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【山崎拓政経フォーラムIN福岡】福井俊彦氏講演記録:「日本経済の進路」
福井俊彦氏、次期日銀総裁内定 !!
政府は24日、3月19日で任期が切れる速水優日本銀行総裁の後任に、元副総裁の福井俊彦・富士通総研理事長を、起用する人事を内定しました。  
 
昨年6月1日、ホテルニューオータニ博多で「山崎拓政経フォーラムIN福岡」を開催いたしました。その時講師でおいでいただいたのが福井俊彦様でした。  
講演では小泉内閣が推進する構造改革について、また、世界経済と日本の役割についてお話くださいました。  
 
下記は、その講演内容を一部抜粋したものです。是非ご一読ください。  
 
また、HPの上の「お知らせ」【2002年6月1日:「山崎拓政経フォーラムIN福岡」開催】の中に当日福井俊彦様がお配りになったレジメ(資料)も掲載しておりますのでご参照ください。  
 
――――――――――――――――――――――――――  
「日本経済の進路」  
 
福井俊彦氏  
 
1958年東京大学法学部卒、日本銀行入行、1994年副総裁に就任。98年富士通総研理事長に就任、01年経済同友会副代表幹事就任。  
 
 
高度成長の余韻を断ち過去との決別を―構造改革には10年の歳月が必要―  
 
福井でございます。今日は山崎幹事長のお招きにより、こうして皆さまがたの前でお話を申し上げる機会をちょうだいし、誠に光栄に存じております。  
 私からは、皆さまがたの関心が高いデフレの問題、不良債権の問題、さらには日本の将来の設計といったことに触れながら、広く経済全般のお話をさせていただきたいと思っております。  
 
 小泉内閣発足後一年余りが経過し、国内では構造改革の進展ぶりが余り目立たないとの批判もございます。また海外でも、特にアメリカにおいては、小泉内閣の構造改革の遅れを議論の対象にしようとの傾向が強いように感じられます。しかし、私は構造改革には十年を要すると考えております。  
 イギリスのサッチャー内閣の例を見ても、米国のレーガン大統領の下での構造改革の例を見ても、いずれも約十年かかって、経済も社会も新しい動きを示すようになりました。  
 また、本格的な構造改革に手が染まると、世の中は一見変わっていないように見えて、底流から変化が始まるのも事実でございます。私はこの一年、小泉内閣の下での日本の経済社会の様相をつぶさに観察したところ、過去との訣別を図るという意味で、いくつかの大きな変化が生じてきていると思います。  
 一つは、経済の面で高度成長の余韻を断つということです。  
 高度成長時代は成功物語の連続でしたから、それに即して取り引きや雇用慣行がしっかり根付いてしまいました。また日本の経済社会の隅々にいたるまで既得権が累積しました。今となってはそれらが構造調整の足かせとなっております。しかし最近は、特に民間の経済界を中心に、今後は高成長ではなくても芯の強い経済に移行しなければならない、民間が率先して努力していかなければならない、そういう気運が非常に高まってまいりました。  
 
地方の自立と国際コミットメント  
 
 それから経済に限らず、広く社会全般の問題につきましても、中央政府への過度の依存を改めようとする動きがあります。自分のことはまず自分で手掛け、責任をもって成し遂げていこうとの気構えが出てきたと思います。典型的なのは地方の自立の意識が非常に強くなってきたことではないでしょうか。私も経済同友会の仕事でしばしば地方を訪問しておりますが、私が「地方分権」という言葉を使うと、「そうではない」とお叱りを受けるケースが増えてきました。「地方の自立だ」とおっしゃるのです。先程山崎市長さんは「自主性」という言葉でこれを表現されましたが、このように地方のことは地方でまずやる、地方でできないことは国でやる、そしてさらに大きな問題があればそれは国際社会で解決していく、そういう原則に沿って我々の心構えも整いつつあるように思われます。  
 もう一つは平和の概念、或いは国際的なコミットメントへの認識が我々国民の心の中で大きく前進したことであります。昨年九月十一日の米国同時多発テロ事件が大きなきっかけになったと思われますが、国会でテロ対策特別法が成立し、現実に自衛隊がインド洋に派遣され、また現在も国会で有事法制の議論が行なわれている状況でございます。  
 
