだけであった。多分、山崎氏は、自らの個人的な信条を直接に反映させようとしていたならば、小泉総理の参拝繰り上げを働きかけなかったのであろう。にもかかわらず、諸々の政治的な作用が相克する中で、山崎氏は、自らの想いとは相反する進言を小泉総理に行なうに至った。山崎氏の位置は、小泉総理が直面する課題の難しさを象徴しているのではなかろうか。  
 
二、「近隣諸国への配慮」の虚実  
 小泉純一郎総理の靖国神社参拝繰り上げに決定的な影響を与えた要因として指摘されているのは、「近隣諸国への配慮」である。小泉総理周辺は、十三日に参拝を繰り上げることによって、「中韓両国からの反発に屈した」印象を薄めようと腐心したようであるけれども、実際のところは、従来、繰り返されてきた「近隣諸国への配慮」が、参拝繰り上げを巡る政策決定の過程で決定的な意味を持ったのは、疑いを容れまい。  
 
 ところで、山崎拓氏は、七月、連立与党を構成する公明、保守両党幹事長とともに訪中した後、「小泉総理の参拝は、TPOを弁えて欲しい」と発言し、「A級戦犯分祀」の可能性にも言及した。この発言は、小泉総理の「前言撤回」への分岐点になったと指摘されている。日中国交正常化以前から中国共産党政府と独自の関係を持つ公明党を代表する冬柴鉄三氏、あるいは保守党の中でも親中色の強い政治家と評される野田毅氏を「仕事仲間」にしている山崎氏にしてみれば、「近隣諸国への配慮」とは、連立与党の枠組に動揺を与えない配慮も、意味しているのであろう。しかし、そもそも、「近隣諸国への配慮」は、何を目指しているのか。我が国の対外政策の文脈において「近隣諸国への配慮」は、自明の意義を持つものと想定されているけれども、「近隣諸国への配慮」とは、本当に金科玉条のものとして扱われるべきであろうか。  
 
 普段、「近隣諸国への配慮」の言葉が使われる際、そこで想定される「近隣諸国」とは、具体的には中国や韓国のことである。「中国も韓国も、長い歴史を持つ国々である。」という命題がある。少なくとも、我が国では、幾多の人々は、その命題が誰も異論を差し挟むことのない「常識」であると考えているであろう。しかし、その「常識」は、本当に実態を反映しているのであろうか。もし、一般民衆の熱狂といったものを国家運営の必要のために動員するのが、近代国家の近代国家たる所以の一つであるならば、中国や韓国の近代国家としての歴史は、高々、半世紀に過ぎないということになる。そのことは、中韓両国が、我が国が半世紀以上前に経験した「生煮えのナショナリズム」の無残を依然として経験していないことを意味している。そのような国々を前にして我が国として忌むべきことは、情緒的な対応で相対することである。従来、我が国が往々にして行ってきたように、贖罪意識や謝罪の姿勢を前面に押し出して中韓両国に相対することは、おそらくは、これらの国々の「生煮えのナショナリズム」を増長させるものでしかない。けれども、我が国でも次第に頭を擡げているように、中韓両国に対して毅然とした対応を採るべきだという議論は、それが余程の細心な注意に組み合わされて実現されなければ、却って「生煮えのナショナリズム」の逆上や暴発を誘う怖れがある。率直にいえば、「生煮えのナショナリズム」に浸かっている国々は、その無残を自ら懲りて気付くしかないのである。中韓両国が、その無残に気付く局面においては、我が国も甚大な影響を被らざるを得ないであろうけれども、われわれにとって大事なことは、その局面に備えることである。  
 