世界で始まる4つの変化  
 
 日本だけでなくこの一年、世界においても新しい変化が起っています。  
 第一は、グローバル化、情報通信革命それ自体が試練の時期を迎えていることであります。  
 アメリカンスタンダードが即グローバルスタンダード、アメリカンエコノミーのみがニューエコノミーといった具合に、これまでのグローバル化は極めて単線的なものでしたが、今後のグローバル化については、地球上にいる我々一人ひとりが持つ異なる価値観を相互に尊重し、相互にぶつけあって、より良いものに仕立て上げていくという複雑なグローバル化の方向へ、潮の流れが変わろうとしているように感じます。  
 第二は、中国の存在感が飛躍的に大きくなってきたということでございます。  
 昨年十二月十一日に中国はWTOへの加盟を果たしました。今後十年間、仮に中国が7%強という現在の成長率を維持しますと、今の巨大な中国経済が更に二倍の大きさになります。こうした中国の存在は現に世界経済の仕組みを大きく変えつつありますし、今後、更に大きく変えていくことを確実と思わせる要因です。  
 第三は、グローバルガバナンスの変化です。テロ事件の発生、中国の存在感の増大といったことのほか、欧州の統合などもあり、地球上の様々な問題を裁いていくうえに、アメリカのリーダーシップのあり方を含め新しい国際協力のあり方について模索が始まった、という感じがいたします。その中に日本も積極的なコミットメントができる国として参画していかなければなりません。  
 第四に、環境問題が一段と前面に出てまいりました。昨年十一月十日にはマラケッシュで、京都議定書の発効をほぼ確実にする世界的な合意が達成されました。昨日、欧州においては批准書が正式に国連に寄託され、日本でも、来週早々にこの議定書に批准するための閣議決定が予定されておりまして、ロシアが今後どのような手順になるかという問題が残されていますが、京都議定書の年内発効はほぼ確実になってきたと思われます。  
 アメリカが京都議定書から離脱したという大きな問題があることはご承知の通りですが、アメリカ自身、今年二月十四日に独自の地球温暖化ガス対策を発表しておりまして、アメリカの企業は地球温暖化ガス削減に向けてイノベーションに積極的に取り組み始めています。つまり、環境問題への取組みという新しい競争は、実はアメリカが一歩先にスタートを切ったかも知れないという状況です。  
 中国やインドなど大きな発展途上国もいずれ環境対応の世界的なフレームワークの中に入ってもらわなければならないのですが、このところ中国は地球温暖化ガスだけでなく、環境問題全般にかなり関心を寄せるようになってきているようにうかがわれます。7%を超える高成長を何年も続ける中で環境を汚染していることを自認するようになってきたこと、自然現象として砂漠化が進行していること、がその背景にあります。北京のすぐ近くまで砂漠が迫っているという状況で、中国ではこの点を含め広い範囲の環境問題について人々の認識が次第に高まってきています。  
 
世界の変化を踏まえ日本が抱える3つの課題  
 
 今後、日本はこのような世界の大きな変化、世界共通の問題を自らの課題として取り入れながら、新しい経済そして社会を作っていかなければなりません。  
 そこで大変僭越ですが、日本にとって喫緊の課題を私なりに、三つばかり挙げせていただきます。  
 一つは民主主義の仕組みの再構築です。我々の価値観やものの考え方を磨き上げて、全体としてこの国をどういう国にするか、高度な意見集約がなされるように、そして国際経済社会がこれから新たに直面する様々な課題の解決に役立つよう情報発信し、必要に応じ積極的にコミットメントをしていくことができるところまで、国民の意思決定の仕組みをレベルアップすることだと思います。  
 二つ目は、経済の活力の再構築であります。まず、高度成長時代は完全に終ったのだと明確に認識する必要があるでしょう。元に戻るという気持ちをいささかも残さないということが非常に大切です。そして、大量生産、大量販売に過度に傾斜していた今までの仕組みを基本的に改める。これからは付加価値創出の最前線で競り勝つことができるように経済の仕組みを刷新する。この面では民間の役割が非常に大きいと思います。日本を代表する主要な企業、金融機関は初めからグローバルな競争を意識して、世界の市場で他を圧倒する覇気と強い競争力を身に着ける必要があると思います。  
 三つ目は、これからグローバル化がもっと複雑なものになると申し上げましたけれども、この中に日本もしっかりと参画していかなければならないということでございます。日本は戦後五十年間、とりあえず経済を優先し、高度成長という形で成功物語を築き上げました。本来は、経済的側面に加え、安全保障を含む政治的、外向的な側面、さらには文化的、文明的な側面などいろいろなものが整合的にできて、それが国としてのリーダーシップや魅力の源となるのでしょうが、経済以外の側面を後ろに置いて国を築いてまいりました。  
 これからの複雑なグローバル化の中で日本がしかるべき位置を占め、リーダーシップを発揮するということになりますと、この三面等価の原則はきちんと守らなければなりません。日本においても精神的な社会基盤が豊かに形成され、日本からの情報発信に非常に魅力があるという姿に持っていく必要があります。  
 現在、小泉内閣の下で構造改革が進められています。ともすれば経済的な側面に一般の関心が偏りがちではありますが、私は小泉内閣の構造改革の中身をあえて整理すれば、結局この三つに行き当るのではないかと理解しております。  
 
民間主導で新しい日本の創造を  
 
 小泉内閣発足から一年あまり経て、今我々一般国民の心のうちを正直に申し上げますと、過去との訣別だけでなく、そろそろ将来のイメージを具体的に見せてもらえないかとの思いがあります。破壊だけが進んでいつまでも将来の姿が見えないと不安が募る、これが国民一人一人が心の底に持っている素直な気持ちでございます。  
 ただ、将来のイメージを考えるときに、一つ私が気掛かりなのは、日本はこれまであまりにも政府のリードに頼る型でものごとを築いてきたことです。政府がはっきりと方向を示し、それについて行く形が、余りにも定着しすぎている点が気になっています。小泉内閣が画用紙に絵を描き終るまで民間が動かないのでは、これからの新しい作業は成功しないのではないか、そんな気がしております。今後の日本について言えば、民間が自分の目で見て、もし先々に明確な方向性が認められるならば、そこは民間がリスクをとってまず一歩踏み出す、そういう気風を広げていくことが出発点として非常に大事ではないでしょうか。  
 アメリカのIT革命、スーパーハイウェイ構想が好例です。前政権のゴア副大統領は情報のスーパーハイウェイ構想を打ち出したことで有名ですが、これも政府がいきなり絵を描いて、アメリカの民間企業がついて行ったということではありません。民間が先行して走っている姿全体を捉え、ゴア副大統領がイメージを整え、政策的に後押しすることとしたのです。実際にその後も民間が主導権を持って動いたのが実態です。  
 これからの日本も、民間が先に動く癖を身に着けなければなりません。そのためには、まず我々民間の目で将来を見据える必要があります。そうすればいくつか将来の節目となる時期を明確に意識できるのではないか。恐らく、それほど異論なく多くの人が合意できる節目がいくつかあるのではないかと思いまして、三つの節目を挙げました。  
 