 中国に関していえば、今後の歳月は、相当に難しいものになるであろう。二〇〇八年夏季オリンピックの北京開催は、中国政府にとっては、「生煮えのナショナリズム」に裏打ちされた「国威発揚」の格好の機会を意味していることであろう。しかしながら、オリンピックを開催した十年後も存続した国家は、民主主義国家を除けば、史上、皆無であるといってよい。一九三六年のベルリン大会を開いたドイツ第三帝国も、一九八〇年のモスクワ大会を開いたソビエト社会主義共和国連邦もまた、その十数年後には、地上に存在しなかったのである。乱雑な類推を弄ぶならば、二〇〇八年北京大会の十余年後、二〇二〇年を迎えた中華人民共和国という国家が、どのような形で存在しているのかは、定かではない。二〇〇八年以後の中国は、ドイツ第三帝国のように対外膨張の傾向を強めるのであろうか。あるいは、ソビエト連邦がそうであったように、「自壊」への道を辿るのか。何れにせよ、我が国にとって歓迎すべからざるものであるのは、間違いないであろう。  
 
 また、韓国に関していえば、目下の「生煮えのナショナリズム」の到達点にあるのが、半島統一であることは、間違いない。しかし、既に常識的な見方として示されているように、半島統一は、韓国にとっては、東西両ドイツの統一の際とは比較にならないほどの多大な負担を背負い込む難事になる。とにもかくにも「東欧の優等生」と称された東ドイツを吸収して成ったドイツ統一に比べれば、「不良債権国家」としか表現のしようのない北朝鮮を吸収する形での半島統一は、韓国の国民経済に甚大な負担を負わせるはずである。既に先進諸国に準ずる水準の生活を享受している韓国の人々にとって、そのような負担が極めて耐え難いものになるであろうというのは、疑いを容れない。加えて、半島統一後の韓国は、必然的に北方国境を中国と接することになる。そのことは、三十八度線を挟んで北朝鮮と対峙する現在に比べれば、遥かに大きな心理的な圧力を与えることになるであろう。そのような状況の浮上を前にして、韓国が我が国との提携を求めてきたら、我が国は、どのように対応すべきであろうか。従来からの韓国が割合、執拗に「反日」論理を展開してきた結果、我が国の国内に相当な程度までの「嫌韓」感情が醸成されていれば、我が国が韓国の期待した通りに振る舞うにも支障が生じよう。その時、韓国は、自らの「生煮えのナショナリズム」の無残に気付くことになるのであろう。ただし、そのことには、我が国は何らの責任を負うものでもない。我が国としては、その時、自らの利害に基づいて、どのように振る舞えばよいかを今から考えておけばよいだけのことである。  
 
 従って、私は、今後、中韓両国との関係を構成し直す際には、我が国は、徹底して実利的な姿勢によって相対すべきであると考えている。当座の話としては、二〇〇八年夏季オリンピックの北京開催、あるいは来年のサッカー・ワールドカップ開催は、それぞれ中国と韓国に対しては、我が国と協力し合わなければならない現実を課している。互いにどのような感情を持とうとも、我が国も中韓両国も協力すべきは協力しなければならないのが、相互依存関係の進展した国際社会の現実である。また、情報の伝播が急激に進む現状では、中韓両国の中での「反日」論理の展開は、即時に我が国の幾多の人々の知るところなる。近い将来、我が国において「先の大戦」の記憶に呪縛されない世代が大勢を占めるようになれば、このような論理の展開は、「嫌中感情」や「嫌韓感情」を残す結果しか生まないであろう。我が国は、その現実を静かに提起し続けるべきである。多分、そのことは、経済その他の点での格差や従来の関係を前にすれば、中韓両国には恫喝的な響きを与えるものかもしれない。しかし、そのような現実を踏まえない限り、我が国と中韓両国が互いに安定した関係を築くことは無理である。  
 
 以上の観点からすれば、特に中韓両国に対して、「近隣諸国への配慮」の名の下に我が国が「善意」を示し続けるのは、その「善意」が結局は受け容れないという冷めた認識に裏付けられている限り、決して愚かなことではない。われわれとしては、「近隣諸国への配慮」という方便を傍らに置きつつ、我が国に必要とされる事柄を粛々と進めるだけである。更にいえば、「近隣諸国への配慮」の名の下に、何らかの「善意」を示し得たかのように装うことができれば、そのこと自体は、対外的な振る舞いとしては誠に結構なことである。  
 
 繰り返しになるけれども、山崎拓氏は、「近隣諸国への配慮」によって、小泉純一郎総理の靖国神社参拝繰り上げを進言した。山崎氏は、その進言によって、特に小泉総理の八月十五日を期待した層から批判を浴びている。しかし、率直にいえば、私は、山崎氏の「近隣諸国への配慮」が、我が国の国益に甚大な損害を及ぼしたとは考えていない。小泉総理は、紛れもなく総理大臣としての参拝を実行したのだし、本来、靖国神社に祀られる御霊にとって意味を持つのは、春秋の例大祭の日に他ならないからである。  
 
大体にして、我が国の周辺状況を前にすれば、「近隣諸国への配慮」の最たるものは、我が国が「弱い存在」である状態を放置することである。一般的にいえば、何れの国々にとっても、近隣の国々が「強大な存在」になることは、それ自体が自らに対する脅威の出現を意味する。特に中国にとっては、我が国が「弱い存在」であり続けるとともに都合の良い「現金引出機」として働き続ければ、これほど歓迎すべきことはないであろう。その点、「近隣諸国への配慮」を徹底すれば、現行憲法典第九条の改訂、集団的自衛権の行使の許容、有事法制の策定といった諸々の政策は、当然のごとく排除される。中国政府は、目下、歴史認識を巡る一種の「贖罪意識」を巧妙に利用しながら、我が国に「近隣諸国への配慮」を求め、そのことによって我が国を「弱い存在」の状態に押し留める政策目的を追求しているのではないか。そして、この中国政府の論理に自覚にしたにせよせざるにせよ追随しているのが、我が国において「進歩派」、「リベラル派」と称するメディアや幾多の知識人であり、「親中派」と目される与野党の政治家や官僚である。  
 
然るに、現行憲法典第九条の改訂、集団的自衛権の行使の許容、有事法制の策定といった諸々の政策の断行に熱意を示し、「新・日米防衛協力指針」関連法案の審議と成立に手腕を発揮した山崎氏が、「近隣諸国への配慮」の故を以て批判を浴びたのは、誠に奇妙な光景であった。この上は、私は、山崎氏に対しては、小泉内閣を支える連立与党の要の自民党幹事長として、現行憲法典第九条の改訂、集団的自衛権の行使の許容、有事法制の策定といった施策の内、何れか一つでも着実に片付けてもらうことを期待する。中国辺りから懸念が示されれば、それに応じて、適宜、「近隣諸国への配慮」を示せばよいだけのことである。  
 
 従来、我が国では、何らかの対外摩擦が浮上すれば、「近隣諸国への配慮」という対応は、割合、安易に用いてられてきた。しかし、目下、勢いを増しつつあるのは、「近隣諸国への配慮」という対応それ自体の意義を懐疑し、中韓両国からの諸々の要求には毅然と対応すべきという声である。本来、「近隣諸国への配慮」とは、対外政策を進める上での数多あるマヌーヴァーの一つでしかない。われわれが心得るべきは、どのように、そのようなマヌーヴァーを使い分けていくかということでしかない。われわれ自身の「狡猾さ」の如何が、今、問われているのである。  
 
三、東南アジア歴訪は、何を焙り出したか。  
 加えて、結果として小泉総理を「前言撤回」に追い込んだこと以上に、山崎氏に対する批判を誘発しているのは、靖国神社参拝後の東南アジア五ヶ国歴訪である。山崎氏は、去る八月十六日から二十四日まで、小泉総理の親書を携え、東南アジア五ヶ国(インドネシア、シンガポール、タイ、ヴェトナム、カンボジア)を歴訪した。その歴訪は、「お詫び行脚」、「謝罪外交」という言葉で批判の対象となっているのである。たとえば、平成十三年八月二十一日付産経新聞朝刊社説「主張」欄は、山崎氏の歴訪を取り上げ、「火に油を注ぐ幹事長外交」と題し、次のような批判を加えていた。  
 