日本が迎える3つのターニングポイント  
 
 一つは二〇〇五年です。日本の総人口の伸びは現在、ほとんど止まっています。そして、〇五年の直後に日本の総人口はピークを迎え、減少が始まります。  
 日本経済は一九八〇年代後半にすでに成熟段階を迎えました。それだけでも高成長は望めなくなった状況ですが、人口が減少するということは、じっとしていれば成長がマイナスになる経済です。その大きな節目を迎えようとしています。  
 その直前の〇五年までに、先程私が申し上げた高度成長の余韻を完全に断って、新しく芯の強い経済にしていく、その完成にメドをつけなければなりません。つまり、〇五年までには、いわゆる知識創造型経済への移行にメドをつけなければならない。これが一つの大きな節目ですし、これこそ本当に民間が担う仕事でございます。早く一歩を踏み出す必要があると思います。  
 次が二〇一〇年。この一〇年には理由が三つほどあります。  
 理由の第一は、今、世の中でリーダーシップをとっている団塊の世代が一〇年の頃には引退の時期を迎え、国の財政には社会保障の面から更に大きな負担が及んできます。  
 国家財政は現在相当に傷んでいますが、それまでに新たな負担を背負えるだけの余力を取り戻しておく必要があります。小泉内閣も二〇一〇年頃までに財政の基礎的なバランスであるプライマリー収支を黒字にしようという方針をこの春明らかにしていますが、正しい目標だと私は思います。  
 理由の第二は先程も申し上げましたが、中国経済がその頃には現在の更に二倍のスケールになるということです。今いう「中国脅威論」どころではない、更に倍になる。こういうお話をすると、本当にそうなるのかといった質問をたくさん頂戴します。しかし、私が話しているのは中国の将来ではなく日本のことです。中国がうまくいかないかもしれないというのでなく、順調に発展するという前提で我々自身の将来設計を描いた方が、将来、うんと自信をもって進める。  
 従って企業も新しい国際展開のあり方をきちんと立て直す必要がありますし、国全体としてもアジア諸国との相互依存関係を真剣に考えていく必要があります。  
 理由の第三は先程の京都議定書ですが、地球温暖化ガス削減の最初の目標年度が二〇〇八年から二〇一二年、つまり最初の目標年度のちょうど真ん中が二〇一〇年となっています。そのため日本は一〇年までに地球温暖化ガス削減型経済へと移行していく、また、そのスピードを加速していく必要があります。  
 以上の諸点については、民間の動きを後押しする政府の政策が、今後、明確にデッサンされていかなければならないと思いますが、ともかくまず民間が動き出して少しもおかしくないし、民間が早く動き出せば動き出すほど日本の将来の姿はより良いものになると思います。  
 
エネルギー自給自足率5割を目標に  
 
 この二つでもいいのですが、私は更にもう一つ、かなり先の二〇三〇年の節目を挙げたいと思います。  
 私はその時までにつまり今から約三十年をかけて、日本のエネルギー自給率を五割まで引上げるという目標を掲げてはいかがかと思っております。  
 現在、日本のエネルギー自給率は二割以下でございます。つまり八割以上を海外の石油等、化石燃料に依存している。特に中東への依存度が高いのが現状です。  
 相当大きなイノベーションの達成が必要でしょうが、これから先は民間のイニシアチブで国内のエネルギー源を開発するといった目標に向かって、企業が努力を始めたらいかがでしょうか。  
 一つの例を申し上げますと、日本は非常に美しい森林に恵まれた国です。同時にこのような森林資源を最も活用していない国の一つでもあります。こうした日本の持っている自然資本を有効活用しながら、新しいエネルギー源つまりバイオマスエネルギーを現実のものとする可能性を探るべきではないでしょうか。この場合森林管理の方式を改善しなければなりませんが、これは豊かな生態系の保全にもつながります。このようにして、自然資本から我々の将来の国民生活はうんと恵みを享受する、そういう条件に非常に恵まれた日本であります。  
 つまりエネルギー源をどんどん自然資源の中から取りながら、同時にそこをうまく管理すれば生態系が保全されて、自然から我々国民生活に非常に温かいサービスがはね返ってくる。このような形態を目指すべきではないでしょうか。  
 その他に、地域の分散型発電があります。今、技術の世界では色んな検討が進んでいますが、コスト的にマイクロガスタービンが非常に有力な候補だと言われております。それから燃料電池、廃棄物からとるエネルギー、風力といったものについて研究が進んでおりまして、地域によっては現実化への努力が始まっているところもございます。  
 中東の石油に依存するのが当たり前だという固定観念から脱却して、いろいろな形で本来日本が持っている豊かさを活かしていくということはみんなも楽しくなるし、企業も必死になって努力するに値する。地方でそのようなことができるとの感覚が出てきていることは、素晴らしいことではないでしょうか。  
 単純な夢物語で申し上げている訳ではなくて、私の調べました限りでは技術的な可能性が相当あるという前提で申し上げた訳でございます。  
 