 「東南アジア五カ国歴訪中の自民党の山崎拓幹事長は、シンガポールのリー・シェンロン副首相との会談で、自ら率先して小泉純一郎首相の靖国神社参拝を持ち出した。インドネシアのメガワティ大統領との会談でも幹事長は靖国参拝に関連し、首相親書の中の『アジア太平洋の平和に積極的に貢献していく』との部分を読み上げ、理解を求めたという。 シンガポール政府も現地マスコミも、首相の靖国参拝を比較的冷静に受け止めていた。それだけに、事実上の首相特使とも言える幹事長が、靖国参拝をあえて政治問題化したことは不見識のそしりを免れないだろう」。  
 
 しかし、私は、小泉総理が山崎氏を事実上の「特使」として派遣したこと自体は、二つの意味で賢明なことであったと考えている。  
 
第一に、山崎氏は、小泉総理との関係からは、東南アジア諸国に対する説明行脚を引き受ける「特使」としては、適任の人物であった。というのも、小泉総理にとって、靖国神社参拝は、自らの信条を押し通した決断であった故に、その真意を他国に向かって説明するためには、小泉総理の信条を共有しつつ、参拝までに至る経緯を知る人物でなければ、務まらなかったはずであるからである。無論、本来は、このような役割は、総理の命を受けて外務大臣が担うべきものかもしれない。しかし、田中真紀子外務大臣は、その個性や日頃の言動から判断する限り、「自分は反対していたのに…」といった余計な発言をしかねない存在である。しかも、歴代四事務次官更迭とその後任人事を巡る経緯が示しているよううに、外務大臣と官邸との反目は、誰の眼にも明らかになっている。加えて、度重なる省内詐欺、公金流用事件の発覚、あるいはそれに対する世の厳しい批判は、外務省内官僚組織の士気を明らかに低下させている。小泉総理にとって、通常の外交ルートは、自らの参拝の意図を伝えるのに使い勝手の悪いものであったという事情は、確かにあるだろう。このように考えれば、山崎拓という「特使」には、外務大臣と官邸との対立、あるいは外務省それ自体の機能低下という現実が、反映されているといえる。我が国の外交中枢が混乱しているのは、我が国にとって誠に憂えるべきことではあるけれども、小泉総理にとって、山崎氏という誠実な「特使」を得ることができたのは、幸運であったということなのではないか。  
 
 第二に、小泉総理の靖国神社参拝が内外に投げ掛けた波紋の大きさを前にすれば、特に中韓両国以外のアジア諸国に対して参拝の真意を説明しようとしたのは、思慮深い対応であった。無論、前に触れた産経新聞社説のように、山崎氏の説明行脚には、歴史認識を巡る体外摩擦に関して、「火に油を注いだ」という評もあるだろう。しかし、「先の大戦」における我が国の行動が影響を及ぼした国々を無視するがごとき振る舞いは、決して具合の良いことではない。加えて、余り指摘されないことではあるけれども、山崎氏の説明行脚は、意外と大事な成果を生んだのではないか。それは、結局のところ、「アジアは一つ」ではないことを明らかにしたということである。  
 
私は、山崎氏が訪問した国々の中にマレーシアが含まれていなかったのは、重い意味を持っていると考えている。振り返れば、平成六年八月、マレーシアのマハティール首相は、歴訪中の当時の村山富市総理に対して、「五十年前のことを謝り続けるのは理解できない。」と語ったとことがある。このマハティール首相の認識を前にすれば、多分、山崎氏が訪問しても、同じ認識が示されるだけであったろう。逆にいえば、山崎氏の歴訪には、「マレーシア以外の東南アジア諸国にとって、歴史認識を巡る問題が、対日関係上、どれだけの比重を占めているか。」を焙り出す効果があったのではなかろうか。事実、共同通信が伝えたところによれば、八月二十日、山崎氏と会談したフン・セン首相は「戦没者の霊を弔うことは当然のことである。」と述べ、小泉総理の靖国参拝に理解を示したとのことである。また、諸々の報道によれば、インドネシアやヴェトナムでも、小泉総理の親書を基にして靖国神社参拝の意図を説明する山崎氏に対しては、会談の相手となった各国首脳から困惑の眼差しが向けられていたようである。  
 