世界経済は同時不況を脱却へ  
 
 次に、現実の世界経済と日本経済について簡単に申し上げます。  
 この春から世界経済は同時不況を脱却してどうやら回復の方向に進んでいます。それはアメリカ経済が予想以上に早く回復過程に入ったということを主たる理由とするものです。  
 テロ後のアメリカ経済が、それほどひどい落ち込みに至らないで早く回復過程に入った理由は二つあろうかと思います。  
 一つは、アメリカの企業が情報通信革命の恩恵を受けて正確な情報を手にしていたために、生産を大幅に抑制して在庫調整を非常に早く進めることができたということです。もう一つは、テロ直後に私はアメリカに参りましたけれども、アメリカの市民はテロ後、悲観的になることなく、むしろ断固戦うという強い姿勢を固めました。そうはいっても、消費の面では倹約に走るのではないかと見ていましたが、現実の経過を見ますと、意外に消費は落ち込まず、そこそこにもってきています。この二つの理由でアメリカの経済は予想以上に急速に立ち直ってきました。  
 だからといってこの先、一本調子に早いスピードでアメリカの経済が回復するかというと、多くの識者は少し疑問をもって見ています。理由はいくつかありますが、経済的な理由としては、アメリカはハイテクバブルと呼ばれた九〇年代に日本のバブル時代と同じではないかと思えるほど、企業が積極的な設備投資をしたことが関係しています。つまり、アメリカの企業はたくさんの設備を抱えているのですが、この設備が動いていないのが現状です。これら不稼動資産、過剰設備は在庫の過剰と違い、企業にとってその調整は重い負担です。在庫の調整は生産を抑えれば自然に進みますが、設備の調整はそうはいきません。勿論、将来にわたってこの設備が使えるのであれば問題は多少軽減されますが、まだ一度も使ったことのない新品の設備であっても技術が進歩すれば、過去の設備は陳腐化して、結局償却せざるを得ない部分が増えてきます。設備の償却は、新しく企業が収益を上げて、それで償却するしかありません。企業にとって非常に重い負担になるという意味がこれでお分かりいただけると思います。  
 日本の過剰設備が企業にとって非常に負担が重いというのと同じ理屈での重さが、アメリカ企業の肩にかかっています。従ってアメリカ経済の先行きについては必ずしも楽観できない、少し気を付けて見ていったほうがいいと思います。  
 
日本経済に必要な企業競争力の再構築  
 
 日本経済につきましては、〇一年度は数字はまだ出ておりませんけれども、恐らくマイナス1%前後の成長に止まったのではないか、と思われます。  
 今年がどうなるかというと、IMFによればカレンダーイヤーの〇二年もマイナス1  
%という悲観的な見通しとなっています。  
 これは少し悲観的すぎないかという気もいたしますが、しかし実態からそう大きく離れている訳でもなさそうだと思われます。  
現実の動きをみると、海外の景気の立ち直りの好影響が少し及んできているということと、国内でも企業は在庫調整を早く進めて生産が底打ちの様相を見せ、経済全体として少し立ち直ってきている状況です。気分的にも少し明るさが出てきておりますが、お金の面から見ますと中央銀行がこれだけたくさんの流動性を供給しても、企業の投資が活発になり、個人の消費活動も活発になるという形で、お金がうまく経済の中で回転するところまでは来ておりません。前年度に較べ、今年度の企業収益はかなり改善するとの見通しですが、収益が改善しても企業は投資を始めない、今そういう状況にあるようです。因みに〇二年度の企業の設備投資計画をみると、全産業でも、製造業だけでも、非製造業だけでも、今のところ昨年に比べてマイナスとなっています。海外からの好影響があり、国内での在庫調整が進むことで、景気の波動は多少良くなるでしょうが、エンジンの回転音は容易に高くならない。将来に向かって企業競争力の再構築をし、経済全体として潜在成長能力を整え直す努力が引き続き必要な段階にあるからです。  
 それまではお金を有効に使えない経済の状況、流動性の罠に陥ったような経済の状況から脱却しない、そういう状況がなおしばらく続く可能性があると思われます。  
 一番大事なことは、高度成長の余韻を断つという言葉です。単純なようで実は深い意味があります。高度成長時代は企業の行動を見ても、みんなで同じような行動をとろうとする、それが結果的に良い結果を産む、この循環が高度成長のパターンです。その余韻を断つということは、これからはそれぞれが独自の道を選択し、積極的にリスクをとらなければならない時代になっています。企業は今、コスト削減という後ろ向きの努力とともに将来に向かって積極的にリスクをとっていける体制の整備、そういうギアチェンジを進めている段階です。このギアチェンジのスピードを加速させていかなければなりません。  
 
民間主導で新しい需要の創造を 国内の高コスト構造が足かせに  
 
 日本だけでなく、世界の経済の仕組みが全体として今非常に大きく変わりつつあります。その中で、日本以外の国の企業は苦しんでいないのかというと、ある程度同じような状態で苦しんでいます。その意味では、日本の将来の見通しをそれほど悲観する必要はありません。  
 つい先般、中国に行きましたら、高度成長を続けている中にあっても企業の立場からはデフレで困っているといっていました。物は売れても価格が通らない苦しみは、日本でも外国でも同じような現象として出ているようです。  
 グローバル化や情報通信革命が進めばそれは当然のことかもしれません。世界のマーケットが一つになり、情報の非対称性が解消に向うと我々が経済学の初歩で習ったように、全体としての需要曲線と供給曲線の接点でしか価格は決まらなくなってきます。裏を返せば、マーケットが分断していた頃には企業がもう少し高いところで価格を設定することが可能だったということです。価格支配力が失われてきて世界中どこでも企業の立場は苦しくなってきています。つまり世界的な共通のデフレ要因があるんだと私は思っています。ただ、日本の場合にはこうした共通の要因のほかにもう一つ、国内のコスト構造、国内のコストが諸外国に比べて高すぎるという問題がございます。  
 