 考えてみれば、それは、当然のことである。たとえばカンボジアの人々にとって、「戦争」とは、一九七〇年代以降の「内戦」に他ならかったはずであるし、ヴェトナムの人々にとっては、第一次インドシナ戦争でありヴェトナム戦争である。インドネシアでは、既に独立を達成した東ティモールに続いて、アチェ、イリアンジャヤといった地域の独立運動が興り、インドネシアは、手際を誤れば国家それ自体が分解しかねない危うさに直面している。このような国々にしてみれば、日本という国家は、「半世紀前の遺恨の相手」というよりは、「国家建設に必要な存在」としての色彩が強いのではなかろうか。それ故、山崎氏の歴訪が諸国の懸念を招いたとすれば、それは、「小泉改革」の文脈で政府開発援助の削減を伝えたことによるものであろう。二コロ・マキアヴェッリは、「人々は、父親の死はじきに忘れてしまっても、自分の財産を奪われたことは、忘れがたいものだ」と語っている。我が国の財政事情の悪さは、あらためて指摘するまでもないけれども、これらの国々に対する援助を一律に削減するという有り様は、再考すべきであろう。中国が世界貿易機構加盟の直前という段階に至り、オリンピックの開催を決めた今、中国に対する政府開発援を続ける必然性は減っていると思われるし、その点でも、対中援助は減らしても対東南アジア諸国援助を充実させるという「戦略性」は大事だと思われるのである。  
 
前節で論じたように、われわれは、従来、何らかの対外摩擦が浮上すれば、「近隣諸国への配慮」という対応を割合、安易に用いてきた。しかし、靖国神社の位置付けに象徴される歴史認識の問題で強硬な姿勢を示すのは、中韓両国を除けば、華僑系の人々が強い影響力を持つシンガポールぐらいのものである。他の国々には、それぞれ別の思惑がある。紛れもなく、「アジアは一つ」ではないのである。それ故、中韓両国に対する配慮は、他の国々に対する配慮とは質を異にするものである。中韓両国に対しては、当面の間、「過去の認識」への考慮を加味した政策が展開されなければならないであろうけれども、山崎氏が歴訪した国々に対しては、今後、そのような考慮を突き抜けた新たな次元での政策が展開できるはずである。それぞれの国々に対しては、それぞれの国々の事情に応じた政策を展開すべきであって、「近隣諸国への配慮」という言葉で納得した気分に浸るのは、知的怠惰の極みでしかない。山崎氏の東南アジア歴訪は、そのことを焙り出したという意味でも、評価されるべきであったといえるのではないであろうか。  
 
四、おわりに―政治、あるいは「より小さな害悪」を選択する技芸  
 私は、以前、平成十三年三月二十九日付産経新聞朝刊に掲載された論稿「私はあえて山崎拓氏を推す」、と雑誌『中央公論』(平成十三年六月号)に掲載された論稿「山崎拓『憲法改正試案』にみる『意志』」の二度に渉り、山崎拓氏を擁護する論陣を張った。実をいえば、私は、山崎氏の特別の知遇を得ているわけではない。去る五月、山崎氏を中心にして開かれたパーティに招かれ、その席で言葉を交わしたのが、私が山崎氏と直に接した唯一の機会である。前に挙げた二編の論稿は、山崎氏の著作や発言に即して、私が評価を下したものなのである。  
 
 本稿は、山崎拓という政治家を私が論じたものとしては、第三の論稿である。世の人々は、傍目から見れば、「何故、櫻田は、それほどまでに山崎拓を買っているのか。」と訝ることであろう。山崎氏には、一般的に「手堅い政治家」という評はあるかもしれないけれども、氏は、小泉総理や他の政治家がそうであるように、その演技能力や弁論能力を以て、国民一般の共感を得るような類の政治家ではないであろう。率直にいえば、私は、いかなる意味でも、山崎氏に情緒的な共感を抱いたことはない。私が山崎氏を擁護した論稿を立て続けに発表し、あらためて氏を扱った論稿を世に問うのは、我が国の今後を展望する上で、それが必要なことであると考えるからである。  
 