経済の定理が動く  
 
  お手元のレジュメ では、「要素価格均等化定理」などと、大変難しい表現をしておりますけれど、簡単に申しますと高度成長を五十年も続けている間に、日本の賃金水準が非常に高くなり、一単位あたりのものを作るのに過大な設備を使うようになりました。結局、日本は高度成長達成のために高コスト構造を作り上げたわけです。  
今、経済が開放体制になって、国際的に厳しく競いあっていかなければならない時代になりました。他国と比較して技術水準の面で大きくリードしている限りは、コストが高くても技術の差で吸収できます。しかし、技術の差が縮まれば縮まるほどコストの差を縮めようとの作用が働く、これが「要素価格均等化定理」というものです。この経済学の自然の定理がこの国の中で働いていて、コスト引下げの一環として懸命になって賃金の調整が行なわれています。一方でコストが高すぎることを避けて工場の海外移転が進んでいます。また、土地の値段も下がって資産デフレと呼ばれる現象が起こっていますが、すべて経済学の理屈通りのことが起こっています。  
 この対応策として、昔の景気対策のように何か政府が需要追加すれば解決するかというと答えはノーです。では、中央銀行が流動性をたくさん供給すればこの問題は解決しますか?やはりノーです。一時的に株価や土地の値段を釣り上げるために政府が買い上げれば問題が解決するか?やはりノーだということは、すぐにお気付になるでしょう。  
 それよりは企業が新しい需要を創り出していく、新しい世界に挑戦していく、つまり技術や知識のイノベーションを加速していかなければなりません。そのためには人材の育成もする、大学ももっと近代化しなければならない、これらを政府がサポートする方が、遠道に見えても真っ正面な道だと思います。  
 賃金のレベルの調整といった時に、非常に残念でありますけれども、これまでのところは賃金の一律カットで進んでいます。これですと経済の新しい芽を摘んでしまう結果になってしまいます。  
 企業が新しいものを創っていく、知識の創造をしていく時に、一番大切なのは知的労働者、或いは研究者といった人などです。非常に難しいのですが、労働力一単位当たりに見合った賃金が決められる仕組みを早く作り上げる必要があると思います。  
 資産デフレにしても、土地を買い上げて値段を釣り上げるのは駄目だと申し上げましたが、いわゆる都市再生をはじめとして、土地について新しい利用価値をつけていく形が本筋の政策と言える訳です。  
 
国債格付の低下には厳しい現実が  
 
 昨日の新聞を見ましても、日本の国債は格付けが大変低いところに下がって参りました。九八年以降、四回目の格付けの低下です。この問題をどう理解するかは中々難しいのですが、実は日本の国債の格付けの低下というのはその前段階において企業の格付けが下がり、金融機関の格付けが下がり、その果てに国債の格付けが下がっている、こういう厳しい現実があります。  
 これらすべてを盛り返して行かなければなりませんので、今後、我々が政府に期待する政策というのは在来型であってはならない。政府のお金の使い方についてはこれから経済を立直していくために、是非政府にやってもらわなければならない仕事は何か、我々国民の一人ひとりが、眼力をしっかりさせて、焦点を絞って政府にお願いをしていく必要があります。  
 そして政府では将来への時間軸に沿って、きちんと効果が上がるような政策体系を組んでいただく必要があります。従来の高度成長になれた我々は、これでは回りくどいとか、速効性がないとか思い勝ちですが、速効性はなくても、政府の打たれる政策がそれぞれ将来に向かっての布石になったんだな、という感覚に通ずることが、これから民間が力強く踏み出す踏石にもなるという意味で非常に大事ではないかと思います。  
 今、財政再建や税制の抜本改革など様々な重要な課題が議論されています。ただ、財政再建というのは諸外国の例を見ましても、増税で財政再建に成功した例はございません。歳出削減でこそ財政再建は成功しています。十年後にプライマリーバランスを黒字にするという政府の重要な方針がありますが、願わくば増税に片寄せずに、思い切って歳出削減することで財政の均衡化を進めてほしいと思います。  
 国民は将来への不安を持ちながら、この厳しい構造改革を乗り切ろうとしています。社会保障制度の改革をもっと手前に引き寄せてぜひ、実現してほしい。仮に将来、社会保障の給付が多少減ることになっても、絶対に壊れない制度を早く政府に作っていただくということが大切です。  
 無駄な歳出を切る、社会保障制度の改革が国民の納得できる形で進むという二つの前提が確実であれば、減税措置に踏み込みながら税制改革を進めることは、経済のダイナミックメカニズムを呼び起す方向に通じると考えられます。  
 いずれにしても我々のこれから進む道は大変に狭い道であります。政府に決して贅沢をお願いしない。我々自身が先に努力をする、そのために必要な布石を政府が時系列に合わせて敷いてほしいと思います。  
 
不良債権は血管につまったヘドロ  
 
 最後に、不良債権の問題ですが、先程、企業が余計な設備投資をしてしまうと、新しい収益を産まない限り、これを償却できないと申し上げましたのを、今一度思い出していただきたいと思います。  
 金融機関が抱えている不良債権は、結局企業が余計な投資をしたツケ、返済不能となって借金が金融機関の帳簿上に累積したものにほかなりません。不良債権は最終的に企業が新しくキャッシュフローを生み出さなければ消せないものであります。  
 しかしながら、不良債権を金融機関の手許に塩漬けにしたままでは、金融機能が鈍り、ひいては経済そのものが動きにくくなってしまう。血管にヘドロが溜まったようなもので、経済の新陳代謝が鈍る、そういうやっかいなものでございます。従いまして、よく言われておりますように、不良債権の評価をきちんとする。そしてそれに対して引き当てをきちんとする、問題企業の整理、再生を早く進める、厳しくともそれ以外に避けて通る道はありません。新陳代謝のメカニズムを早く回復して、企業がリスクをとって投資をして、収益を上げてそれで不良債権を最終的に消していく。これは血管に溜まったヘドロを早く掃除するという話です。  
 政府が金融機関の持っている不良債権を吸い上げても、この段階では本当の解決ではありません。財政赤字が増えるという形で、国全体としての経済には重石となり続けています。企業が収益を上げて、税金を納め財政の負担を解消して初めて重石がなくなるという話です。  
 しかし不良債権が金融機関の帳簿上にじっと留まっているよりは、本当に必要であれば、政府の勘定にこの不良債権を移して処理をしたほうが、企業がリスクをとり、それに対して金融機関が新たにファイナンスする動きが始まるという意味で問題解決に一歩近付くということがいえます。  
 今、改めて日本の金融システムに公的資金の再注入が必要かどうか、実に長い時間をかけて議論されています。潜在的な不良債権の大きさに比べ、金融機関の償却財源が不足しているのであれば、いずれ早い段階で政府が決断を示されるという必要もあろうかと思いますが、その場合には二つの条件があります。  
 
問題企業の整理の加速が公的資金の条件 金融機関をリスクテイクの場へ  
 
 一つは問題企業の整理、再生を加速すること。前回の公的資金注入の時には、金融機関に公的資金を入れておきながら、企業の倒産が増えることはまかりならぬとの政治的な意識がもちあがり、問題企業の整理、再生をむしろ遅らせる結果となったのではないかと私は思っています。  
 もう一つの条件は金融機関を集中治療室から解放してリスクテイクの競争の場に早く追いやるということです。国民の税金を投入したのだから、対象金融機関、一つ一つを集中治療室に入れて、一定の期日に、元本、利子を確実に返すようにずっと監視を続けるというやり方は、一見正しく見えて、実は正しくありません。  
 というのは、本来なら金融機関は早くリスクをとれる体制に移らなければならないのですが、政府の監視の下では、それができないからです。新たなリスクをとって、不良債権を増やすわけにはいかないという感覚に支配されてしまいます。  
 公的資金といえども基本的な性格は資本です。複数の金融機関に公的資金を入れれれば、そのうちのいくつかの金融機関はリスクテイクをして、経済再建に役立ち、その金融機関自身も収益を上げることができるでしょう。そうすれば、その金融機関の株は上がり、政府はそれでもって投入した公的資金を回収すればいいのです。他方いくつかの金融機関はリスクテイクの仕方が下手で、再び失敗し、国民の血税を無駄にしてしまう。これは資本として入れたからには、いたし方のないことです。しかし、成功した金融機関の株価の値上がりのほうが、捨てなければならない資本金よりも必ずプラスになると私は思っております。  
 何故かと申し上げますと、経済が立ち上がることを前提にする限り、ネットでマイナスになる訳がないからです。もし、再度、資本注入するのであれば、是非、考え方をこのように塗り替えた上で、やっていただきたいと思う次第でございます。  
 
 以上で私のお話を終えさせていただきます。誠にご清聴ありがとうございました。  
 
(ふくおか経済2002年9月号より)  
 
 
 
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