 振り返れば、平成改元以降、我が国では十一名の総理大臣が次々と交代した。遠藤浩一氏が著した『消費される権力者』に依るならば、我が国の政治指導者は、世の雰囲気によって次々と「消費」されてきた。我が国の政治指導者は、「使い捨て」にされてきたのである。私は、このような政治指導者の「消費」なり「使い捨て」には、歯止めを掛ける時期が来ていると考えている。現在の我が国では、進歩派であれ保守派であれ、割合に平然と政治家を罵倒する言論が幅を利かせているけれども、そのような言論は、結局のところ政治家の「消費」を促すものでしかないであろう。少なくとも、私は、そのような言論に加担するつもりはない。政治家の「消費」を無邪気に続け、「そして、誰もいなくなった」状況を前にして、「誰か人材はいないのか」と途方に暮れる。われわれは、そのような滑稽な光景が既に出現していることを憂慮しなければならないのではないか。従って、私は、現下の小泉総理の政治運営には、たとえ様々な点で不満を覚えることがあったとしても、総じて温かい眼差しを向けようと思う。大体、政治指導者が一定の政治上の業績を挙げるには、就任後半年という時間は、「助走」とも呼ぶべき段階でしかない。民主主義体制の下では、人々は「待つ」ことに往々にして耐えられないものであるけれども、一定の政治業績が出来上がる際には、「待つ」ことが大事であるのは、事実であるからである。しかし、それにもかかわらず、小泉総理が政権運営に行き詰まり、世に「消費」されることになったならば、後に続くと目されるのは、自民党内では山崎氏の他、河野洋平、加藤鉱一、亀井静香の各氏であり、野党では小沢一郎、鳩山由紀夫の各氏であろう。これらの政治家の顔を眺めて、「こういう政治家しかいないのか…。」という嘆きの声が挙がるかもしれないけれども、それは、無意味である。そのような嘆きは、自らの指導者を養成することを怠った国民の側の咎を表すものでしかないからである。私は、憲法典改訂や安全保障といった政策領域における見識や実績の一点において、山崎氏に期待を寄せようと思う。日本時間九月十一日夜に発生した「米国同時多発自爆テロ事件」は、何れの国々にとっても、安全保障が国政の究極的な課題であることを示したのであれば、それは、なおさらのことである。私が「山崎拓論」を重ねて世に示す所以は、紛れもなく、そのような期待に依っているのである。  
 
政治とは、諸々の現実の拘束の中で「より小さな害悪」(lesser evil)を選択する技芸である。特に外交や対外政策の場裡では、その色彩が一層、際立つことになる。世の人々は、往々にして、自らの政治指導者に対して、あたかもホームランを打って大量得点を得るかのような派手な政治上の業績を期待するかもしれない。しかし、実際の政治運営の場では、内野安打を連ねるような様態で取り敢えずの「成果」らしきものが示されるだけである。政治は、特に民主党や社民党の中に逼塞しているように、国家の命運を担うという気概を持たず「観念の遊戯」に耽っている人々にとっては、誠に気楽な稼業かもしれないけれども、「国家」の重みに耐えながら「現実」と格闘する人々にとっては、誠にフラストレーションの溜まる営みなのである。諸々の政策というものは、当初の構想として描かれた「青写真」の六割が実現できれば、上出来といったところかもしれない。それ故、政治という営みに直接には関わることのない幾多の人々(学者・知識人、メディア関係者、あるいは市井の人々)にとって、心掛けなければならないことは、「より小さな害悪」の選択を積み重ねざるを得ない政治家の立場に共感を保ちつつ、それでもなお、「より小さな害悪」の選択それ自体が目的と化さないように、眼を配るとともに当初の「青写真」を示し続けることである。「より小さな害悪」を積み重ねる苦しさに対する共感を持たない言論は、いかなる意味でも、気楽にして無責任なものである。小泉純一郎内閣という未曾有の人気を得ている内閣を「裏方」として支える山崎氏の姿を思い浮かべれば、私は、あらためて、そのようなことを実感する。
 
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